23
文字数 5,117文字
23
館山の駅前に立っていると、見覚えがある白のミニバンが横にきて止まった。運転席にはララがいた。私が助手席に座ると車はすぐに発車した。
「缶コーヒーを用意したわ。前のトレイにあるでしょう」
助手席前のトレイに缶コーヒーが入っていた。普段は缶コーヒーを飲まないが、いまはありがたい。
「ありがとう。いただくよ」
プルトップを開けひとくち飲んだ。甘いコーヒーだった。
「糖分を取るとリラックスするでしょう」
「たしかに」
「影浦さんはこの辺にきたことはあるの?」
「ない。ララは?」
「私もない。でも大丈夫よ。事前に下調べをしたから安心して」
ララの運転に迷いはなかった。
「目立たない服装ね」
ララが笑いながらいった。私は黒のジャンパーにジーンズだった。ララは相変わらず上下の迷彩服だった。
「自宅に寄って着替えてきた」
「寄るところって自宅だったの?」
「それもあるが蒲田と大井町をうろついた」
「どういうこと?」
「松永みどりと見城一郎に会えることを期待した」
「それで会えたの?」
「ふたりとも会えなかった。ほとんど期待はしていなかったが無駄だった」
「会ってどうしたかったの?」
「なにかヒントがもらえるのではないかと思った」
「でも松永みどりは敵よ」
「そうは思えないんだ」
「私もそう思いたいのよね……」
「松永みどりのことで聞いてもいいか」
「ええ、いいわ」
「以前の君たちの仲はどうだったんだ」
「お互いに認め合っていたわ」
「君たちは相当に強くみえるんだが、どっちが強いんだ」
「人間というのはおもしろい発想をするわね。私たちにはない発想よ。そうね。戦ったことがないからわからないけど、いい勝負じゃないかな」
「戦いたくはないだろう」
「もちろんよ。私たちは小さいときから一緒だったから姉妹みたいなものよ。本当に戦いたくはないわね」
最後の言葉は呟きに近かった。
三十分ほど走ってララは道路の端に車を止めた。街灯は近くにない。月明かりだけが頼りだった。別荘はどこにあるのかよくわからなかった。
「別荘はどこなんだ」
「五十メートルさきよ」
「みえるのか」
「はっきりみえるわ」
「眼がいいんだな」
「別荘に明かりはないわ。もしかしたらだれもいないんじゃない」
「確かめようじゃないか」
私は車を降りた。ララも素早く降りた。
「結局こうなるのよね」
ララが小声でいった。顔がみえないからわからないが、おそらく苦笑しているはずだ。
磯の香りがした。波音がかすかにする。人通りはない。犬の泣き声さえもない。まわりに家があるのかもわからない。小走りで別荘に向かった。
別荘は高い塀に囲まれていた。
「広いな」
「千坪ってとこね。いやもっと広いかも」
「金持ちは違うな」
「うらやましい?」
「いいや。分相応という言葉を忘れてはいないさ」
「賢明ね」
「玄関灯の明かりもなし。窓からの明かりもなし。やはりだれもいないのかな」
「なかで息を殺してひそんでいるかも」
「確かめようじゃないか」
「そうくるわけね」
両開きのアンティーク門扉は鍵がかかっていた。高さは二メートルはある。
「いいわよ」
ララが四つん這いになった。遠慮なく背中を利用させてもらうことにした。背中に足を乗せ思い切り飛び上がった。
なんとか乗り越えることができた。少し息が切れた。気がつくとララはすでになかに入っていた。
「意外と身軽なんだな」
「こんなの軽いものよ。じゃあ足音を立てないように行くわよ」
庭木をぬうようにして玄関をめざした。途中窓をみた。明かりがない謎がわかった。すべての窓には観音開きの鎧戸がしっかりと閉じられていた。
玄関に着いた。明かり取りがない木の大きなドアだった。もちろん鍵がかかっていた。
「ひとまわりしてくるわ。あなたはここにいて。動かないでよ」
ララが足音を立てずに横に移動した。
玄関ドアに耳をあててみた。なかからはなにも物音がしない。気味が悪いほど静かだ。少なくともなかでパーティーをやっていないことだけはたしかだ。
「様子が変よ」
