第18話 《8月3日、午後七時すぎ。T・T事務所兼リビング。エミリー》

文字数 1,949文字



 仕事が終わると、エミリーは足に羽が生えたようにリラ荘へ急行した。タクミの部屋についたときには、ほとんどのメンバーがそろっていた。

 タクミとユーベルは当然として、ジャン、エドゥアルド、ダニエル。女の子はミシェルとノーマだけ。シェリルはまだのようだ。この前のパーティーに来ていたほかの人たちはアニメやコスプレの趣味があるわけではないので、今夜は来ないらしい。

「よかった。エミリー。手伝って。飢えた野獣みたいな男どもが牙をむきだして、せっつくのよ」

 ミシェルとノーマがキッチンから救助を求めてくる。

「遅くなってごめんなさい。急いで来たから何も持ってきてないんだけど」
「いいのよ。材料なら、男どもが自分の食べたい料理の食材、山ほど持ってきてるから」

 ジャンは俳優業にも進出している人気モデルだし、エドゥアルドは資格取得の難しい反重力装置の整備士。タクミはサイコセラピストで、みんなふところぐあいが女の子よりあたたかい。集まるときには必ずこうして食材やデリバリーを買ってきてくれる。手作り料理が食べたいよと甘えてみせるが、ほんとのところは働く女の子たちへの気遣いだとわかった。女の子にしても労働力を提供することで気兼ねなく奢ってもらえる。

「ごめんなさい。すぐ手伝う。今日もパエリアなのね」
「エドのリクエスト」

 荷物を置いてキッチンにかけこむエミリーの背に、タクミの声が届く。

「いいなぁ、エドは。僕なんてたのんでも誰も日本食、作ってくれないよ。ああ、サバの塩焼きと大根の煮物と粕汁が食べたいなぁ。もちろん白いご飯で」

 それはムリよ。作ってあげたいけど、日本食は難しいんですもの——と、内心ひとりごちる。

「エミリーはコブサラダ作って。モデルさまは食物繊維をたっぷりとらなくちゃいけないんですって。わたしはタクミの好きなハンバーグを心をこめて作るから」

 ミシェルが言うので、リビングからジャンが口をはさむ。

「聞こえてるぞ。タクミばっかりひいきするなよ。おれのほうが絶対、二枚目なのに。どうよ、この角度」

 見えるはずないのにポーズをとっているらしい。男たちの笑い声が聞こえる。

 しばらくして、料理が大半できたころになって、チャイムが鳴った。

「やっとシェリルだわ。かわりに片づけしてもらわないとね」

 ミシェルは言ったが、来たのはシェリルではなかった。前回のパーティーにも来ていた刑事だ。夜でもサングラスをかけていて、刑事なのに変わってる。超能力捜査官だというから、そのせいだろうか。

「こんばんは。今夜みなさんが集まると聞いたので、うかがいました。おジャマかとは思ったのですが、カーライルさんにカードの話を聞きたくて」

 ダニエルがとびつくように玄関まで来る。
「ジャマなもんですか。カードの話なら朝までだってします」

 たしかにダニエルなら一晩中でも話しているだろう。
 エミリーはミシェルやノーマと顔を見あわせた。

「シェリル、遅いわね」
「そろそろ料理、運びましょうか。あんまり遅いと衣装のチェックできないわ」

 ダイニングキッチンでは全員で食卓をかこめないので、リビングに料理を運ぶ。

「これ、食後にみなさんでどうぞ。今夜は飲まないと聞いたので、迷ったのですが、女性の好きそうなものをと考えまして」

 刑事はケーキの詰めあわせを手土産にしていた。
 じつのところ、エミリーは涙が出るほど嬉しい。いつも財布の口をかたく閉めて食費をけずっているので、ケーキなんて手が出ないのだ。

「わぁ。うまそう。どれにするか迷うなぁ。シェリル、早く来ないと全部食べちゃうぞ」

 酒豪で甘党のタクミが目を輝かせている。

 そのとき、ピクリと刑事が聞き耳を立てるようなそぶりをする。防音がしっかりしているから、廊下の音など聞こえるはずもないのに、
「誰か来たんじゃありませんか? そう言えば、今日はとなりのかたは?」と言う。

 タクミが答えた。
「夕食に誘ったんですが、明日は難しい手術があるからって断られました」
「そうですか」

 タクミが話しているので、かわりにエミリーが玄関口にむかった。ドアをあけると、シェリルが立っている。カバンに手をつっこんだまま、エミリーを見て、とびあがるほど、おどろいている。

「何してるの? シェリル」

 ドアなら室内にタクミがいるから、シェリルにだってあけられる。

「あ、ちょっと、お化粧なおそうと思って。なかで待ってて。すぐ行くから」
「わかった。みんな待ってるから」
「うん。ごめん」

 挙動がおかしいような気もしたが、エミリーはドアをしめた。

(なんだか、カバンから何かをとりだそうとしてたみたいに見えたけど。きっと化粧道具ね)

 それだけのことだった。いつもなら、すぐに忘れてしまうところだ。のちに起こった、あのハプニングさえなければ……。
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