#09 熱とキス

文字数 3,048文字

はぁ~、なに格好つけてんだ俺は。自信なんかねぇーっていうのに。
「将来、了のお嫁さんにして。憂の一生の一生のお願いだかんねっ!」
 思いが一緒なら大丈夫だって、安心しきってた。


 たかが子供(ガキ)の頃に交わした()()だけどさ…………。


 こんなことだったら、毎月来る憂の手紙にちゃんと返事を書くべきだった。いつの間にか来なくなるし…………!


今、好きなのはアイツ、か……。

寝たフリしてたら、あの野郎、憂の手なんか握りやがって。憂も憂で、うれしそうにしてるし。……今は、ただの幼なじみでいてやるよ。

 冷蔵庫の中に、駅前のケーキ屋で買ったイチゴショートを入れる。
「憂の夢はね、大好きなケーキをた~くさん食べることなんだよ」
「……イ、イチゴショートッ! だーかーらー、イチゴショートが食べたいって言ってるでしょっ!!
……ホント、わがままな奴。やべぇ、ちょっとダリィかも…………。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
……高梨、目閉じて。
 来るっ!

 沢木くんの顔が近づいてくるっ!!



 未知の世界への憧れと、緊張…………。


 自分も合意の上だけど、沢木くんにホテルに連れ込まれ、次のステップへ踏み出すことにしたの。



 怖いけど、きっと大丈夫。


 初めは痛いっていうけど、みんなそれを乗り越えて大人の女性になっていくんだから。



(……きゃあっ♡)
 ベッドの端に座って、沢木くんと初めてのキスを交わす。


 唇にふわりと優しく触れ、よろこびを感じた瞬間、沢木くんの舌がヌルっと唇の隙間から滑り込んできた。



 えっ!?

……ちょっ! まっ……、んんっ……!!
 口の中を()め回すかのように、執拗(しつよう)以上に舌を(から)めてくる沢木くん。



 なにこのキス……!

 こんなの知らないっ!!


 沢木くんの体を押しのけようと抵抗するものの、沢木くんに両手を押さえつけられ、そのままベッドに倒れ込む。



 やだ、このまま…………!


 スカートの中に手が侵入してきた途端、ありったけの力を振り絞って沢木くんを払いのけた。


……やっ……!!!
……ハァ……た、高梨…………?
……ご、ごめん。私…………っ‼

 乱れた格好のまま、私は逃げるようにしてその場から駆け出していた。



 どうしちゃったの、私。


 土壇場(どたんば)になって怖くなっちゃった……。



 沢木くんとならいいって思ってたのに…………!


 キスさえしちゃえば、エッチなんてどうってこともないって思ってた…………!





 ……了。



 なんでこんなときに、了の顔が浮かぶんだろう…………!



ただいま……って、なんで家の中、真っ暗なの!?
 カチッと廊下の電気をつけ、2階を見上げる。


 了……。



 そのまま洗面所へと向かう。


 パシャパシャと顔を洗い、鏡に映る自分を見つめる。

……ひどい、顔…………。


 唇に、まだ沢木くんの感触が残ってる……。



 ……怖かった。


 自分でも望んでいたことなのに、震えが止まらない。



 次、会ったとき、どんな顔して会えばいいんだろう……。


 嫌われちゃった、かな?


……おなか、空いた…………。
 ガチャ。

 冷蔵庫を開けてすぐに、見覚えのある箱が目に入ってきた。


 これ……、

 駅前のケーキ屋さんの‼




 あっ、そういえば…………!
「……イ、イチゴショートッ! だーかーらー、イチゴショートが食べたいって言ってるでしょっ!!
「ったく、早く帰って来ないと、全部食っちまうからな」
 了、本当に買ってきてくれたんだ……。



 中を開けると、イチゴショートが6個。


……バカ。いくらなんでも、これは多すぎでしょ。誰がこんなに食べんのよ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 コンコン。


 了の部屋のドアをノックする。

了、いないの? 入りま──す……。
 そーっとドアを開けてみると、暗闇から聞こえてくる了の寝息。


 もう寝てんのっ!?

