5—1

文字数 2,163文字



 大女優に見込まれたせいで、ぼくの生活はさわがしくなってしまった。

 毎日みたいに女優がやってきて、演技テストにつれだされたり、お茶にさそわれたり、お化粧のしかたを教えてもらったり、おしゃべりにつきあわされたりした。
 それだけでも、うっとうしいのに、あの視線がどこへ行っても身辺にまとわりついてくる。

 おまけに、あからさまな嫌がらせまで受けるようになってしまった。洗濯したばっかりのぼくの服がどろかだらけになってたり、下着が軒下でさらしものになってたり(そんなのぜんぜん、へっちゃらだけど)、演技テスト用の台本がやぶられてたり、お茶に虫が入ってたり。

 くだらない子どものイジメみたいなものなんだけど、ただ、そこにこもってる怨念はけっこう強い。そのうち、もっとエスカレートしてくる気がする。

 まあ、誰がやってるかは、だいたい見当がついてるけど。ぼくに主役の座を奪いとられて、あわてふためいてる誰かさんに違いない。

「タクミ。ルナが嫌がらせするよ。やめさせて」

 ぼくが言うと、タクミは難しい顔つきになり、いつも同じ叱責をする。

「ルナはそんなことする子じゃないよ。ユーベル。自分がキライだからって、証拠もないのに人を疑うのはよくないよ」
「じゃあ、なんで、ぼくのブラジャーが玄関にぶらさがってるの? ぼくのサンダルのヒールが折れやすくしてあったのは? あれなんか、ぼく、もう少しで大ケガするとこだったよ」
「ああ、うん。たしかに、あれは変だよね。でも、ルナがやったんじゃないと思うよ。あのね、ユーベル……」
「今だって、トイレに閉じこめられたけど? ぼくが自分で外からドアをふさいだって言うの?」

 ぼくが抗議すると、タクミはますます厳しい顔になった。何か言いかけたけど、けっきょく何も言わなかった。

「いや、いいよ。僕も注意して、誰がこんなことしてるのかつきとめるから。それより、ユーベル。君、ほんとに映画に出るつもりなの?」
「どうして?」
「どうしてって……やめたほうがよくない?」

 タクミはぼくが映画に出ることに反対だ。ぼくだって本気で出る気なんてないけど、タクミがルナの肩ばっかり持つから、つい心にもないことを言ってしまう。

「タクミはぼくがルナの役とっちゃうことがゆるせないんでしょ。ぼくが断って、ルナに役を返してあげればいいって思ってるんだ。知らないよ。ぼくは、ぼくのやりたいようにやるんだから」

 なんとも悲しそうな目で、タクミはぼくを見る。

「じゃあ、君はほんとに女優になりたいの?」
「そんなのタクミに関係ない」

 タクミは違うって言うけど、ルナ以外に誰がそんなことするっていうんだろう。証拠に、嫌がらせは昼間しか起こらない。ルナが自分のコテージに帰っていく夜は平穏だ。

 もっとも、ぼくがイライラしてたのは、イジメが原因じゃない。ぼくはオリジナルのとき、こんなの比じゃないヒドイことをされてきた。イジメなんて、なんとも思わない。でも……。

 あれは何日前のことだったかな。ぼくが演技指導を受けて、グッタリして二号コテージに帰ったとき。

「——ほら、ルナって映画で見たほうが可愛いじゃない。ふだんがコスプレっぽいのは、タクミ的にはポイント高いけど。それにしても、あの子、初めて見たときビックリした。あれじゃ勝ちめないなぁ」

 キッチンで野菜をきざむ音がして、エミリーとシェリルが話していた。シェリルが涙ぐんでいたのは、玉ねぎが目にしみたからではないみたいだ。

「そうね。あのままフィギュアになりそうだもんね」
「それよぉ。タクミの理想そのものじゃない? 悔しいけど、あたし、あきらめるわ。あなたは早めにいい人、見つけて、正解だったわね。ダグレス、ちょっと根暗そうだけど、エミリーのこと、すごく大事にしてるし」

 ぼくは二人の声を聞きながら、そっとコテージから出ていった。

 やっぱり、ルナってタクミの好みなんだ。誰が見ても、そうなんだ。だから、タクミはルナの肩ばっかり持つのかな。

 ほんとに海の泡になって消えてしまいたい気分。

 あのことが起こったのは、ちょうどそういうころのことだ。正確な日付は四月十五日。

 トイレに閉じこめられた翌日、ぼくは早朝に目がさめてしまった。やっぱり連日の嫌がらせやタクミとの不和で、緊張してたのかもしれない。
 ぱたりとむかいのドアが開閉する、かすかな音を聞いた。そのあと、足音を忍ばせて歩いていく。階段をおりていくようだ。

 むかいの部屋はタクミだ。こんな時間に、どこへ行くんだろう?

 窓の外を見ると、夜は明けていたものの、濃霧が風にただよって、森は白一色の世界。
 これじゃ、散歩といっても、あちこちにおでこをぶつけて、コブだらけになっちゃうよ。こんな霧のなかをわざわざ出ていくのって、ちょっと怪しい。

 そう言えば、タクミは以前にも真夜中に、こそこそ出ていったっけ。
 まさか、ルナと早朝デートしてる? そんなの、ゆるさないぞ。

 近ごろのタクミの態度は釈然としない。
 ぼくは急いでフリフリのパジャマをぬぎすてた。Tシャツとショートパンツに着替える。動きやすい服もいるかと思って、持ってきといてよかった。

 玄関を出て、タクミのあとを急いで追っていったんだけど……甘かった。霧のせいで、なんにも見えない。

(こんなことで、あきらめないぞ)
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み