#11 約束

文字数 3,046文字


 待ち合わせは、お昼の1時。

 場所は、駅の南口で。


 きのうと同じように早めに着くと、まぶしい日差しのなか、ペットボトルを片手に空を見上げている沢木くんの姿があった。


……沢木くん。
あ、高梨。高梨も早いね。
 いつもとなんら変わりない、沢木くんの笑顔。

 気をつかって、いつも通りに振る舞ってくれるのはわかるんだけど……。



 言わなきゃ、今っ!


沢木くん、あのね……っ!
 私が話を切り出すと同時に、沢木くんがバッと頭を下げた。
ごめんっ!
え?
きのうは、ホントごめんっ! 初デートで、あんなことして……。ずっと好きだった高梨と、そういうことができるって思ったら、うれしくて、つい調子に乗っちゃって……。俺のこと、嫌いになっちゃった?
そ、そんなことないよ。私のほうこそ、ごめん……。
あー、よかった。ラインしても既読(きどく)にならないし、俺、嫌われたんじゃないかと思って、すごく不安だったんだ。
ごめん、気づかなくて……。
気にしなくていいよ。でさ、きのうのやり直しをしよう。
え?
もう一度、初デートからはじめよう! ね?
えっ、あの……っ!
あっ、来た来たっ! 高梨、バスに乗ろう!
 駅のロータリーにバスが入ってくると、沢木くんが私の手を握って走り出した。

えっ、まって! あの、沢木くん、私……、話があるのっ!!

話ならまた後で聞くから、水族館に行こう! 変わった模様のある魚がいるんだって。
…………。
 沢木くんのペースに、完全に流されちゃってる。



 こーゆーときに反則だよ。

 まぶしすぎる笑顔を私に向けないで。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 ……水族館か。


 最後に行ったのは、いつだろう。

 小学校の遠足以来かな。

 なつかしいなぁ、了と二人して水槽にべったりくっついてたっけ……。


────あっ……!
 丸い窓が並ぶ遊歩道ゾーンを歩いていると、ツノダシの大群がサーッと通過する。


 思わず心を奪われ、まるで子供のように目をキラキラとさせる私。

うわぁ……、すごいなぁ! 高梨、もっと奥に行ってみようよ!
うん!
 沢木くんに手を引かれ、奥の水槽へと導かれる。

 足を踏み入れた途端、そこはまるで海の底にいるような神秘的な世界だった。
……すっごーい!!
 言葉にできないほどの迫力さ。

 自分の頭から足の下を華麗に泳ぐ、たくさんのエイ。

きれい……。
うん、きれいだね。高梨、知ってる? このなかに、“ハート形の模様”のあるエイがいるんだって!
へぇー、そうなんだ。カワイイね♡
……そのエイを見つけられたカップルは、絶対に別れないんだってさ。
えっ?
 心がざわつく。

 一瞬、私のまわりから音が消えたかのように、そのエイを見に来たカップルたちの笑う映像が頭の中に流れ込む。


 私、これ以上進めないっ‼


俺らも早く探そう! 見つけたらさ、スマホの壁紙にしたいなぁ。高梨はどうする?
……ご、ごめんなさいっ‼
え? あ、興味なかった? 女の子ならみんな、そういったジンクス好きだろうなって思ったんだけど……。
そうじゃなくて、私……。

バスに乗る前に、俺に話があるって言ってたよね。話って、なに?

わ、私と、別れて下さい……っ‼
 ギュッと拳を握りしめ、沢木くんに深く頭を下げた。
…………。
勝手なこと言ってるってわかってる……っ! ホント、ごめんなさいっ‼
……きのうのこと、引きずってるの?

だったら、あんな無理矢理なこと、絶対にしないからっ! 約束するっ……!

 まっすぐ見つめる沢木くんの瞳に、思わず息をのむ。
……ちがうの。私がダメなの。
ダメって、どういうこと?

俺に不満があるなら直すよ。時間だって……、高梨ともっと会えるようにするからっ! だから…………っ!

