第54話 《同日午後三時。南区ゲームセンター。ダグレス》

文字数 3,055文字



「ここか?」

 午後三時になって、ニコがダグレスたちをつれてきたのは、南区の歓楽街のなかでも、そうとうにいかがわしい区域にあるゲームセンターだった。

 ゴミゴミと建てこんだ周囲の建物の多くは、バーや別の店の看板をさげているが、ディアナでは禁止されている風俗業をひそかに経営していることが、透視能力者のダグレスにはわかった。

 風俗業は二千七十年代に、EUの外れに専用の一大歓楽都市ヴィーナスが建設された。ギャンブルと風俗と合法麻薬の都市だ。そこはEU都市唯一のドームシティーで、出入りには厳重な検閲局のチェックを受ける。

 EU都市内での風紀を守るための措置だが、完全になくすことはできなかった。やはり、こうして非合法な風俗店が、そこここに隠れている。

 このような環境下にあるゲームセンターは、本業を隠蔽するために、表部分の飾りとして作られているらしく見えた。

 店名もスペースギャラクシーハンティングと、めちゃくちゃだ。下品で、やぼったくて、しかも貪欲そうな店名に、オーナーの経営理念が表れているように思う。

 一階はクラブ調に作った、かるいゲームのできるフロア。踊りながら月重力を楽しめる。ホログラフィックスの対戦台があるのは二階だ。ちゃちなほかのゲーム機のなかで、ホログラフィックスだけは公式戦でも使用されている機種だ。

 ただ、昨日の店と違って、ここは台と台のあいだが狭いし、映像保護スクリーンなどと言った上等なものはない。そのかわり、意地の悪い番犬のように、トレード機が対戦台のかげに、こっそりとしつらえられていた。

 対戦台は二台ともあいている。というより、二階そのものに客の姿がほとんどない。

「ここは昼のあいだ、開店休業みたいなもんさ。サラリーマンが飲みおわったくらいから、こみだしてくるんだ。カモつれて、カードギャンブラーが集まってくるからさ」

 ニコは自分もその仲間のくせに、あくまで他人事のような話しかたをする。ニコの証言は重要だから、ここは目をつぶっておく。

「ここがブルーノたち二人の行きつけの店か。ここで、おまえが言ったようなことが、ほんとにできるのか?」
「まあ、見てなって」

 ニコは刑事二人に対戦台の片方で待っているよう指示し、自分は台の反対側へまわった。

 昨日の店の台は対戦者同士がとなりあわせでプレイする形だった。ここはホログラフィーを映すスペースを挟んで、対面式になっている。相手の手札が見えないためには、このほうがいいのだろう。
 ただ、これだと、対戦中、自分の軍勢が背後からしか見られない。グラフィックの美しさが売り物のゲームでは物足りない配置だ。

 ニコは対戦台のむこうで、さっきダグレスに警察の経費で買わせたコインを投入すると、何やら台をいじっていた。読みとり機にカードを入れると、しばらくして、映写スペースに、バトルキャラクターたちの戦場となる背景ホログラフィーが映しだされた。

「さ、これでいい。刑事さんたちがイリヤとそのカモだとして、おれがブルーノね。あんたたち、たったいま階段あがってきたと思って、イリヤ役、こっちに来いよ。どっちでもいいからさ」

 アルヌールと目を見かわしあって、ダグレスが動いた。
 ニコはダグレスがとなりに来るのを待って、自分のセットしたゲームを中止させる。彼のデッキが読みとり機から返却された。同時に背景ホログラフィーが映写スペースから消える。

「おれとイリヤはグルなんだけど、ここでは初対面ってふりして、イリヤにゲーム台を譲ってやる。『ちょうどゲームが終わったとこだぜ、ベイベー』とか言ってさ。じゃ、イリヤはここで待ってて。で、カモは対戦台のそっち側について」

 ニコはアルヌールのほうへすばやくまわる。

「で、イリヤはカモに、ここのコインはおごっとくよとかなんとか言って、コインを入れるマネをする。ほんとに入れなくていいよ。そっちのパネルのポーズボタン押して」

 ダグレスは夏にさんざん公式戦を見たから、そのくらいの操作法は知っていた。ダグレスの操作パネルは電源が入ったままだ。一時停止ボタンを押すと、さっきニコが中止したときの背景が映しだされた。

「で、背景は好きなの選んでいいよって、イリヤは言うんだ。カモのパネルも明るくなったろ? 今はめんどうだから背景はそのままで、カモは自分のデッキを読みこませる。このとき、イリヤは自分のカードを出して、読みとり機に入れるふりをする。ほんとは読みとり機の返却口にまとめて置いとくだけさ」

 こう聞いたとき、ダグレスはブルーノたちの詐欺の手口がわかった。なぜなら、ダグレスのほうの操作パネルには、ホログラフィックス専用のオンライン回線がひらいていたのだ。

「そうか。つまり、ブルーノたちは、対戦台でゲームしてると相手に思わせておいて、そのじつ、オンライン上のもう一人の仲間と戦わせていたわけか」

 ニコがニヤリと笑う。
「そういうこと」

 アルヌールは首をかしげていた。ダグレスの言わんとする意味を解せないようだ。

「どういうことだ?」

 ダグレスは説明した。

「オンラインゲームなら、ゲームセンターの台と家庭用機が戦うことができる。家庭用の映写機からだと、手札を選ぶ手元が相手に見えない。つまり、登録したデッキ以外のカードをいくらでもひっぱりだしてくることができるんだ。それこそ、百枚でも二百枚でも、自宅にあるすべてのカードから好きなものを好きなタイミングで出せる。カードの引きを自分で操作できる。相手に五十枚以上のカードを使っていると悟られさえしなければ、詐欺を立証するのは難しい」

 かんたんだけど、心理の盲点をついた、うまい手口だ。相手は同じ条件で戦っていると信じこんでいるから、おもしろいように勝つことができただろう。

 うーんと、アルヌールもうなった。

「その方法なら、三人めの仲間はただ強いより、カードを多数そろえてる人物のほうが望ましいな。たとえば、カードコレクター……」

 ニコがうなずく。
「かもね。まきあげたカードのなかから何枚か欲しいカードをもらう約束で、ブルーノたちと組んだってことはあるだろうよ。とにかく、おれは嫌いだから。こういう戦いかた。カードマニアの風上にも置けないね」

 カードコレクターらしきバタフライ。
 天使のカードの見立てをもらえなかった、ブルーノとイリヤ。
 殺害後、盗まれていた二人のカード——

 こう考えることはできないだろうか。

 オンライン対戦でだまされて、バタフライはブルーノたちに大事なカードを奪われた。そのカードを返してやるという条件で、ブルーノたちの三人めの仲間として使われる。

 一方で、ブルーノたちにカードを返す意思がなさそうだと、バタフライは感じた。顔を知らない二人からカードをとりもどすため、夜な夜なカードギャンブラーを襲う殺人鬼に変貌した。八件の殺人で、ようやく復讐をとげた。

 ユーベルは——彼はAランク以上のエスパーだったらしく思える。やはりバタフライの素顔に迫る何かを、その力でつかんでしまったのだとしたら、辻褄があう。あるいは、ミランダも。

「オンライン回線なら、どことどこが通じていたか、市のホストコンピューターに記録が残っている。イリヤの対戦中、どの家庭のパソコンにつながっていたのか知ることさえできれば……」

 もはや、バタフライは捕まえたも同然だ。

 三十分後、対戦台のさきにいたコレクターが明らかになった。シティポリスは即座にその男を逮捕した。
 その人物の名は、ダニエル・カーライル——
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