クローバーのノート

文字数 1,763文字

 翌日、日曜日。梅雨時だからなのか、今日も冴えない空模様。雨こそ降っていないけど灰色じみた空で、いつ降り出してもおかしくない。けれど、朝食をいただきながら見た天気予報では一応、降水はないことになっている。

おはよー、みく! 

ワタシのノート試した? 

どうだった?

 部屋に戻ると、待ち構えていたようなタイミングで彼女が声をかけてくる。

あなたの言っていた通り、ちゃんと思い出せたんだけど……

ごめんね。なんとなく、思い出せて嬉しいって感覚になれなくて

そうかもねー。だって、

あなたに向いてないことをわざわざ、

魔法でさせてるようなものだもん

 あ、やっぱり。彼女はいつでも、ボクのことはお見通し。こうなることがわかっていてあえて貸してくれたんだ。
手が勝手に動いたみたいでしっくりしなかったんじゃない?

たぶん、そう。

操られて勝手に動いたみたいな感じでさ

ワタシもあなたのノート、読ませてもらったけどね。

忘れたくない! って必死だから、かなーり詳細に書いてるよね。

ノートのメモ書きなのに、ちゃんとした読み物や資料集みたいで、

読んでてけっこう面白かったよ

そ、そお? なんだか照れちゃうね

だから、みくはね。きっと、書くことそのものも

割と楽しんでやってるんじゃないかなってワタシは思うのよ

う~ん……
 僕は、ひとりで机に向かってる時間が一番好きだ。それで何をやっているかというと、忘れたくないことをノートに書いたり。過去に書いたノートを読み返したり。お気に入りの図鑑を眺めて、覚えておきたいなぁって思うことがあったらそれも書き写したり。まぁ、結局覚えられてないわけですが。
そういえば、ノートに書いてあるのって星のことだけじゃなかったわね

確か、今そっちにあるノートには、

石について調べた時のメモが多いかも。

昔、川で拾った不思議な石があってね。

名前を知りたくてずっと、図鑑で調べているんだけど

 僕の机に飾っている、手のひらサイズの小さな洞窟みたいな石。たぶんあれは、元はこの倍の大きさの石だったのが、半分に割れたんだと思う。その中に空洞があって、黒く光る水晶みたいな石が隠れていたんだ。

 ボクの知り合いには石に詳しい人もいなくて相談も出来ないし、売り物でもない石をお店に持って行って鑑定してもらうなんて迷惑だろうから、自分で調べるしかないと思ってそうしているんだけど……案の定というか、こんなにたくさんの石について調べて、何度も書いているっていうのに、覚えている知識は漠然としている。おぼろげ~に石の名前を覚えているけど、それぞれの特徴や色などは覚えきれていない。

 でも……。

そうだね……僕、何度も何度も、同じことでも。

休みの日、ひとりでこうやって調べてノートに書くの、

楽しいのかもしれない

なんでも一発で覚えられちゃう人なら、

そういう楽しみ方も出来ないじゃない

うん

本当に好きなの? って誰かに疑われたら、

そのノート、はいどうぞって見せてあげたらいいのよ

 僕自身が覚えてなくても、僕の書いたノートからその人が、興味ある個所を見つけてくれたら。さすがに僕だって自分の書いたものを読みながらならそのことを思い出して話せるはずだ。うん、楽しそう。とはいえ、この前の人とまた会って話したいかっていうとそれは別問題だから、また別の人との機会にね。

 僕に必要なのは僕だけのクローバーのノートで、魔法のノートは必要ない。お互いに、鏡を介してノートを返し合った。

ありがと。

あなたのおかげで悩みがひとつ解決したみたい

どういたしまして~。

みくは今日、これからどうするの?

せっかくお休みだし、曇り空だし。

近くを散歩して紫陽花探しでもしてみようかなぁ

 紫陽花っていうのは、曇り空の方が綺麗に見えるらしい。こういう単発のネタみたいな情報はちゃんと覚えていられるんだけどなぁ。

一緒に見に行けなくて、残念だわ。

楽しんできてね

 以前、鏡を持って一緒に出掛けたら同じ景色が見られるのか訊ねてみたことがある。その時は濁して教えてくれなかったけど、つまりそうやって一緒に出掛ける気はないってことなのかもしれない。




 一緒に出掛けられないし、顔を見られないし、手も繋げない。僕はあなたのことを何も知らない。




 それでも彼女は、僕だけの、「一等いっとうの友達」だってことだけは、確かな真実なんだ。

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登場人物紹介

名前:みく

星や石や虫などの自然が大好き。素直な16歳の女の子。

記憶力が弱くて好きなことを勉強してもすぐ忘れてしまうのが悩みの種。

その対策として、忘れたら思い出せるようにクローバー柄のノートにメモを書くのが習慣。

一人称は「僕」

名前:秘密。教えると魔力が弱くなってしまうから、とのこと。

通称:鏡の魔女

みくの部屋の鏡の向こう側から、みくに話しかけてくる不思議な友達。

年齢も秘密。みくは彼女のことをほとんど何も知らないけど、

彼女はみくのことをなんでもお見通し。

わかっているのは、お酒を嗜むのが趣味なのと、鏡を用いて魔法を使えることだけ。

一人称はワタシ。

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