ごめん。沢木くんのこと、好きっていう気持ちは本当だよ。でも、それ以上にドキドキして、その人の一言でうれしくなったり、悲しくなったり、バカみたいにコロコロ変わるの……。
……高梨をそうさせる相手って、誰?
それは…………。
 沢木くんの手が伸びてくる。


 思わず、ビクッと体を震わせると、伸びてきた手が私の髪をすくい、あらわになった耳に強い視線が向けられる。

……そのピアス、きのうも付けてたね。
あ…………。
最後に教えて。それくれたのって、了くん?
……う、うん。
 そう答えるのがいっぱいいっぱいで、沢木くんの見つめる瞳から、思わず目をそらしてしまった。
……わかった。もういいよ。
 沢木くんは深いため息をつくと、私をその場に残し、一人でその先をとぼとぼと歩いて行く。



 ……沢木くん。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
また雨か……。

 ザ──────ッ!!



 駅に着いた頃には、どしゃ降りの雨になっていた。


 躊躇(ちゅうちょ)せず、雨が降るなか、どんよりとした街の中へと溶け込んでいく。
 

 ちょうど目も腫れてるし、別に構わない。

 おととい買ったばかりの花柄のワンピ―スが()れようが、お気に入りのサンダルが汚れようが、もうそんなのどうだっていい……。



 去っていく沢木くんの後ろ姿が、どうしても頭から離れられなかった。


 ()びを()うように、空を見上げる。




 ……ごめんね。



 そして、ありがとう。



……憂っ!

 突然、どこからか、了の声が聞こえてきた。




 ピシャ、ピシャ!


 水たまりの跳ねる音がだんだんと大きくなってくる。


 もやがかかった街の中を、了が息を切らせながら駆けてきた。


……了、なんで……?

 まるで夢でも見ているかのように、目の前に了がいる。

なにやってんだよ、バカ。風邪ひくだろ……。
 ……了────!


 ピシャピシャと音をたてて、了の胸に飛びつく。
ゆ、憂……。
“バカ”は了のほうでしょ。きのう熱だしていたのに、まだ寝てなきゃダメじゃん。……でも、来てくれてありがと。
 ニコッと笑う私に、じーっと胸元を見る了。



 ん?


 ────あ……。


……ちょっ! どこ見てんのよ、このスケベッ!!
 了の頬を殴った後、ぬれて透けた胸元を両手でバッと隠す私。



 絶対言ってやんない。

 絶対言ってやんないから!




 了のことが“好き”だって。


……ってぇ。グーで殴ることないだろ? 病人だよ、俺は。こんなんじゃ、誰も嫁になんかもらってくんねーぞ。
そしたら、了にもらってもらうからいいもんっ!
 顔を赤くして、プイッと横を向く私に────。
そうじゃなくても、もらってやるよ。
え、それ、どういう……。
 言いかける私の口をふさぐかのように、了の唇と重なる。



 ────優しい……キス……。


忘れた? “大人の約束”────。
 え?


 まさか……。


「憂を……。将来、了のお嫁さんにして」
「わかった、いいよ」
「……ホント? これは、憂の一生の一生のお願いだかんねっ! ちゃんと叶えてくれなきゃダメだかんねっ‼」
「うん。じゃ、指切りしよう」
「ダーメッ。そういった大人の約束は、キスなんだって」
 5年前のあの約束っ!!


 はっと、了を見上げたときには、私を包み込むような優しい目で見つめていた。

 その目に吸い込まれるように、私も了を見つめ返していた。



……覚えてたの? 了、私ね、私……。了が、了が好き。了が好きだよ!
 了の服の裾をギュッとつかみながら、自分の気持ちを伝えると、そこには私以上に顔を真っ赤に染めた了がいた。
……じゃなきゃ困るっ!
 了にグッと引き寄せられ、次の瞬間、私を待っていたのは、キスの嵐だった。


The END♡
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登場人物紹介

高梨 憂

紫月 了


憂の幼なじみ

憂のことがずっと好き

沢木くん


サッカー部所属

憂の彼氏

幼い頃の憂

幼い頃の了

憂のお父さん(雅也)

憂さんのお母さん(律子)

了のお父さん(恭介)

了のお母さん(江梨子)

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