第52話 降臨

文字数 2,219文字

 蟻獅子対レイウーは互角だった、2.8mの巨人と比較すればヘリオスは2mと少し、体格差は圧倒的だ。
 しかし、その差をヘリオスのスピードに乗ったハルバートが埋めている。

 ブゥゥゥゥンッ 感応が奔る。

 ⦅オーガ兵、これを見なさい、人間もエルフも弱くない、あなたたちオーガ1強の時代は既に過去になっている⦆
 ⦅狩れば狩られる、殺せば殺される、理不尽はあなたたちにも降り注ぐ⦆

 「惑わされるな、我々はオーガだ、地上最強の種族!殲滅するのだ!」
 レイウーが檄を飛ばすが兵たちは動けない、百人長を打倒したリンジンたちが睨みを利かせている、なにより小さな女神の感応がオーガ兵に見えない銃口を突き付けていた。
 「臆するな!戦え!」
 オーガ兵たちは動かない、いや動けない。
 「ぬうう、愚か者がぁ」
 大振りの一撃に蟻獅子ヘリオスがハルバートのカウンターを合わせる。
 バシィィッ 異音と共にレイウーの大剣が粉砕される。
 「なにぃ!!」
 ヘリオスの猛撃は留まらない、旋風は激しさを増して盾をスクラップに変える。
 「くっ、くそ、こんなことがあってたまるかっ!」
 武器を捨ててヘリオスに掴みかかる。
 「があああっ!!」
 「シュアアッ」
 バックステップを踏みながらの引きカウンターがレイウーの頭部兜へ直撃して、吹き飛ばす。
 「がっ!!」
 ドッズゥゥゥゥンッ
 2.8m、300キロが地に手を付いた。
 レイウーの額に鮮血が流れる。
 「お前の負けだ……」
 ヘリオスのハルバートの切っ先が突き付けられた。
 「あり得ない、俺が負けるだと……」
 ブウゥゥゥゥン
 イージスの糸がレイウーの額に伸びている、既に撃たれていた。
 ⦅無様なものね、レイウー新王⦆
 「なんなんだ、お前は!?
 ⦅覚えていないの、私は忘れないわ、あなたが私にした事を⦆
 「なにを言っている?お前など知らん!」
 イージスの糸は有線、レイウーにのみ伝わる。
 ⦅攫われた私を凌辱したうえ、父と母を殺し、ヘリオスも地獄に落としたのはあなた⦆
 「はっ!イシスの事をいっているのか、お前は……」
 ⦅喋らないで、必要ないわ⦆
 「ぐぶっ」
 脳の言語野を焼く、もう声はでない。
 ⦅そう、私はイシス、イシス・ペルセル、攫われた奴隷公妾、お前たちに人生を奪われた者、復讐の神が蘇らせた⦆
 ⦅そんな馬鹿なことがあるか、お前は人間だろうが!⦆
 ⦅脳を取り換えたの、いえ身体を取り換えたのよ⦆
 ⦅!脳移植か!そんなことが!?⦆
 ⦅長かった、攫われて殺されて、蘇り、怨念を重ねて果たすまで……今日で終わる⦆
 バシュッ 前頭葉の運動野を焼く。
 ドシャッとレイウーが地に伏せる、手足に力が入らないようだ。
 ⦅なんだ!?なにをした、身体が動かん!⦆

 周囲を蟻獅子たちが見守る、見えない糸がレイウーを捉えているのを理解している、イージスの圧力が高まっている、危険を察知して距離を取り始める。
 
 与奪を握っているメイの身体はイージスの波長が空間を歪めるほど蜃気楼のように揺らめく。
 ⦅あなたたちを許さない、全員地獄に送ってあげる!⦆
 ⦅まっ、まて、まて、俺はオーガだ、オーガの王として生まれ育ったのだ、仕方ないだろう、俺のせいじゃない!⦆
 ⦅話にならないわ、じゃあここで殺されるのも仕方ないわね⦆
 バシュッ 延髄の呼吸中枢を焼く。
 ⦅ヘグッ い、息が!!⦆
 ⦅呼吸中枢を焼いたわ、もう息は出来ない⦆

 レイウーは暫くの間動かない手足を震わせていたが、やがて白目をむいたまま動かなくなった。

 合戦場が静寂に包まれた、メイのイージスが何者にも声を発することを許さなかった。
 俯きレイウーを見下ろすメイの膝が落ちる、涙が頬を伝った。
 
 終わっても、失ったものが戻ることはない、虚脱と理不尽な暴力に踏みにじられた怨念が晴れる事はない、復讐では消せないと思い知らされる。

 ブゥゥゥゥンッ ブゥゥゥンッ ブゥゥンッ イージスが感情の波に合わせて暴走する。

 「あっ、ああっ、ああああああああああああっ、あーーーーーーーー!!!」

 慟哭の絶叫が鬼火と共に天高く光立った、イシスの怒りがイージスにのり遥かオールド・オランドまで響き渡る。
 全てのオーガ族の脳にイシス・ペルセルの悲劇が招いた結末を焼き付けた。
 恐怖と畏怖、生と死を、理不尽と正義を。

 合戦場の戦いは終結した、レイウー率いる第一旅団は、新国王と幹部、兵士のほとんどを失い瓦解した。
 同時に冥界城も反旗を翻したストラス一派により陥落し、冥界城は占拠され残っていた王妃2人や兵士たちは即刻処刑された。

 暴力と略奪を国是に掲げた武力国家は事実上国として消滅した。
 
「合戦場に女神が降臨した」
「いや、あれは呪いの神だ、オーガは神の怒りをかったのだ」
「どうするんだ、このまま奴らが退却するのを見逃すのか」
「我らには女神と英雄がいる、このままオーガ族を皆殺しにしてしまえ」

国軍兵士たちに歓声と怒号が巻き上がる。
弱者が強者に取って代わった快感に酔い始めていた。

ブゥゥゥゥウンッ 人間に感応が向けられる。

⦅愚か者!皆殺しなど許さない、あなたたちの考えは今までのオーガとなにも変わらない⦆

⦅人間が新たな支配者となるだけだとなぜ分からない⦆

⦅弱肉強食が全てではないと知りなさい⦆

 硝煙と血肉、死臭が渦巻く合戦場に降り立った女神は、優しき顔の乙女ではなかった、武神を退ける力を持ち、その神弓はすべての罪の上に降ると誰もが理解した。
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