第8話 《同日未明。シティポリス寮。ダグレス》
文字数 1,190文字
ミランダの事件の処理がついて、ダグレスが独身寮へ帰ってきたのは明け方に近いころだった。
暗い地下の一室。
ミランダ・ドノヴァンの解剖の結果、彼女の死亡推定時刻は零時十分から二十分のあいだだとわかった。ダグレスがタクミと別れ、エレベーターに乗ったころをはさむ前後五分間くらいだ。
状況から見て、事故か、事故にかぎりなく近い自殺であることは間違いない。
超能力捜査官の目で見ても、現場に不審な点はなかった。
ミランダを殺す動機のある人間もいないようだ。動機になりうるとしたら、ミシェル・ボアジュネとの口論だが、ミシェルを始め、パーティーに来ていた全員にアリバイがある。ミランダが屋上に立っているあいだ、一人でタクミの部屋を出ていった者はいない。
タクミの部屋からミランダを念動力で落下させることは理論的には可能だ。が、それほどの念動力者となると、少なくともダブルAランクでなければならない。ダブルAランク者のリストに載っている者は、あの部屋にはいなかった。
また、事故は集合住宅の屋上で起こっているから、部外者が関与してくる可能性はきわめて低い。表門の防犯カメラに不審者は映っていなかった。エントランスにはタクミの友人たちがいたから、その時間に外からの侵入者がなかったことは歴然としている。
街路から屋上にいるミランダをつき落とすには、空を飛ぶ乗り物を使うしかない。ディアナ市民の足であるエアタクを使えばできなくはないものの、エアタクの運行は市のホストコンピューターで管理されている。あの時間、建物の近くを通ったタクシーは一台もなかった。
となると、あとはアパートの住人くらいだが、ミランダはあの日初めてアパートを訪問している。住人が初対面の彼女を襲う可能性はゼロではないが、あまり現実的な見解とは言えない。住人は富裕層とまでは言わなくても、上級職につく者が多く、生活にゆとりがある。思いつきで犯罪に手を染めるには、失うものが多すぎる。
まあ、それはアパートの住民を聴取すればわかることだ。今夜はダグレスの気分がすぐれなかったので、あとのことは警官たちに任せて、さきに帰った。こういうときにBランクの不安定なエンパシーを使うものではない。
(もう四時か。今からだと三時間しか眠れない)
明日、聴取にまわれば、事故で落着。エンパシーで探れば、ウソをついているかどうかは一発でわかる。
今のうちに眠っておかなければならないが、眠れるだろうか。睡眠導入剤を服用したほうがいいかもしれない。
(窓から落ちて、手足の折れた、マリオネット……)
言ってはいけないことだったのだ。
——母さんのなかに死神が見える。
あの瞬間に戻って、自分の口をふさぐことさえできれば……。
その夜、ダグレスはひさしぶりに母の夢を見た。
悪魔のなかで、ダグレスは狂ったようにナイフをふりおろし、少年の自分を殺し続けた。