第6話 《同日、午後十一時半。キッチン。エミリー》

文字数 3,664文字

 キッチンとリビングをへだてるドアを閉めたとたん、めくじらを立てたのは、ミシェルだ。

 ミシェルは頭がよく、五人のなかで一番美人だということを自覚しているので、五人でいるときはいつも女王様のようにふるまっている。

 というより、あとの四人は最初から彼女の引き立て役のつもりで集めたのではないかと思う。

 五人でチームを組むようになって、もうすぐ二年になるが、ミシェルはもともとエミリーたちのような趣味があったわけではない。

 ミシェルは最初、患者としてタクミと出会った。近づく手段として、彼の趣味を利用したのだ。自分より少し劣る女の子たちを集めて、自身が魅力的に人の目に映るように。

 事実、ミシェルの狙いは正しかった。色違いのコスチュームをまとった女の子五人組みはどこへ行っても注目され、ちやほやされる。
 ヨーロッパには仮装パーティーの感覚でコスプレを楽しむ人もけっこう多いので、大きな大会には何万人と集まる。大会で五人と親密になりたがる男はひきもきらない。
 ただ、肝心のタクミは、いっこうに友達以上に思ってくれないのだが。

 それでミシェルは少しイライラしているのだ。ミシェルは一つの恋に熱中すると、ほかが見えなくなるタイプ。その恋に一生懸命になりすぎるきらいがある。

「何度言ったらわかるのよ。あんな方法じゃ、タクミは落ちないんだから。悪目立ちするのやめなさい。彼に誘われなくなったら元も子もないわ」

 ミシェルの言うことはもっともなのだが、ミランダは酔っているので不機嫌な顔をしている。

 ムリもないかと思う。
 ミランダは注目されることが大好きな女の子なので、何かと自分より一歩リードするミシェルのことを快く思っていないのだ。ただ五人でいることのメリットのほうが大きいので、ふだんはそれを口に出さないだけだ。酔うと、どうしても本音が顔をのぞかせる。
 それに、ミランダはコスプレ歴十年のベテラン。十代の初めから仮装趣味に熱を入れている。その関係で五人のなかでは一番早くからタクミと知りあっている。
 だから、よけいにミシェルを邪道だと言って嫌っているのだ。

 でも、エミリーはそれでも誘ってもらったことに感謝している。ミシェルに誘われる前のエミリーはいつも一人、地味なコスチュームで会場のすみっこにいた。ミランダたちの顔くらいは知っていたが、さして親しいわけではなかった。ミシェルがなぜ、自分を誘ってくれたのかわからない。
 わかっているのはバラバラだった自分たちをミシェルが一つにしてくれたこと。みんなで遊ぶパーティーの楽しさを教えてくれたのはミシェルだ。多少のことには目をつぶってあげるべきだと思う。
 たとえ、そのために自分の恋をあきらめるとしても……。

(あきらめるなんて言ったって、どうせ、わたしなんて望みはないんだし。完全な一方通行……)

 エミリーが初めてタクミに会ったのは、四年前、十八のときだ。ムーンサファリシティで年に一度ひらかれるEU最大のアニメフェスティバル。

 エミリーは一人だった。別の自分に変身する楽しさを教えてくれた友達が、学校の卒業とともにコスプレをやめてしまった。とり残されたようなさびしさで、楽しげな親子やアベックをながめていた。この手の催し物で一人で参加する者は少ない。たいていは家族や仲間がいる。

 エミリーは一年前の大会にも一人で来て、けっきょく友達も見つけられずに一人で帰った。きっと今年も一人で帰るのだろう。

 自分はほんとに暗くて冴えない女の子だから。
 生まれたときから影にすぎなかったから。
 本物になんて一生なれない。

 おそろいでキャラクターの格好をした親子を暗鬱(あんうつ)な気持ちでながめていたとき、声をかけられた。

「ねえ、君、一人? 僕も一人なんだ。いっしょにまわろうよ」

 わざとボサボサにした黒髪に、かなり着込んだキモノ。本物そっくりのカタナ。小柄な東洋人。ずいぶん華奢で女の子みたいにキレイな肌をしてるけど、モンキーフェイスの盗賊の仲間の扮装だとすぐにわかった。

「君、それ、クラリスだろ? 僕も大好きなんだ。クラリスは理想の女の子の一人だよ」

 爽やかな笑顔のサムライが、タクミだった。

「ありがとう。すぐわかってくれたのは、あなたが初めてよ。わたし……あんまり似てないから」
「僕のゴエモンよりマシさ」
「そんなことない。あなたの衣装、すごく本格的。キモノパンツまで本物みたいよ」
「あ、袴のことか。これ、じつは剣道着なんだ。引っ越してきたばっかりで時間がなくて」

