第50話 女神

文字数 2,912文字

 合戦場は周囲10キロメートルの丘だ、ぽつぽつと高木が伸びているが林はない。
 深い雑草は人間の進行を阻むが、巨人オーガ族は軽々と跨ぎ超える。
 逆に人間には目隠しとなるが、オーガは隠れることは出来ない。
 条件は五分五分、今後大戦に発展するか出鼻をくじかれるか重要な初戦だ。

 レイウーは僅かな睡眠の後、民兵を左右に分けて配置させた。
 「日の出と共に始めるぞ」
 レイウー率いる第一旅団は、オーガ女たちに用意させた温かい食事を胃に詰め込み、その気力と体力を漲らせ、武器を手に戦列に加わっていく。
 功を欲する彼らは我先に突っ込む気まんまんだ。
 しかし、その数は予定よりも随分と少ない、途中で離脱した民兵が多いが、 先頭を行くレイウー達幹部は知らない、
 
 オールド・オランド新国王レイウーは幹部たちを前に宣言する。
 「今、ここに人間族を滅する戦いを始める、これはお遊びではない、容赦はいらん、ただ殺せ、男も女も、子供であってもだ」
 「人間は必ず、いつか我らにとって脅威となる日がくる、今滅しておかなければならない」
 「食料にはエルフ共を増やしていけば良い、人間は危険だ、やつらを甘く見るな!」
 「今はまだ貧弱だ、我らの足元にも及ばん、叩き潰すのだ!!」
 「おおおぉぉっ!」
 オーガ兵たちが剣を上げて叫び、戦いを鼓舞する。
 ズラアァァァァッ
 レイウーは背の大剣を抜くと天を衝いて号令を発した。

 「殲滅せよ、左右民兵突撃!!」

 ドーン、ドーン ドラが鳴る、左右に長く広がった民兵に合図を届けるため次々に中継のドラが鳴らされる。

 「おおおおっ」
 埃を巻き上げ、木々を砕きながら巨人が突撃する。
 左右の林から民兵各250名が走り出る、何かに怯え、突き動かされるように、狂気を吐き出しながらの疾走。

 ブウゥゥゥゥンッ 感応の波が草原を揺らすようにオーガの群れを包む。
 「!」
 「なんだ?」
 
 ⦅オーガ兵たち、聞きなさい、死にたくなければ戻りなさい⦆

 「きたな、これがローレライの声か!?」

 ブウウゥゥゥゥン

 ⦅近づけば死、蒼穹からアルテミスの一撃が降り注ぐ⦆

 「はっ、重戦矢か!あんな当てずっぽうの矢など当たるものか!」
 「まやかしだ、かまわず進め!」

 シユュュュュユゥウ、
 ドシュッ 「あがっ」
 シュュウウ、シュシュシュ オーガの群れに的確な集中豪雨が降る。
 「なっ、なんでだ、なんで当たる、見えているのか」
 オーガ兵たちは自分の置かれた立場を理解した。
 今彼らは狩る側ではなく、狩られる得物だと。
 「ひいぃぃ、に、逃げろ、逃げるんだ」
 踵を返した彼らに、後方からも矢が降ってくる。
 ヒューゥイイイィィ 笛が鳴っている。
 ドッシュッ 「ぐおっ」
 「これはヒュクトー隊の矢だ、なぜだ、全滅したはずじゃないのか!?」

 離脱した民兵たちの攻撃だ、オールド・オランドの反王勢力、侍従長ストラスが先導する女神アルテミスに加担するオーガたちだった。

 レイウーが見渡す丘、人間側から重戦矢が撃ちあがり民兵の群れに向けて落ちていく、その先では悲鳴が渦巻く。
 突撃するはずの先鋒がやってこない。
 「どおした、なぜ来ない?」
 
 ブウゥゥゥゥン

 ⦅彼らは来ないわ、来ることは出来ない⦆
 「なんなのだ、さっきからこの頭の中に響く声は!うっとおしい」
 煩いといわんばかりに顔の前を手で払う。
 「かまうなっ、戦車隊を出せ」