戻ってきたララがそういった。
「変とは?」
「静かすぎるのよ」
「なかで待ち伏せしているってことはないか」
「気配がないのよ」
「入口はここだけか」
玄関を指差した。
「勝手口があったわ。鍵がかかっていた。でも開けるのは簡単よ」
「じゃあそっちに行くか。なかを確かめようじゃないか」
「やはりそうなるわけね。いいわ。とことん付き合うわよ」
ララを先頭に玄関の反対側にまわった。途中から砂利に変わったので足音を立てないように特に用心して歩いた。
ララの足が止まった。眼の前に勝手口があった。勝手口からも明かりは漏れていなかった。ララがポケットから細くて小さな金属の棒状を取り出し、鍵穴に差し込んだ。
「そんなものをいつも持ち歩いているのか」
小声で聞いた。
「なにがあるかわからないでしょう。よし、開いたわ」
私たちはそっとなかに入った。すぐには動かずに耳に神経を集中した。
「気配はないわね」
ララが呟いた。
「なんの音だろう」
低い音が断続的に聞こえている。
「あれよ」
ララの指差す方向をみた。小さなランプの点灯がみえた。眼をこらした。冷蔵庫の操作パネルの表示灯だとわかった。音は冷蔵庫のモーター音だった。ここはキッチンのようだ。
左方向からかすかな明かりがみえた。その明かりを頼りに進むと、廊下に出た。かすかな明かりは足元照明だった。
「どうする?」
「こうなったらひとつずつ部屋を調べてみるしかないわね」
「やはりそれしかないだろうな」
「充分に用心してね」
「わかった。それにしてもいくつあるんだ部屋は」
「この広さだから十ぐらいあってもおかしくはないわね。おそらくここは、私的な別荘というよりも、客をもてなすための建物なんじゃないかしら」
「なるほどね」
「シー」
ララが緊張した声を出した。
「どうした?」
小声で聞いた。
「上で物音がした」
「なにも聞こえないが」
私の耳にはなにも聞こえていなかった。
「だれかいるわ」
ララがすぐさきの階段下あたりの壁に移動した。私はララの背中にぴったりとついた。
階段の上にだれかいる。そう感じた。降りてくる気配がした。口のなかが渇いた。喉がヒリヒリする。
だれかが階段のなかほどまで降りてきた。だが急に足音が止まった。
「ララか」
声が聞こえた。驚いて飛び上がりそうになった。ララが緊張を解いた。声の主はカイだった。階段の下で合流した。
「おや、影浦さんも一緒ですか」
カイが呑気な声を出した。
「なんで君がいるんだ」
「そういう影浦さんこそなぜここにいるんです」
「永田の別荘があるとわかった。それでララに連絡して様子をみにきた」
「それでここにいるんですか。僕の忠告は効き目がなかったわけですね。でもまあ、ララに連絡しただけでもよしとしますか。それはさておき、僕のほうですが、用は無事に片付きました」
「ではポポの家族は無事だったのね」
ララが喜びの声をあげた。
「やはり思った通りに家族は監禁されていたよ。奪還はむずかしいかなと思ったが、見張りの者が少なかったので急襲できた。いま彼女の家族は安全な場所に保護しているよ」
「ポポにはそのことは?」
「まだ伝えていない。彼女がどこにいるのかわからないんだ」
「でも無事に奪還できたのはよかったわ」
「ララ、いま魔界ではそれぞれの勢力がぞくぞくと魔界川に集結している。見張りの者が少なかったのはそういうわけだ」
「ではいよいよ最終決戦ね」
「そうだ。最終決戦は魔界川を挟んだ戦いになる」
「魔王はとうとう決心したのね」
「決心したってどういうことだ」
思わず口を挟んだ。
「魔王は平和的解決を望んでいたんです。でも無駄だと悟り、決戦を覚悟しました」
「状況はわかった。そうなると君はこんなところにいていいのか」
「彼女の家族を保護したあとに魔王に会いました。そこで魔王からは優先して親子の救出をするように指示されたんです。そのための単独行動です。そんなとき、新しい魔界の扉ができたと報告があったんです。そこで気になったので様子をみにきました。そうしたらここに通じていたんです。僕がきたときにはだれもいませんでした。でも親子がいた痕跡をみつけました。おそらく親子の行き先は魔界です。ギリは人間界にいる仲間を魔界に集結させていると僕はみています」
