第15話 リリス

文字数 797文字

 まとまった休暇がとれそうになり、クロウリーはロザリー、リリスを伴い、中国へ旅行することにした。以前日本へ行ったが、中国へは行ったことが無い。
夏の中国は暑かったが、クロウリーの家族は冬よりも夏が好きだったので、苦にならなかった。一行は七月、「大理」という都市に踏み入った。そこには城壁や城が多く残っており、雄大な古代の景色が残っていた。一行は時折中華料理に舌鼓を打ちながら、日差しの強い中、城壁を歩いていた。リリスは五歳であり、やんちゃな盛りだった。クロウリーは子育てを妻に任せきりだったため、リリスは放任主義のまま育てられ、ロンドンの近所の男の子たちと遊ぶうち、元気溌剌とした子に育っていた。
 城壁は万里の長城を彷彿とさせる雄大なもので、麓には草原が広がり、中国特有の広大な竹林がそれに続いていた。蒼天からは微風が心地よく降り注ぎ、クロウリーは幸福を感じ、安心しきっていた。リリスは城壁の上を走り回り、観光客に話し掛けては、お菓子をもらったりしていた。クロウリーは放心して彼方の雄大な峰を眺めていた。ふと目を離した隙に、リリスの叫び声が聞こえた。
 城壁の一部に人だかりが出来ていた。彼は夢中で駆け寄った。しかし、遅かった。リリスが城壁から落ちてしまったのだ!。城壁の下は竹林となっており、その高さは五十メートル以上はあった。まず助かるまい。しかしクロウリーは叫んだ。
「リリース!」
何度か叫べども、回答は無かった。彼は夢中で城壁の分岐塔まで走り、長い階段を駆け下り、娘が墜落した付近の場所まで息を切らして駆け寄った。
 リリスは落下中、何度も竹と葉で身を切り裂かれたのであろう、血だらけになって息絶えていた。クロウリーは、娘を抱きしめ、接吻した。
 彼の大事な物が一つ、失われてしまった。彼は久方ぶりに涙を流した。感情を超越したメイガスにはあり得ないとされていることだった。
≪続く≫
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登場人物紹介

【アレイスター・クロウリー】

イギリスのオカルティスト、儀式魔術師、著述家、登山家。オカルト団体を主宰し、その奔放な言論活動と生活スタイルで当時の大衆紙から激しいバッシングを浴びた。スピリチュアル哲学のセレマ思想を提唱し『法の書』を執筆したことで知られる。その波乱の生涯の中で数多くの著作を残しており、多方面に影響を与えた。

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