 石積みで作られた塔の上にメイとミロクはいた。
 既に頭頂のパドマは還流しイージスを起動している。
 メイの頭脳には目標の映像が結ばれ、莫大な情報が流れ込んでくる。
 ⦅大丈夫ですか、メイさん⦆
 ⦅ええ、攻撃を開始するわ、重戦矢隊目標、距離350m、射角35°、半径50mに矢を集中させて⦆

 「受電しました、重戦矢隊、弓ひけー!」
 ギリリッ ロングボウ2000本がしなる。
 ⦅放て!⦆

 バヒュッ バヒュッ バヒュッ 

 ゲリラ豪雨なみの矢がオーガ兵の頭上から降り注ぎ、兵を地上に縫い付けていく。
 国軍重戦矢隊2000名による計30回6万本の矢は前進しようとする左右のオーガ兵を高効率で撃破した、盾を持って防いでいたものもいたが後方からの反抗勢力の矢の餌食となりほぼ壊滅した。
 メイは左右の感応がなくなったのを見て、次のステップに進む。
 ⦅重戦矢隊、火矢装填!⦆

 馬を2頭だてにした戦車隊が激走してくる、戦車はそのスピードを生かして対歩兵に絶対的な戦力となるが、オーガは巨大すぎて馬に残ることが出来ないため、単に騎馬として運用している。
 激走を止めるために塹壕が掘られている、戦車は落ちれば這い出すことは出来なくなる、
ミニエー銃隊から150m、針葉樹の葉を積んだバリケードに向かい火矢が放たれ、もうもうと白い煙が上がると風下のオーガ兵陣地に向かい視界を奪っていく。
 
 ガッシャアアン 「おわぁぁ!」

 数台が罠にかかった、仲間が落ちるのをみて後続は速度を落として塹壕と煙を回避していく。
 煙の晴れて開けた視界の向こうには人間たちの陣が見える。
 「これでもう終わりか!このまま踏みつぶしてやる」
 戦車兵は馬に鞭をいれて加速する。

 ブウゥゥゥン 3度の感応が来る。

 ⦅こっちよ、死の味を味わいなさい⦆

 「ぬっ、またしても、小癪な!」
「進めオーガ兵の鬼神の力をみせてやれ」
「ぬおおおおっ」

⦅正面、距離100m、一斉射撃用意!⦆

「受電、射撃用意、構えー!」

⦅撃て!⦆

パパパァッン!
軽い発射音が合戦場に木霊する、宗一郎の改良を得た銃弾がアーマーを打ち抜く。
「ぎゃっ」
500の弾丸が線上にいた生物の命を奪う。
「なんでだ、こんな威力、今までの銃にはなかったぞ」

ミニエー銃隊は装填役と射撃役を分けて連携していた、工程を分けることで習熟度がまし運用速度が速くなる。
「次弾、狙えー」

⦅撃て!⦆

数回繰り返された後に動くものは無くなっていた。
人間たちの陣に踏み込めたものはおろか、50m以内にも近づけなかった。

徹底した精度の高い遠距離攻撃が両軍の勝敗を決定的なものにしている。
剣で切り合う時代は過去のものとなりつつある、いや既に過去のものとなった。

「おおっ、イイノ班長、重戦矢の威力、見事に発揮されています、これほどの戦果、やはり続けて良かったではないですか」
「ほんとうだ、前の戦いに散った200名もあの世で喜んでくれるだろう」
「それにしても、ミニエー銃の威力は凄まじいですな、あの小さな弾丸がアーマーを打ち抜きオーガ兵を寄せ付けないとは」
「距離でこそ今は弓に劣るが、近々で銃に置き換わるだろうな」
「それほどですか」
「国軍のマヤ主任が人生を賭けて開発したそうだ、まだまだ伸びるぞ」
「それにしても、最大の戦力はやはり女神のイージスに尽きる、これほど適格に相手の位置を知ることができれば、相手は近づくことさえ出来ない」
「彼女がいなければ分からなかった」
「女神だ」

ブウゥゥゥゥン 感応が来る。

⦅ さあ、やつらの2派目が来るわ、迎撃準備!⦆

「おっと、こうしちゃいられない」
「重戦矢準備―!」

飽くことなくオーガ兵の2派、3派の波状攻撃が延々と繰り返され、度毎に迎撃により退却を余儀なくされていた。
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