 まだ8時前だっていうのに……。

 ま、いっか。ケーキのお礼は明日にしよっと。

……う、う…………。
……了?

 了の異変に気づく。


 廊下の明かりから、ぐったりと汗をかき、苦しそうにもがく了の姿が浮かび上がる。




 了っ!



 すぐに了のもとへ駆け寄り、額に手を伸ばすと……。

……アツッ! なにこの熱……っ。
 なんで熱なんか…………。


 あっ、きのう……!

「……りょ、了! もしかして、迎えに来てくれたの!?」
「バーカ。偶然通りかかっただけだって」

 ────私のせいだ。

 雨の中、私のこと探し回ってくれたから…………。

……了、ごめんね。
 冷すものを取ってこようと、了のそばを離れようとしたそのときだった。
……行くな。平気だからそばにいて。
 はぁはぁと息苦しそうに呼吸をしながら、了が私の腕をぐっとつかむ。



 ……了────。

へ、平気ってあのね……。冷やすもの取ってくるから。あと、汗もかいてるから着替えなきゃだし……。あ、薬はちゃんと飲んだの?
寝れば治る。
もしかして、飲んでないのっ⁉

いい? 薬持ってくるから、大人しく待ってて!!


 ────心臓が止まるかと思った。




 胸を押さえながら、階段を駆け降りる。



 了に腕をつかまれたとき、バカみたいにドキドキした。


 どうしちゃったの私…………。


了、ほら飲んでよ。
いらない。
あのね、なに子供みたいなこと言ってるのっ! 飲まないと、熱()がんないよっ。
なんか、お袋みたい……。
はぁ!? もう、人がこんなに心配してんのに、どーゆー神経してんのよ。まさか、錠剤、飲めないわけでもないでしょ⁉
…………。
……え? まさか、飲めないの?
わ、悪かったなっ!
う……そ……?
 バッと、布団をかぶってふてくされる了。


 やだ、了にこんなカワイイ一面(いちめん)が?

ねぇ、了……。
飲まないからな。
……キス、しようか。
……はっ!?
 了がバッと振り向いた瞬間、了の唇にグッと強く押し付ける。



 ────ゴ……クン……。

ゆ、憂……。今の反則だぞっ! 薬、入れてくるなんて……!
 顔を真っ赤にする了。


 私だって驚きだよ。

 自分がこんなに大胆なこと仕出(しで)かすなんて……!

そ、そうでもしないと、薬飲んでくれないでしょ。私の貴重なキス、返してよっ!
 恥ずかしくて、了の顔が見れない。

 バカバカバカ、なに言ってんのよ私っ!
……返してやるよ。
え?
 ふわりと、了の唇が触れる。
りょ、了……。
 さらに、顔がカァと熱くなる。

 おまけに、バクバクと心臓まで高鳴り出し、治まりがきかない。


 どうしよう、聞こえちゃう……。

 そう思っている間に、了が私の耳たぶをパクッと軽く噛む。
……あっ……、了、やだ……。
 ビクッと体を震わす私を、後ろから包み込むようにギュッと抱きしめる了。

 首筋から肩にかけて()うようにキスをしながら、了が甘くささやく。
憂、好きだよ。
了? ……やっ、了、了、了ぉっ!! バカバカバカ、ふざけないでよっ!!!
 了の腕を振りほどこうと、バタバタと()()()私。

 いつもならグーで殴りつけてやるところなのに、了がこんなに強いなんて……。

 押さえ付けられている手から、だんだんと力が抜けていく……。



 ────あ……。


 唇が重なる。

 沢木くんとは違う、優しい優しいキス。


 深く深く、濃厚に────。



 唇が離れたときには、魔法にかけられたかのように、目を(うる)ませ了を見つめている私がいた。

憂、もしかして俺にホレた?
…………!
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登場人物紹介

高梨 憂

紫月 了


憂の幼なじみ

憂のことがずっと好き

沢木くん


サッカー部所属

憂の彼氏

幼い頃の憂

幼い頃の了

憂のお父さん(雅也)

憂さんのお母さん(律子)

了のお父さん(恭介)

了のお母さん(江梨子)

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