「だったらわれわれの仲間も魔界に集めなくちゃね」
ララが早口でいった。
「さっき仲間には連絡したよ」
「カイ、剣のことは指示したの?」
「魔界に運んで魔王に渡すように伝えた」
「では安心ね。そうと決まればすぐに魔界に行きましょう」
「その前に、親子がいた痕跡というのをみせてくれ」
ふたりの会話に割って入った。自分の眼でみて確かめる。探偵の基本だ。
「ララ、少し寄り道するがいいか」
「いいわ」
「部屋に痕跡がありました。こっちです」
カイが先頭に立って階段脇の部屋に入った。カイがすぐに電気をつけた。眩しい光が眼に飛び込んできた。最初に眼についたのは二十人は座れるソファーだった。大きなテレビもあり、グランドピアノもあった。パーティーができるほどの広い部屋だった。
「目的の部屋はここではありません。こっちです」
部屋の隅にカウンターがあった。ホームバーだった。その横にドアがあった。カイはそのドアを開けて電気をつけた。
「なんだこれは」
天井から握りこぶし半分ほどのかたまりが無数ぶら下がっていた。
「ニンニクですよ」
「なんでこんなものが」
「ああ、そういうことね」
ララがうなずいた。
「説明してくれ」
「言い伝えがあるんです。冥府導使の弱点はニンニクだと」
「……ということは、ここに冥府導使がいたということだな」
「そう思っていいんじゃないですか」
「ということは、芹澤親子もいた?」
「みてください」
カイの指差すところをみた。部屋の隅に絵本や漫画本があった。少女漫画本だった。
「間違いないな」
十二畳ほどの部屋にはダブルベッドとソファーベッドがあった。芹澤親子がダブルベッドに寝てソファーベッドにはワッフルが寝ていた。そんな図が頭に浮かんだ。
「ここからいなくなったのはそんなに前ではないわ。おそらくいなくなってから三時間も経っていないと思うんだけど」
ララの意見だった。
「なんでわかる」
「彼女たちの気を感じるのよ。まだうすれていないわ」
「僕もそう思います」
「わかった。しかし魔界に行くにはどうするんだ」
「魔界の扉がこの家にあるんです。その入口から魔界に行けます」
「簡単じゃないか。ではすぐに行こう」
「影浦さんは行かないほうがいいと思いますけど」
「なんでだ」
「人間界に戻れないかも知れないんですよ」
「それは君たちが負けたら戻れないということなんだろう」
「ええ」
「それはないと信じている。だから戻れないという心配はしていないよ」
「大丈夫? 無理しないで」
「もちろん無理なんかしないさ」
ここまできて知らんぷりはできない。探偵というよりも人間としての矜持が許さない。
「どうするララ」
「言い出したら聞かないわよこの人は」
ララが苦笑してそういった。
「わかりました。では行きましょう。ララ、影浦さんを頼むよ」
「わかったわ」
「では魔界の扉がある部屋に案内します。玄関脇の寝室です」
監禁部屋を出て、そのままパーティー部屋を通り抜け廊下に出た。
「ララ、冥府導使の弱点はニンニクというのは本当か」
小声で聞いた。
「言い伝えよ。本当のところはわからないわ」
ララも小声で答えた。思わず笑いがこぼれた。これは使える。そう思った。
玄関脇の部屋に入った。ツインベッドがある寝室だった。カイはクローゼットを指差した。
「このなかです」
「影浦さんにはつらいかも知れないわね。大丈夫かしら」
一度経験があるともいえず、私は黙ってふたりの顔を交互にみた。
「ちょっとショックがあるかも知れません。それでもいいですか」
私はにっこりと微笑んだ。
「では行きましょう。ちょうど向こうに着くころには日にちが変わっていますよ」
カイがクローゼットの扉を開けた。なかは暗く、洋服がぶら下がっていた。三人が一列に並んだ。私は真ん中だった。カイが入り、私が入った。とたんに意識を失った。
