#06 プレゼント

文字数 2,785文字

よし、我ながら完璧っ! あとは、隠し味のチョコを。
 ソースの中に、チョコレートをぽとんと落とす。

 とろーりと溶けていくチョコレートを見ながら、了のよろこぶ顔を想像させる。


「憂、うまいよ♡」
でへへへ……♡



 ────ガチャ。


 玄関のドアが開くと同時に、自分でも知らず知らずのうちに駆け出していた。


お、お帰り……っ!!
…………!
 息を切らせる私を見て、きょとんとする了。

 じぃーと私を見るなり、顔をゆがめてクスクス笑い出した。


りょ、了……?
ククク。エプロンつけてお出迎え? もしかして“新婚さんごっこ”でもしてんの?
はぁ⁉
憂、顔真っ赤だし。ククク……。
もぉっ! ふざけないでよっ!!
 それまで笑っていた了が、急に険しい顔つきになり、私の手をグッとつかんだ。


 そして、絆創膏だらけの私の左手を痛々しそうに見つめる。

なんだよ、これ……。
ははは……、ちょっとドジっちゃって……。

ん? なんか焦げ臭くない?

えっ!? あ……。
ったく、なに作ったんだよ。ちょっと待ってりゃ、飯くらい作ってやったのに……。
う、うん。ごめん。

 足早にキッチンへ向かう了を見て、思わず深いため息を()らす。



 やっぱ、あんなんじゃダメか……。


……あっ!
 了が立ち止まる。


 きっとダメ……。

 肩を落とす私の耳に届いたのは、了のよろこぶ声だった。


……なつかしいなぁ。これ、憂が作ったの?
え? あ、うん。だけど、焦げちゃって……。
 パクッと、口の中に入れる了。


 あ……っ!

うまい。すっごくうまいよ。
ホ、ホント⁉


ホント、了? ホントにホントに無理してない?

バーカ、なんで俺が無理すんだよ。憂が作ったものなら、よろこんで全部食べるし。
え?
 了、それどういう意味?


 なんか胸が……、おかしい。

 なんで、こんなにドキドキしてんの?


ホントなつかしいよなぁ。これ、律子さんがよく作ってくれたハンバーグだろ。ずっと食べたいって思ってたんだ。
了、このハンバーグ大好きだったもんね。おかげで、うちの冷蔵庫はピーマンだらけだったけど。
何度か自分でそれっぽいハンバーグを作ってみたけど、どうしてもこのソースの味がわかんなくて……。憂の作ったソース、律子さんのよりもうまいと思うよ。
 ソースをペロリとなめながら、了が言う。




 ────よかった。


 私たちの思い出のハンバーグ、覚えててくれてたんだっ!



じゃ、私も食べてみよっかな。
 そう言って、ハンバーグに手を伸ばしたときだった。



 ……え?



 それは不意討ちのキス。

 ふわりと優しく、了の唇が触れた。

りょ、了……。

憂の、を感じた。
 さらりと言う了に、全身がカァと熱くなる。


あ、愛って、あのね……! 私はただ、了のよろこぶ顔が見たくて……っ‼。と、とにかく、了と仲直りがしたいのっ‼
仲直り?
そっ、仲直り! だって、さっき怒ってたじゃない。
……ああ、あれね。だって、憂が以外の男といっしょにいるから悪いんだろ。
へっ⁉
おまえの顔を見たら、なんか無性に腹が立ったんだ!
は……い? どうしたら、私の顔を見たら無性に腹が立つのよ?
憂が……、俺に見せたことのない顔をしてたから。

 え?



 ねぇ、それって……、

 私が沢木くんといっしょにいるところを見て()いたってこと?


……なんだ。よかった、了に嫌われたわけじゃなくて。
俺が憂を嫌いになるなんて、絶対ありえないから。
え……。
 なに言ってんの、私。

 これじゃ、まるで“好きだ”って言ってるようなもんじゃない……!


