第14話 銀の星

文字数 2,151文字

 ロザリーと共にロンドンに戻ったクロウリーは、マンションの自室に戻り、ティーを飲みながらこれからどうするかを熟考した。
 エイワスによってもたらされた文書は、2000年前の新約聖書にも相当するものであり、今後2000年間の人類の灯明となるべき書物だ。それは難解な抽象表現に満ちており、解釈は読む者に委ねられることになろう。しかし、クロウリーは、余人に解釈を任せるだけでは足りないと感じていた。メイガス(魔術師)の道を究めた自身こそが、この書物を一番正しく解釈できるはずだ。しかし、自分ひとりの解釈では多少の偏りもあるだろうし、あらぬ批判にさらされるのも嫌だ。クロウリーは、自分と同等の知識・実力のある神秘主義者や魔術師を集め、エイワスの本を出版・研究するための魔術団体を立ち上げることに決めた。
 拠点はやはり、ロンドンに設けられた。ゴールデン・ドーンを脱退した者や、オックスフォード時代からの友人たちを中心に、新しい団『A∴A 銀の星』は形成された。
 彼らは討議した結果、エイワスの教えが、これまでの既存の教えを引き継ぎ、且つすべてに君臨する最高の教義であることを認めた。そして、この新しい教えを世に広めるため、エイワスによる厳密な指示に基づき、口述筆記されたノートは『法の書』として世に出版された。そしてこの『法の書』を聖典とし、『銀の星』は運営された。
 もはやホルスの劫は始まっており、団員たちは旧来の教えの上に、新しい『銀の星』の教義を掲げた。位階は十一に分けられ、かつてクロウリーが魔術の最高団体と見なしたゴールデン・ドーンの位階、さらにはその上位団体であるとされる『薔薇十字団』(※一)の位階も採用された。これらのエリート団体の位階ですら、『銀の星』の下の位階に置かれた。最上位の『銀の星』の位階は三つあった。これらこそ、人間が到達し得る最高の境地とされた。
 第8位階は『神殿の首領(magister templi)』。この位階の主な仕事は宇宙の完全な理解を得ることであるとされた。この達成の要点は、自らの真の自己を制限したり妨害する人格の完全な滅却である。『神殿の首領』は神秘主義の卓越した達人であり、すなわち彼の悟性は内なる矛盾からも外なる蒙昧からも完全に解放される。彼の「ことば」は彼自身の精神に従って、存在する宇宙を理解せんとする。この位階は生命の樹のビナーに対応するとされた。
 第9位階は『魔術師(magas、メイガス)』。『メイガス』は叡智の達成を目指し、自らの法を宣言し、その最大にして最高の意味において、あらゆる魔術の達人であるとされた。彼の意志は内なる放漫からも外なる対立からも完全に解放される。彼の仕事は自らの意志に合致した新しい世界を創造することである。この位階は生命の樹のコクマーに対応するとされた。
 最後にして最高の第10位階は、『自己自身者(Ipsissimus、イプシシマス)』。この位階は、下位の諸位階の理解を超えている。『イプシシマス』は制限や必要性から解放され、顕現宇宙との完全なる調和のうちに生きる。本質的に言って最高度の達成である。この位階は生命の樹のケテルに対応するとされた。
 本来ならば、この三つの位階については、肉体を持っていては到達不可能とされた。しかしクロウリーは、自分は第九位階魔術師(メイガス)に到達している、と宣言していた。そして彼は団員たちと共に、『法の書』を読み解き、エイワスのメッセージは古き儀式の排除を告げていると決めつけた。彼は会則の中で謳っている。「古き時代の儀式は黒きものなり、邪悪なる儀礼は捨て去るべし。善き儀礼をば預言者にて清めせしめよ。さればこの智は真なるものとならん」。
 彼は『法の書』の広報を含めた『銀の星』の活動に精力を傾けた。団は、ゴールデン・ドーンが派閥争いで崩壊した教訓を生かし、完全な子弟制とした。つまり、一人の師匠と一人の弟子がいる、縦関係の世界であり、最低位の団員以外は、自分以外に二人の団員(師匠と弟子)しか知らない、というシステムだ。これで、派閥ごとに団員が分かれる心配は無くなった。
 クロウリーは、ヨーロッパの魔術団員を中心に、積極的にエイワスの教えを広めていった。時には激しい論駁で相手の教えを打ち砕くこともあったが、クロウリーの知名度も手伝い、エイワスの教えは世界中の魔術界で次第に知られることとなった。 
 彼は公私ともに充実した。莫大な財産のお蔭で、働く必要も無く、団の会合や弟子と共に行う瞑想や儀式を除いては、家族との時間も大事にした。稀代の魔術師も、良きパパとなっていた。クロウリーは愛娘のリリスを溺愛しているといって過言では無かった。
≪続く≫

【註解】
※一 薔薇十字団…17世紀の初頭にドイツで宣言書を発表した友愛組織。この宣言書では、クリスチャン・ローゼンクロイツという謎の人物によって15世紀に創設された秘密の組織であるとされている。宣言書の主旨は、ヨーロッパの学者と統治者に宛てた改革の訴えであり、秘密の知識を公開することを申し出ていた。その内容には、キリスト教神秘主義、新プラトン主義、パラケルススの思想の影響が見られる(Wikipediaより)
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登場人物紹介

【アレイスター・クロウリー】

イギリスのオカルティスト、儀式魔術師、著述家、登山家。オカルト団体を主宰し、その奔放な言論活動と生活スタイルで当時の大衆紙から激しいバッシングを浴びた。スピリチュアル哲学のセレマ思想を提唱し『法の書』を執筆したことで知られる。その波乱の生涯の中で数多くの著作を残しており、多方面に影響を与えた。

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