館山の駅前に立っていると、見覚えがある白のミニバンが横にきて止まった。運転席にはララがいた。私が助手席に座ると車はすぐに発車した。
「缶コーヒーを用意したわ。前のトレイにあるでしょう」
助手席前のトレイに缶コーヒーが入っていた。普段は缶コーヒーを飲まないが、いまはありがたい。
「ありがとう。いただくよ」
プルトップを開けひとくち飲んだ。甘いコーヒーだった。
「糖分を取るとリラックスするでしょう」
「たしかに」
「影浦さんはこの辺にきたことはあるの?」
「ない。ララは?」
「私もない。でも大丈夫よ。事前に下調べをしたから安心して」
ララの運転に迷いはなかった。
「目立たない服装ね」
ララが笑いながらいった。私は黒のジャンパーにジーンズだった。ララは相変わらず上下の迷彩服だった。
「自宅に寄って着替えてきた」
「寄るところって自宅だったの?」
「それもあるが蒲田と大井町をうろついた」
「どういうこと?」
「松永みどりと見城一郎に会えることを期待した」
「それで会えたの?」
「ふたりとも会えなかった。ほとんど期待はしていなかったが無駄だった」
「会ってどうしたかったの?」
「なにかヒントがもらえるのではないかと思った」
「でも松永みどりは敵よ」
「そうは思えないんだ」
「私もそう思いたいのよね……」
「松永みどりのことで聞いてもいいか」
「ええ、いいわ」
「以前の君たちの仲はどうだったんだ」
「お互いに認め合っていたわ」
「君たちは相当に強くみえるんだが、どっちが強いんだ」
「人間というのはおもしろい発想をするわね。私たちにはない発想よ。そうね。戦ったことがないからわからないけど、いい勝負じゃないかな」
「戦いたくはないだろう」
「もちろんよ。私たちは小さいときから一緒だったから姉妹みたいなものよ。本当に戦いたくはないわね」
最後の言葉は呟きに近かった。
三十分ほど走ってララは道路の端に車を止めた。街灯は近くにない。月明かりだけが頼りだった。別荘はどこにあるのかよくわからなかった。
「別荘はどこなんだ」
「五十メートルさきよ」
「みえるのか」
「はっきりみえるわ」
「眼がいいんだな」
「別荘に明かりはないわ。もしかしたらだれもいないんじゃない」
「確かめようじゃないか」
私は車を降りた。ララも素早く降りた。
「結局こうなるのよね」
ララが小声でいった。顔がみえないからわからないが、おそらく苦笑しているはずだ。
磯の香りがした。波音がかすかにする。人通りはない。犬の泣き声さえもない。まわりに家があるのかもわからない。小走りで別荘に向かった。
別荘は高い塀に囲まれていた。
「広いな」
「千坪ってとこね。いやもっと広いかも」
「金持ちは違うな」
「うらやましい?」
「いいや。分相応という言葉を忘れてはいないさ」
「賢明ね」
「玄関灯の明かりもなし。窓からの明かりもなし。やはりだれもいないのかな」
「なかで息を殺してひそんでいるかも」
「確かめようじゃないか」
「そうくるわけね」
両開きのアンティーク門扉は鍵がかかっていた。高さは二メートルはある。
「いいわよ」
ララが四つん這いになった。遠慮なく背中を利用させてもらうことにした。背中に足を乗せ思い切り飛び上がった。
なんとか乗り越えることができた。少し息が切れた。気がつくとララはすでになかに入っていた。
「意外と身軽なんだな」
「こんなの軽いものよ。じゃあ足音を立てないように行くわよ」
庭木をぬうようにして玄関をめざした。途中窓をみた。明かりがない謎がわかった。すべての窓には観音開きの鎧戸がしっかりと閉じられていた。
玄関に着いた。明かり取りがない木の大きなドアだった。もちろん鍵がかかっていた。
「ひとまわりしてくるわ。あなたはここにいて。動かないでよ」
ララが足音を立てずに横に移動した。
玄関ドアに耳をあててみた。なかからはなにも物音がしない。気味が悪いほど静かだ。少なくともなかでパーティーをやっていないことだけはたしかだ。
「様子が変よ」