 タクミが打ちとけて話してくれるので、いつになくエミリーも自然にふるまうことができた。ふだんなら初対面の人と、そんなふうにできないのに。

「ケンドギって何?」
「ああっと……サムライの練習着だよ。こっちの刀も真剣に移る前の竹光だし。サムライ系のキャラならなんでもできるから便利なんだ。そうだ。おいでよ。あのアトラクション」

 遊園地とサファリパークで有名なムーンサファリは、その日、多くのアトラクションでにぎわっていた。
 そのなかに、重力調整装置の加重力をオフにした月重力の球体ステージのなかに的を浮かべて、三分間に何個落とせるかというアトラクションがあった。
 こういうのはガンマニアが自慢のエアガンを持ちよって、コブラやゴルゴやサエバに化けて楽しむものだ。

「アトラクション用のエアガンを借りるの?」
「大丈夫。景品ゲットしてプレゼントするよ」

 笑って順番待ちの列にまざっていく。
 何が“大丈夫”なのかは、まもなくわかった。球体ステージの強化ガラスのなかへ入ったタクミは、カタナをぬくと、ステージの小さな足場を踏み台にして、次々に的を切っていった。切ってというか、まんなかに衝撃を受けると落下する仕組みの的を叩いていくのだが、彼の美しい剣さばきは、ただのゲームであることを失念してしまう。月重力のなかで自在にとびまわり、縦横無尽に剣をふるう。

(すごいわ。ほんとのゴエモンみたい)

 ステージのまわりに人だかりができて、拍手喝采していた。

「出ました! 本日の最高得点。二百七十八ポイントです!」

 三分が経って、エミリーはステージの出口へ急いだけど、そのときには大勢の人が少年みたいな可愛いサムライを待ち受けて、何重にも壁になっていた。タクミがエミリーを見つけられなかったのもしかたない。二人ははぐれてしまい、それっきり。
 一年後、同じフェスティバルで見かけたときには、彼はもう一人ではなかった。いっしょに盗賊ファミリーに扮する仲間を見つけていた。タクミはあのとき十分だけ話したエミリーのことなど忘れてしまっているだろう。

(わたしだけ、置いてきぼり)

 だから、よけいに嬉しかった。
 ミシェルに誘われて、タクミと再会できたとき、涙が出るほど。

(タクミがおぼえてなくてもいいの。あの日のことは、わたしだけの大切な思い出なんだから)

 それに今ではほんとの友達になれた。今の関係をこわしたくない。ミシェルとミランダの対立には正直、困っている。ノーマとシェリルも少なからずエミリーと同様の気持ちだろう。
 だが、今日の二人の言い争いは、しだいに加熱していった。

「言われなくたって遊びの限度はわかってますぅ。そういう自分こそ、ストーカーのくせに」

 あッ、まずいことを——と思ったときには、ミシェルのビンタがミランダの頬に入っていた。スパーンと、ものすごい音がする。

「何すんのよ! ほんとのことでしょ。ふられ女がしつこく元彼、追いまわして、警察ざた起こしたんじゃない」

 それは当たってるけど、微妙に違う。エンパシストのノーマが読んでしまった記憶。仲間内では公然の秘密になっていた。

 ミシェルはお金持ちのお嬢様だったけど、彼女が幼いころから両親は不仲だった。そのくせ離婚しないのは経済的な理由から。内情は破綻しきっているのに、うわべでは円満な伴侶を演じる仮面夫婦。

 両親の相剋(そうこく)に心をすりへらすミシェルをなぐさめてくれたハンサムな彼。
 でも、男にはミシェルの家柄と財産が魅力だった。ミシェルの両親がようやく協議離婚し、親権が母親に移ったとたん、恋人は去っていった。

 ほとんど結婚詐欺だ。ミシェルはむしろ被害者だった。

 不幸のダブルパンチにあったミシェルは、それでも恋人を信じようと追い続け、男はシティポリスを呼んだ。
 傷ついたミシェルはホスピタルの精神科へ。そこでタクミに出会ったわけだ。
 今になって彼女の古傷をかきむしるのは、いくら恋敵とは言え、ちょっとひどすぎる。

「ね、やめましょうよ。こんなこと言いあうの。ミランダ、謝って」

 恐る恐るエミリーが止めに入ったとき、キッチンのドアがあいて、心配げなタクミが顔を出した。

「どうかしたの? 今、すごく乱れた脳波が——」

 わあッとミシェルが泣きくずれてタクミにすがりついたので、ミランダはふくれっつらでキッチンから出ていった。

「じゃ、ここはタクミに任せましょ」

 シェリルが言うので、ミシェルとタクミを残して、エミリーたちもリビングに戻った。
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