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文字数 2,217文字


 目がさめると早朝だった。
 全身があぶら汗でグッショリぬれている。生々しい夢だった。ぼくの体を固定する拘束具の感触さえ、まだ手足に残ってる。腕に刺さった針の痛みも……。

「タクミ。タクミ。怖い夢、見たよ」

 ぼくは夢でうなされたとき、いつもそうするように、無意識にタクミの姿を探した。いつものようにタクミの腕のなかに逃げこんで安心したかった。あれはただの夢だから、なんにも心配しなくていいんだよと笑ってほしかった。

 だけど、家じゅうを探しても、タクミの姿はなかった。
 ぼくは途方にくれた。

(あ、そうか。ぼく、タクミとケンカして、ヨアヒムのとこに逃げてたんだっけ……)

 そう思うと、ぼくが困ってるときに、そばにいてくれないタクミに、急に腹が立ってきた。自分から逃げだしたなんてことは、このさい関係ない。

(いいよ、もう。タクミなんて)

 これまでにも何度もそう思いながら、それでもやっぱり、いざとなるとタクミを探し求めてしまう。
 タクミがぼくをこんなふうにしたのに、今さらぼくのことはただの患者だったと言う。

 ぼくは、どうしたらいいのかわからない。今までのぼくなら、とっくにタクミのことは見限って、新しいご主人さまを見つけてたのに。

(タクミのことが好きなんだよ。タクミじゃなきゃダメなんだ)

 涙がこぼれてきて、ぼくは廊下にうずくまった。そういえば、ヨアヒムもいない。朝の見まわりに出かけてしまったらしい。

 ひとりぼっちで泣きじゃくっていると、建物の外で物音がした。人の足音のようだ。エンパシーを広げてみると、誰か知った人の脳波を感じた。

 窓ガラスのむこうの霧が深くて、朝の何時ごろなのかわからない。でも、きっと見まわりを終えて、ヨアヒムが帰ってきたんだろう。

 ぼくはさみしくてしかたなかったので、疑いもせずに玄関までかけていき、戸口をひらいた。

「おかえり。ヨアヒム」と、声をかけたとたんに、誰かが襲いかかってきた。マキ割り用のナタじゃないかと思う。刃物がぼくの頭上すれすれを勢いよく通りすぎる。

 ぼくは悲鳴をあげて、うずくまった。

 コテージのなかに明かりをつけてなかったし、外は霧が濃い。襲撃者の姿はまったく見えない。だけど、ぼくを殺してやろうという強い意思が、頭が割れそうなくらい、ガンガン押しよせてくる。

 ぼくは夢中でふりおろされる凶器をさけて、霧のなかへ走りだした。

『助けてッ。助けて、タクミ!』
 思わず、テレパシーでタクミを呼んだ。

 顔もわからない襲撃者は、よろめきながら走るぼくのあとを、的確に追ってくる。
 一度はうしろから髪をつかまれて、あやうく脳天を割られるところだ。ぼくの髪のさきをブンと風が通って、ひっぱる力から解放された。狙いが狂って、つかまれていた髪を切られるだけですんだのだ。

 ぼくは勢いあまって地面を二、三回ころがった。
 どうにか立ちあがって走りだすけど、追ってくる足音はしつこく真うしろに食いついてくる。

 この深い霧のなかで、どうやって、ぼくの正確な位置を定めてるんだろう?

 そう考えて、ふと気づいた。
 たぶん、こいつ、エンパシストなんだ。ぼくの発するSOSのテレパシーを読んで、場所を特定してるんだ。

 そう気づいて、ぼくはテレパシーを断った。完全に心にブロックをかけて、やみくもに走った。ミルク色の視界のなかで、襲撃者の気配はしだいに遠ざかるようだ。

 ぼくは大きな木の根元にうずくまって、悪夢の続きのような時間がすぎていくのを、ひたすら待った。ずいぶん長く感じたけど、じっさいには五分とたってなかったに違いない。

 そのうち、やや離れたあたりで人の争う物音と罵声が聞こえた。その声が「うッ」という、うめき声を最後に、とつぜん途絶える。誰かが走りさっていく。

(いったい何がどうなったの? 逃げていったのは犯人? それとも別の人?)

 誰と誰が争って、どういう結果になったのか、今すぐにも確認したいけど、怖くて動けない。まだ、そのへんに犯人がいるかも。

 それから、さらに五分もしてからだっただろうか。

「ユーベル! 無事かッ?」

 誰かがかけてきて、ぼくの肩を抱いた。タクミだと思って、ぼくはしがみついた。でも、やっぱり違っていた。ヨアヒムだ。
 考えてみれば、これはあたりまえ。ヨアヒムは赤外線カメラのおかげで、ぼくの位置がわかったんだから。タクミにはぼくの姿は見えないし、今はエンパシーもブロックしてる。

 タクミがやってきたのは、この数分後。ぼくのテレパシーを感じて、ずいぶん探しまわったらしい。

「そこにいるの? ユーベル」

 霧のなかに響くタクミの声を聞いて、ぼくはやっと気づいた。なんで、ヨアヒムとタクミを何度も勘違いしたのか。
 二人は声の質がよく似ている。タクミのほうがちょっと高いけど、ヨアヒムがトーンをあげると、ちょっと区別がつかない。

 ぼくはタクミがかけよってくるのを見て、放心状態からさめた。

 ヨアヒムにしっかり抱きついてるぼくを見て、タクミはひるんだように見える。ヨアヒムはおもしろがるように、いっそう、その手に力をこめてきた。

「何があったの?」とたずねるタクミに、ヨアヒムが首をふる。
「おれにもまだ、わからない。そこに誰か倒れてるみたいなんだが……」

 さっき人が争っていたあたりを、ヨアヒムが指さす。タクミは低くうなった。

「死んでる」
「そうじゃないかと思った」

 ヨアヒムは赤外線の反応でわかってたんだろうか?
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