戻ってきたララがそういった。
「変とは?」
「静かすぎるのよ」
「なかで待ち伏せしているってことはないか」
「気配がないのよ」
「入口はここだけか」
玄関を指差した。
「勝手口があったわ。鍵がかかっていた。でも開けるのは簡単よ」
「じゃあそっちに行くか。なかを確かめようじゃないか」
「やはりそうなるわけね。いいわ。とことん付き合うわよ」
ララを先頭に玄関の反対側にまわった。途中から砂利に変わったので足音を立てないように特に用心して歩いた。
ララの足が止まった。眼の前に勝手口があった。勝手口からも明かりは漏れていなかった。ララがポケットから細くて小さな金属の棒状を取り出し、鍵穴に差し込んだ。
「そんなものをいつも持ち歩いているのか」
小声で聞いた。
「なにがあるかわからないでしょう。よし、開いたわ」
私たちはそっとなかに入った。すぐには動かずに耳に神経を集中した。
「気配はないわね」
ララが呟いた。
「なんの音だろう」
低い音が断続的に聞こえている。
「あれよ」
ララの指差す方向をみた。小さなランプの点灯がみえた。眼をこらした。冷蔵庫の操作パネルの表示灯だとわかった。音は冷蔵庫のモーター音だった。ここはキッチンのようだ。
左方向からかすかな明かりがみえた。その明かりを頼りに進むと、廊下に出た。かすかな明かりは足元照明だった。
「どうする?」
「こうなったらひとつずつ部屋を調べてみるしかないわね」
「やはりそれしかないだろうな」
「充分に用心してね」
「わかった。それにしてもいくつあるんだ部屋は」
「この広さだから十ぐらいあってもおかしくはないわね。おそらくここは、私的な別荘というよりも、客をもてなすための建物なんじゃないかしら」
「なるほどね」
「シー」
ララが緊張した声を出した。
「どうした?」
小声で聞いた。
「上で物音がした」
「なにも聞こえないが」
私の耳にはなにも聞こえていなかった。
「だれかいるわ」
ララがすぐさきの階段下あたりの壁に移動した。私はララの背中にぴったりとついた。
階段の上にだれかいる。そう感じた。降りてくる気配がした。口のなかが渇いた。喉がヒリヒリする。
だれかが階段のなかほどまで降りてきた。だが急に足音が止まった。
「ララか」
声が聞こえた。驚いて飛び上がりそうになった。ララが緊張を解いた。声の主はカイだった。階段の下で合流した。
「おや、影浦さんも一緒ですか」
カイが呑気な声を出した。
「なんで君がいるんだ」
「そういう影浦さんこそなぜここにいるんです」
「永田の別荘があるとわかった。それでララに連絡して様子をみにきた」
「それでここにいるんですか。僕の忠告は効き目がなかったわけですね。でもまあ、ララに連絡しただけでもよしとしますか。それはさておき、僕のほうですが、用は無事に片付きました」
「ではポポの家族は無事だったのね」
ララが喜びの声をあげた。
「やはり思った通りに家族は監禁されていたよ。奪還はむずかしいかなと思ったが、見張りの者が少なかったので急襲できた。いま彼女の家族は安全な場所に保護しているよ」
「ポポにはそのことは?」
「まだ伝えていない。彼女がどこにいるのかわからないんだ」
「でも無事に奪還できたのはよかったわ」
「ララ、いま魔界ではそれぞれの勢力がぞくぞくと魔界川に集結している。見張りの者が少なかったのはそういうわけだ」
「ではいよいよ最終決戦ね」
「そうだ。最終決戦は魔界川を挟んだ戦いになる」
「魔王はとうとう決心したのね」
「決心したってどういうことだ」
思わず口を挟んだ。
「魔王は平和的解決を望んでいたんです。でも無駄だと悟り、決戦を覚悟しました」
「状況はわかった。そうなると君はこんなところにいていいのか」
「彼女の家族を保護したあとに魔王に会いました。そこで魔王からは優先して親子の救出をするように指示されたんです。そのための単独行動です。そんなとき、新しい魔界の扉ができたと報告があったんです。そこで気になったので様子をみにきました。そうしたらここに通じていたんです。僕がきたときにはだれもいませんでした。でも親子がいた痕跡をみつけました。おそらく親子の行き先は魔界です。ギリは人間界にいる仲間を魔界に集結させていると僕はみています」
