第24話 蒼穹の一針

文字数 2,333文字

 西陀の陣
 女三人はメイデス王と覇権を争い敗れ去った兄弟たちの元皇太子妃、その娘たちだ。
 薙刀のミヤビ、右盾のリン、左盾のカエデ。
 それぞれ父母は違えど純潔のオーガ、身長は全員190㎝を超える。

「我が母や姉妹たちの恨み、晴らさせてもらうよ」
「ぬうぅぅ、許せん、女とて容赦はせんぞ」

 鞭撻のバラムがその腰から解いたのは、柔軟な針金を編んだ鞭、その表面からは無数の棘が生えている。
 ブゥヒュッ、バァッチィッン、鞭の先が音速を超える。
 ぐるぐると大きく鞭を回す、間合いは途轍もなく遠い。
 「切り刻んでくれるわ、ひっひっひ」
 「愚弄ついでに楽しむとするか、それはそれで楽しみだ」
 女性が見たら戦慄を覚えるだろう赤い舌を、その口から長く伸ばし、小さな黒目を三日月にして嗤う。
 ジュルリと唾を垂らして口を啜る音が三人まで届く。
 「悍ましや、なんて気色の悪い男」
 「女を鞭で打って喜ぶなんて最低だわ」
 「サディスト野郎、世のために殺してあげる」

 ミヤビたちは円形の盾陣を組み、後ろに攻撃役の鉾がたつ基本的な陣形だ。

 大剣で両断、粉砕する豪快な剣技が好まれるオーガの中で鞭状の武器を使うバラムは異端の存在といえる。
 鞭を使用するのはミヤビたちが指摘したとおり、バラムの性情によるところが大きい。
 鞭打たれ悶える姿が好きなのだ、一撃で殺さないように、少しずつ肉を削って血を流させるための武器。
 
 ヒュオンッ、ヒュオンッ
 拘束で回転する鞭に隙はない。
 革製の鞭と違い、金属で編まれた鞭は重量も比較できないほど重い、音速に近い速度で打たれれば裂けると同時に骨が折れる。
 アーマーの上からでもハンマーで打たれたように防具が凹む。
 数回打たれれば変形して防具としての機能を失うだろう。

 「さあ、のたうち回って私を楽しませなさいぃぃ」
 バァッシィィン バアァッシィン
 伸びる鉄鞭がリンとアオイが組んだ円盾を打ち付ける。
 「なんて衝撃!戦斧で打たれているようだわ」
 「でも、隙が無いわけじゃない!」
 バァッキィィン 
 飛んでくる鞭の軌道を読みヒットポイント前で鉄鞭をはじくと二人は円形盾を解除、一気に間合いを詰める、上下を別に、左右を別に盾を斧のように打ち付ける。
 ビシュッ
 バラムの帷子から火花が散る、盾には刃が仕込んである。
 「ぬおおっ」
 よろめいたところにミヤビの薙刀が天空から降る。
 これが三人の必勝パターンだ。
 ガキィィン
 かろうじてバラムは鉄鞭の柄で薙刀を受ける。
 背が高すぎて薙刀が浅い角度になり威力が半減したためだ。

 「ちぃぃ」
 「ぬうっっ」

 バラムとミヤビが同時に呻く。
 両者の戦術と戦技は拮抗している、ミスをした方が死ぬ。
 睨み合う両者には、もはや相手を侮る空気はない、緊張が動きを止める。
 ジリジリと牽制の綱引きが始まった。

 メイとミロクは北韓の陣を望む林からタスマン少尉を援護した後すぐに次のターゲットに狙いを定めて移動した。
 エルーの足は街道ではなく山中や岩場で、その本領を発揮する。
 次の目標は西陀の陣。
 本来なら南里の陣に向かうはずだったが、既にオーガの反応が消えていた、人間3人のみが残されているようだ、途中で何かあったのだ。
 恐らく蟻獅子ミネレオが現れたのだろう。
 そうであればミルレオは次の獲物に向かうはず。
 
「これは女性?オーガの女性が戦っている!?」
 メイのエンパシーに感応したのは4人、3人は女性、1人が敵のオーガだ。
 黒くサディスティックな感応が還る、身震いするほどの嫌悪感。
両方から動けない緊張感が伝わってくる。

 「女同志、助け合わなくちゃね」
 「サディストクソ野郎には天空からのお仕置きをあげるわ」
ケースから三本の矢を取り出す。
  ミヤビたちの背側からの射撃になる、バラムには正対している。

「イージス起動!」

 感応レーダーが展開され、範囲内の情報が流れ込む。
 3人にメッセージを送る、まだ指定方向に対してのみの感応が出来ないため範囲内の全員に伝わってしまう。
 言葉を選ばなければならない。
 
 ⦅天空から援護するわ⦆

 「なっ、なに!?」
 「むっ?」

 オーガは共感能力に乏しい、逆に出力を上げても感づかれにくい。

 コンパウンドボウ速射2連!右左の手を狙う、そして三撃目を天空に向かって放つ。

 ⦅動かないで⦆

 「また、聞こえた」
 「空耳じゃない!?」

 ヒュオンッ ドズンッ
 バラムの右手に通常矢が着弾、帷子を浅く射抜く。
 「ぐあっ」
 ヒュオンッ ドズンッ
 肩付近に着弾、通常弾だ。
 「オーガをこんなもので止められるか、馬鹿め」
 矢を抜こうと引っ張ったが、返しの開いたブロードヘッドは簡単には抜けない。
 「ぐあっ、なんだこれは、抜けん」
 激痛がバラムを襲う。

 「弓兵の援護?何処にいるの」

 ⦅蒼穹から女王蜂の一針!⦆
 
 「上から!?」

 ヒュゥゥゥゥゥ ドッズン バゴオッ
 「ぎゃあぁぁ」
 上空に放たれた爆裂矢は上空でターンし重力加速で正確にバラムの頭上に振ってきた。
 着弾したのは右肩付近、直後の爆発。
 鎖骨から肩甲冑が吹き飛ぶ。
 唖然としているミヤビたちに再び頭の中で声がする。

 ⦅今よ!⦆

 はっと我に返った3人が飛び掛かる。
 盾剣と薙刀の三連撃。
 両手と頭、胴体の三つに分けられたバラムは女四人に屠られた。

 ⦅お見事、援護はいらなかったかもね⦆
 
 「あなたは誰っ、どこにいるの」

 ⦅私の弓はイージスの盾、絶対外さない、また会いましょう⦆

 頭の中に響く声は途切れた、神か悪魔か。
 姿なき弓の狙撃兵、恐ろしい命中精度だ。

 この時点で人間側三勝、既にアエリア王子の負け越しは決定していた。
 蟻獅子とメイの参戦により、その戦局は様変わりしていた。
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