第49話 女優

文字数 2,755文字

 決戦前日にメイたち9人は国軍準備室作戦指揮所に現れた。
 「真ん中の娘が女神アルテミスなのか、若いな」
 「お、おい、あの黒いのは蟻獅子か」
 「リンジン、タスマン少尉を従えているみたいじゃないか、何者なのだ」
 「オーガだぞ、オーガ女がいるぞ、いいのか」
 準備室の中は騒然とした。

 ブゥゥゥゥンッ 感応が奔る。

 ⦅ 落ち着きなさい、見苦しいわ ⦆
 
 メイの能力を知らない国軍の兵士たちがギョッとして、メイを見た。
 
 「私はメイ・スプリンフィールド、オーガを屠るもの、従えない者は出ていきなさい」
 17才の少女の言葉ではなかった、威厳に満ちた女王の一括。
 カッ、ビッ
 タスマンが踵を合わせて敬礼した、それをきっかけに全員がメイに敬礼で意思を示した。

 メイの髪は益々色を失い、ライトグレーに変わっていく。
 その変わりように宗一郎でさえ気圧されている。

 「オーガは今、ここから10キロに侵攻中、その数2500、半分は民兵、500名は食事係の女たち、実質的な兵士は1000名強よ」
 「重戦矢隊とミニエー銃隊は何名いるの」
 「自分は重戦矢隊班長イイノです、我々は10班、2000名です」
 「ミニエー銃隊班長のカゲトラです、我々は500人1000丁の装備です」
 
 メイは頷くと合戦場の地図に重戦矢隊とミニエー銃隊の配置位置を示す。
 「重戦矢隊は大きく4班に分けて左右へ配置、ミニエー銃隊は中央に集めて、奴らは最初に民兵を左右の森から突撃させてくる、その後に中央から戦車隊がくる」
 「なぜ、分かるのですか」
 「途中で聞いたの」

 当然のように言う、リンジンが横から補足する。
 「彼女は他人の頭の中を覗くことができる、遠くからでも」
 「!ほんとうですか」
 「僕たちが嘘を言うと思うかい」
 タスマンも前にでる。
 国軍の中で、彼らは今や英雄だ、彼らの言葉は重い。
 
 「私がイージスを展開して敵まで距離や、射撃のタイミングを誘導します」
 「おおっ、その索敵距離は?」
 「半径3000m」
 「そんなに!重戦矢でも遥か射程外だ、狙いを定める余裕がある」

 「オーガは寝ることを知らない、決戦は明朝06:00時、今晩は眠れないと覚悟して」
 「はっ!!」

 メイは作戦指揮所を統括し、女王の威厳を保ったまま跡にして合戦場が見渡せる丘までやってくる、眼下に塹壕やバリケードを設置している兵士が見える。
 メイたち9人の他には誰もいない。

 メイは視線を左右に走らせると、大きく息を吐き出した。
 「ハアーッ緊張した!」
 「上手くやれていたよ、女神様」
 「落ち着きなさい、見苦しい ってかっこよかったねー」
 ⦅本当にかっこよかったです、メイさん⦆
 グッと蟻獅子ヘリオスが親指を立てた。
 「どうだ、上手く行っただろう、誉めなくていいぞ、当然だ」
 宗一郎の作戦か。

 何処までが真実で、何処からが演技だったのか。

 メイたちは作戦指揮所を掌握した。

 「みんなも今のうちに少し寝て置け、朝が来る前に奴らがくるぞ」
 「一時解散だ」
 「蟻獅子さん、まって」
 メイはヘリオスを呼び止めた。
 「お願いがあるの、頭頂のパドマの起動にミロクの力を借りたい」
 どうだと蟻獅子はミロクに視線を送る。
 ⦅もちろんです、お役に立てるなら⦆
 「必ず、無事にあなたに返すわ」
 「あなたといるなら、何処にいるより安心だ」
 「命に代えても必ず守ると約束する、だから、あなたも約束して、決して死なないと」
 「わかった」
 ⦅メイさんもです⦆

 蟻獅子は復讐の果てに、ミロクと歩む明日を見出しているとメイは感じた。
 それでいいのだと、言い聞かせた心が揺れる。
 手の届かないところに行ってしまう、焦燥感が募る。

 「もちろんよ、みんなで必ず」

 もうひとり、会わなければならない人がいる。

 マヤだ。

 銃の保管倉庫に1人で作業をしているマヤを見つけた。
 一丁ずつ丁寧にシリンダーや撃鉄の動きを確認している、何時間続けているのか、油で手と顔が汚れている。
 宗一郎が試射した銃の暴発事故がそうさせているのだろう。
 作業に集中しているマヤはメイが真後ろに立っても気付かなかった。
 「マヤ……マヤ」
 「!?」
 振り向いた彼女の顔に、驚きと安堵が混在した。
 「メイ……来てくれたのね」
 「ええ、これは私の私怨だから」
 「私怨?なんのこと……」
 「ううん、何でもない」
 「座ってもいい?」
 「ああ、ごめんね、どうぞ」
 急いで空き箱で椅子を作った。
 腰かけたメイは17才ではなかった。
 「私と母さん、クロエは似ているの」
 「ええ、うり二つだわ、親子だもの当然ね、でも、その髪はどうしたの?」
 「たぶん、イージスの使い過ぎ、今回の戦いで白髪になっちゃうかも」
 「ごめんなさい」
 「そんなことで謝らないで、あなたのせいじゃない」
 「でも、あなたと宗一郎を巻き込んだのは私……」
 宗一郎の名前を口にしたマヤからやりきれなさが滲む、後悔の夜が見える。
 「もう十分だよ、あなたは負債を払い過ぎてる、いえ、初めからそんなものはないの」
 「宗一郎から聞いたのね」
 「ええ」
 「酷い女よね、自分の命と子供の命を引き換えにしようとしている親友に、あんなことを言うなんて……」
 「私は一生自分を許せない」
 「クロエが悲しむわ」
 「……」
 「マヤ、あなたにお願いがある」
 「え、お願いって?」
 「この戦いが終わったら、宗一郎と一緒にいてあげてほしいの」
 「なにを……私にそんな資格ないわ」
 「いえ、あなたにしか出来ないし、頼めない」
 「あなたがいるじゃない、宗一郎が思っているのはあなたよ、メイ」
 「私はもう一緒にいられなくなる、宗一郎を助けてあげてほしい、彼にはあなたの助けが必要なの、あなたの愛が」
 「宗一郎の病気は改善してる、あと少しだと思う」
 「!知っていたの、すい臓のこと」
 「ええ、知っていたわ、下手だけどずっとダウナー(治療のエンパス)を還流させてた」
 「じゃあ、余命が過ぎてるって……」
 「無茶な食事やお酒を控えれば、まだまだあなたとの時間はあるわ」
 「メイ……あなたは……なんて」
 マヤは最後まで言葉を繋げることが出来ずに嗚咽を漏らした。
 「入院したって聞いた時は、病状を読み違えたのかと思って焦ったわ」
 「!メイ、あなた、まさか死ぬつもりじゃ」
 「違う、やらなきゃいけないことが出来たの」
 2人は椅子から腰を上げると、どちらからともなく肩を抱き合った。

 「マヤ、もう忘れて、自分を許して、宗一郎をお願い」
 「はい、ありがとう……クロエ」
 「ありがとう、メイ」
 
 準備は出来た、みんなを守りぬく。
 「生きて、戦え」
 
 生きていなければ戦えない、戦いの果てにも道は続いている。

 メイはその先を見据える、その髪はますます色を変えていく。
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