憧れの投影機に会いに行こう!

文字数 2,198文字

 さて、若い女の子の初めてのひとり旅っていうことで、過程はとにかく安全第一。安く済ませるために鈍行列車を頑張って乗り継いで、なんてしないで新幹線一択。それでも到着までに数時間がかかってしまう。お金だけじゃなく、そういう意味でも一生に何度も通える場所とは言い難くあるわね。

 無償で旅に付き合わせてもらってるっていうのに自分の希望だけ通すわけにはいかないから、新幹線の車内ではみくが望んでワタシに話しかけてくるのなら会話に応じていた。もちろん、ワタシだって話せるならその方が楽しい旅の思い出になるからね。周りの乗客の目には気を配るのは前提で。
 車窓から眺める、生まれて初めての大阪湾や瀬戸内海。近づいてくる海峡大橋にみくは静かに感嘆して、声も出さなかった。ワタシにとってもそれらは初めて見る海だったから、同じように厳かに堪能させてもらったわ。

 新幹線の停車駅から電車にのりかえて一駅先に、その街はある。天文マニアにはちょっと知られた街だし、そもそも子午線の街としても全国的に知られてはいる、はず。だからといって毎日がお祭り騒ぎなんてこともなく、普段は静かな普通の街みたいね。
 ゆるやかな上り坂をのんびり歩いていって、間もなく、プラネタリウムが併設された科学館の展望塔が見えてきた。子午線の街だからこその、時計塔をイメージした展望塔。こちらももちろん、投影の後に楽しませていただきましょう。

 今時はこういったプラネタリウムも減ってきた印象があるけれど、プラネタリウムの出入口前の待合室にはショーケースがあって、当館の歴史が感じられる古い恒星電球等が展示されていた。ワタシの思い出のプラネタリウムも、こんな展示があったのよね……。
わぁ~……これがあの有名な投影機なんだぁ
 投影ドームに入ってすぐ、みくは目当ての投影機を見上げて感嘆の声を上げて、次の投影の解説員さんが声をかけてくださって話し始めた。ワタシはそちらはとりあえずスルーして、申し訳なくはあるけれど、ほんの少しだけ落胆もしていた。誰のせいでもなく、ワタシ自身の感傷でしかないのだけど。

 確かに、ワタシの思い出の投影機とほぼほぼ同じコなのだけど。投影ドームの大きさも座席の間隔もその座り心地も。見上げる星空の広さも……。

 そのどれもがワタシの思い出のプラネタリウムと少しずつ違っていて、同じ感覚にはなれなかったから。




 ま、確かに落ち込みはしたけれど、それもほんの少しだけよ。そんな理由でここのプラネタリウムの価値が損なわれるはずもないし、「今日、この日、この場所での投影」をきっちり楽しませていただきましたとも。

せっかく遠路はるばる来たけれど、秋の星空解説って

やっぱりちょぉ~……っぴし、他の季節より地味めなんだよねぇ

 みくは苦笑しているけれど、楽しくなかったわけではもちろんないはず。投影は星空解説が全てってわけじゃないんだもの。とはいえ、やっぱりね……。

 秋の夜空に輝く一等星は、みなみのうお座のフォーマルハウトただひとつ。秋の四辺形と呼ばれるものは、他の季節みたいに複数の星座の一等星を結んで、ではなくペガスス座の胴体の四つ星。印象がぼんやりしちゃっていて、これはよそのプラネタリウムで解説員さん自らそうおっしゃっていたのをワタシも聞いたことがある。

 その後は展望塔に上がってさっき新幹線の車窓から見た瀬戸内海と海峡大橋の上からの眺望を楽しんだり。科学館の敷地内には大きな日時計も設置してあってそれを見下ろしてみたり。科学館の後ろにある「時の道」や、街に戻って城跡の公園や文化博物館へも足を伸ばしてみたり。一泊二日なのもあって案外大忙しの旅になった。夕食に商店街でご当地料理を食べてから宿泊予約をしたビジネスホテルに戻ったみくはすでにくたくたに疲れていた。

その点、自分で歩きもせず旅を楽しませてもらえたワタシは

役得じゃあ済まされない漁夫の利よね

そうかなぁ。逆に考えると、

旅先を歩いて感じる楽しさを味わえたって意味じゃあ、

僕の方が得してると思うけど

そうねぇ……
 こういうところにすぐ気付くあたり、ほのぼのしているようで彼女も案外的確っていうか、聡いところもあるわよね。

今日見たもの、忘れる前にノートに書かないとぉ……

でも、もぉ眠たいよぉ

 みくの悩みの種は、ちょっぴり忘れっぽいところ。好きなことでも、見聞きしただけではその情報をずっと覚えていられないから、いつもクローバーのノートを持ち歩いて忘れたくないことをメモしている。覚えるために書いているんじゃなくて、忘れてしまってもノートを見れば思い出せるようにそうしているの。

 けれど、哀れというか憐れというか。ベッドにうつ伏せになってノートに今日の投影内容を書き残そうとしていたみくは疲れに抗えず寝落ちして、朝を迎えてしまったのでしたとさ。

寝落ちしたくないのなら、ベッドの上じゃなくて、

客室内のテーブルにきちんと向かってするべきだったわね

 翌日。せっかく目の前に大きな島が海峡大橋で繋がっているというのにそこへ渡ることなく、ただ遠目に眺めるだけに留めて。みくは両親へのお土産にご当地の壺入り駅弁を買って、新幹線に乗り込んで帰路に着いた。帰宅したらまた鏡を介して、ワタシの元に手鏡を返してくれた。その日はみくに旅の疲れもあって早く自室で誰も気にせずたっぷり休みたいだろうから、そこでお開きにして。
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登場人物紹介

名前:みく

星や石や虫などの自然が大好き。素直な16歳の女の子。

記憶力が弱くて好きなことを勉強してもすぐ忘れてしまうのが悩みの種。

その対策として、忘れたら思い出せるようにクローバー柄のノートにメモを書くのが習慣。

一人称は「僕」

名前:秘密。教えると魔力が弱くなってしまうから、とのこと。

通称:鏡の魔女

みくの部屋の鏡の向こう側から、みくに話しかけてくる不思議な友達。

年齢も秘密。みくは彼女のことをほとんど何も知らないけど、

彼女はみくのことをなんでもお見通し。

わかっているのは、お酒を嗜むのが趣味なのと、鏡を用いて魔法を使えることだけ。

一人称はワタシ。

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