嫌いって……、あの、つまり、私が言いたいのは、言いたいのは、つまり…………!
 言葉に詰まる私の前に、了から可愛らしい小さな箱をスッと差し出す。
え?
その様子だと、明日、自分の誕生日だってこと忘れてるだろ?
あっ……!
やっぱり。
へへへ。了、私の誕生日、ちゃんと覚えててくれてたんだ。うれしい。
()ったり前だろ。ま、一日早いけど、お誕生日おめでとう。
ありがとう。ね、開けてみてもいい?
うん。
 了から初めてもらったプレゼント。


 リボンを(ほど)くと、中には赤い石のついたハート型のピアスが入っていた。

わぁ~、カワイイ~♡
さっき、街をブラついてるときに見つけたんだ。憂にきっと似合うだろうなって思って。
あ、この石、もしかして……!
7月の────、憂の誕生石だよ。
 やっぱり、ルビー!
了、ありがとう。私、一生大事にする。
い、一生っ⁉


別にそれ、高いもんじゃないし。気に入ってくれたなら、それにしてよかった。

 頬をポリポリとかきながら、照れくさそうに了が答えた。  
……私、了にまた会えてよかった。せっかくだし、ピアスつけてみようかな。
じゃ、つけてやるよ。
え?
ほら、貸して。
う、うん……。
 了の手が伸びたとき、思わず息をゴクリと飲み込んだ。


 了の長い指先が、私の耳に触れる。


 前かがみになっているせいか、了との距離は近く、了の髪や了の服から、了のいい匂いがしてきた。

ど、どう? 似合う?
うん、似合ってる。
 まるでくすぐるかのように、了が私の耳もとにふわりとキスをする。
え……、ちょっ……とっ!
 耳を押さえて了を見ると、そのまま(おお)いかぶさるようにしてギュッと抱きしめてきた。
りょ、了……っ⁉
憂に、触れたい……。
……ひゃっ⁉
 了の手が、スルリと服の中に侵入してくる。
ちょっ……、りょりょりょ、了っ! バカ……ッ、これ以上、変なことしたら絶対許さないから……っ‼
……わ、わかったよ。
なによ、せっかく了に会えてうれしいって思ってたのに……。もう、シンガポールでもどこでも行っちゃえ────っ!!
え~、やだ、俺行かねーし。
 ソファーに()()り返って座る了。
私、今度という今度は、よろこんで送り出してあげるからっ!
ヘイヘイ。てか、俺行かねーし。
え? おじさんたちが旅行から帰ってきたら、シンガポール……、行くんでしょ?
……ぷっ!
ちょっと、なにがそんなにおかしいのよ?
憂。おまえ、なにも知らないの?
なにを?
だから、本当になにも知らないの?
だから、なにを?
俺、()()()暮らすんだよ。
……はい?
 今、なんて? 
つまり、シンガポールに行くのは、親父とお袋! 俺は()()()
……えぇ────っ⁉
いいね、その歓迎の仕方♡

 あーあー、そういうことね。


 今になって、ママが言ってた意味がわかった。

「了くん、今日からウチの子になるんだもん♡」
だから────、
 気づけば、了が私の手をとっていた。
覚悟しとけよ。そのうち絶対、俺に向かせてみせるから。
 了はそう言うと、私の手の甲にチュッと唇を押し当てた。



 ……えぇっ!!


ちょ……っ!
 ビクッと体を震わす私に、了がクスッとイタズラっぽく笑う。
……感じちゃった? だけど俺、もうちょっと肉付きのいい女が好みなんだよなぁ。
はあ? し、知らないしっ、了の好みなんて……っ‼
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

高梨 憂

紫月 了


憂の幼なじみ

憂のことがずっと好き

沢木くん


サッカー部所属

憂の彼氏

幼い頃の憂

幼い頃の了

憂のお父さん(雅也)

憂さんのお母さん(律子)

了のお父さん(恭介)

了のお母さん(江梨子)

ビューワー設定

背景色
  • 生成り
  • 水色