「だったらわれわれの仲間も魔界に集めなくちゃね」
ララが早口でいった。
「さっき仲間には連絡したよ」
「カイ、剣のことは指示したの?」
「魔界に運んで魔王に渡すように伝えた」
「では安心ね。そうと決まればすぐに魔界に行きましょう」
「その前に、親子がいた痕跡というのをみせてくれ」
ふたりの会話に割って入った。自分の眼でみて確かめる。探偵の基本だ。
「ララ、少し寄り道するがいいか」
「いいわ」
「部屋に痕跡がありました。こっちです」
カイが先頭に立って階段脇の部屋に入った。カイがすぐに電気をつけた。眩しい光が眼に飛び込んできた。最初に眼についたのは二十人は座れるソファーだった。大きなテレビもあり、グランドピアノもあった。パーティーができるほどの広い部屋だった。
「目的の部屋はここではありません。こっちです」
部屋の隅にカウンターがあった。ホームバーだった。その横にドアがあった。カイはそのドアを開けて電気をつけた。
「なんだこれは」
天井から握りこぶし半分ほどのかたまりが無数ぶら下がっていた。
「ニンニクですよ」
「なんでこんなものが」
「ああ、そういうことね」
ララがうなずいた。
「説明してくれ」
「言い伝えがあるんです。冥府導使の弱点はニンニクだと」
「……ということは、ここに冥府導使がいたということだな」
「そう思っていいんじゃないですか」
「ということは、芹澤親子もいた?」
「みてください」
カイの指差すところをみた。部屋の隅に絵本や漫画本があった。少女漫画本だった。
「間違いないな」
十二畳ほどの部屋にはダブルベッドとソファーベッドがあった。芹澤親子がダブルベッドに寝てソファーベッドにはワッフルが寝ていた。そんな図が頭に浮かんだ。
「ここからいなくなったのはそんなに前ではないわ。おそらくいなくなってから三時間も経っていないと思うんだけど」
ララの意見だった。
「なんでわかる」
「彼女たちの気を感じるのよ。まだうすれていないわ」
「僕もそう思います」
「わかった。しかし魔界に行くにはどうするんだ」
「魔界の扉がこの家にあるんです。その入口から魔界に行けます」
「簡単じゃないか。ではすぐに行こう」
「影浦さんは行かないほうがいいと思いますけど」
「なんでだ」
「人間界に戻れないかも知れないんですよ」
「それは君たちが負けたら戻れないということなんだろう」
「ええ」
「それはないと信じている。だから戻れないという心配はしていないよ」
「大丈夫? 無理しないで」
「もちろん無理なんかしないさ」
ここまできて知らんぷりはできない。探偵というよりも人間としての矜持が許さない。
「どうするララ」
「言い出したら聞かないわよこの人は」
ララが苦笑してそういった。
「わかりました。では行きましょう。ララ、影浦さんを頼むよ」
「わかったわ」
「では魔界の扉がある部屋に案内します。玄関脇の寝室です」
監禁部屋を出て、そのままパーティー部屋を通り抜け廊下に出た。
「ララ、冥府導使の弱点はニンニクというのは本当か」
小声で聞いた。
「言い伝えよ。本当のところはわからないわ」
ララも小声で答えた。思わず笑いがこぼれた。これは使える。そう思った。
玄関脇の部屋に入った。ツインベッドがある寝室だった。カイはクローゼットを指差した。
「このなかです」
「影浦さんにはつらいかも知れないわね。大丈夫かしら」
一度経験があるともいえず、私は黙ってふたりの顔を交互にみた。
「ちょっとショックがあるかも知れません。それでもいいですか」
私はにっこりと微笑んだ。
「では行きましょう。ちょうど向こうに着くころには日にちが変わっていますよ」
カイがクローゼットの扉を開けた。なかは暗く、洋服がぶら下がっていた。三人が一列に並んだ。私は真ん中だった。カイが入り、私が入った。とたんに意識を失った。