#03 雨の中

文字数 1,772文字

はい、お会計が3万9千8百円でございます。
 どひゃあ~。

 バイト代があっという間に消えちゃったよ。



 でも、

 ま、いっか。

 頑張った自分へのご褒美だと思えば。


 沢木くんって、どーゆー系が好きなんだろう……。

 やっぱ、フリフリのワンピより、お姉系のワンピのほうがよかったかなぁ。





 ────ザザザ……ッ。


……どうしよ。
 天気予報、見事にハズレてるじゃん。

 夕方、雨が降るなんて一言も言ってなかったし。

 服選びに、ちょっと時間つかいすぎちゃったかな。

 この雨の中、ダッシュして帰る勇気もないし。かといって、家に電話して了に“迎えに来て”なんて悪くて頼めないもんなぁ。

 買ったばかりの服を濡らすのも嫌だし、このまま無駄に時間が過ぎていくのはもっと嫌。


 あと30分待ってみよう。

 そうよ、あと30分経てば…………!




 ザザザァ────…ッ!!


 小降りになるどころか、どしゃ降りになってない?

 駅の売店のビニール傘は完売しちゃったし。

ああー、ついてないな私。
あれ、高梨?
 聞き覚えのある声に、ぱっと顔を上げる。

 目の前には傘をさした沢木くんが、私の顔をのぞき込むように立っている。
さ、沢木くんっ!
やっぱり高梨だ!
 ニコッと笑う沢木くんの顔を見て、どこかくすぐられたかのように、自然と口元がほころびる。



 ────好き、なんだと思う。


 私、恋してるんだって。


この雨、当分()みそうにないから家まで送ってくよ。
え、ホント? でも、これから電車くるんじゃ……。
いいの、いいの。
 そう言って、さりげなく私の肩を抱き寄せ、一度きた道を引き返す沢木くん。

 思いもしない、沢木くんからの申し出に、私は心の中で喜びの悲鳴をあげる。


 やった──────っ!!!



  彼の横顔をちらちらと見ながら、ドキドキする鼓動が“どうか聞こえませんように”と強く願った。


きょ、今日も部活だったの?
そうだよ。朝からだったから、もうへとへと……。でも、この雨に感謝しないとな。
え?
高梨に会えたから……。高梨の顔を見た途端、一気に疲れが吹き飛んだよ。
ふふふ、沢木くんったら。私も、会えてよかった……。
 ドキッとさせるセリフを、さらりと言いのける沢木くん。

 ただでさえ、こんなにドキドキしているのに、同じことを思っていたんだと思うと、胸の高鳴りが余計早くなる。



 沢木くんと付き合いだして、約1ヶ月。

 同じ学校で、同じクラスで、毎日顔を合わせているけど、まだまだ知らないことがたくさんある。

 なにが好きで、なにが嫌いなのか、どんな音楽を聞くのかとか、聞きたいことはいっぱいあるんだけど、のどまで出掛かっている言葉が思うように出てこない。




 こんがりと焼けた肌に、程良く引き締まった腕。

 沢木くんは、サッカー部のエース。

 終業式だった()()()も部活で、“彼女”という肩書はあるものの、いっしょに帰ったり、帰り道にどこかに寄ったり、休日にデートしたりとか、恋人らしいことはまったくしたことがなくて…………。





 ……だから、この雨に感謝してるの。


 ほんの少しの時間でも、沢木くんといっしょにいられてうれしい。

 同じ時間を共有している今、すごく幸せ感じる!



あ……!
どうしたの?
 駅前のケーキ屋さんの前で立ち止まる私を、不思議そうに沢木くんが見る。
おいしそうだね。高梨は、ケーキとか甘いものが好きなの?
うん、好き。特にイチゴショートが…………。
 どうしてこんなときに、了との思い出を思い出すんだろう。



 あんな約束────、


 さすがの了も、あんな昔に交わした約束なんて覚えてるはずがない。


食べてく?
え、あ……、今日はやめとく。また今度で。
 せっかく、沢木くんが誘ってくれたのに……。


 でも、このケーキ屋さんは了との思い出の場所だから。


「憂の夢はね、大好きなケーキをた~くさん食べることなんだよ」
「じゃ、僕が大きくなったら、憂ちゃんにた~くさん買ってあげるね!」
「ほんと、了くん!? じゃ、じゃ、じゃ、憂はね、ここのケーキ屋さんのイチゴショートが大大大好きなんだよ♡」
「わかった、ここのケーキ屋さんだね」
 ……あれは、幼稚園のときだった。


 了とふたりしてショーケースにへばりついていたの、なつかしいなぁ。

 ママ達には恥ずかしいからって言われたけど。

 

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登場人物紹介

高梨 憂

紫月 了


憂の幼なじみ

憂のことがずっと好き

沢木くん


サッカー部所属

憂の彼氏

幼い頃の憂

幼い頃の了

憂のお父さん(雅也)

憂さんのお母さん(律子)

了のお父さん(恭介)

了のお母さん(江梨子)

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