10 お祖父ちゃんの「部屋」

文字数 1,432文字

 仏間の隣は、本当は、客間です。けれども、お祖父ちゃんが占領して、書斎代わりに使っています。お客さんが泊まったり、大広間にして使ったりする時、自室に一時転進します。
 書類や本、新聞、雑誌が部屋のあちこちに積み上がっています。お祖父ちゃんは、字はものすごく上手いのですが、整理整頓がものすごく下手です。
 こげ茶の低いテーブルの上に透明なプラスチックのマットが置いてあります。そこにグラフ雑誌から切り抜いた硫黄島の写真がはさんであります。みーちゃんは前にお父さんにこれが何か聞いたことがあります。お祖父ちゃんの弟が硫黄島で亡くなったからだと教えてくれます。学校の先生だったそうです。
 床の間に、藤原八弥に描いてもらったお釈迦さまと弟子の掛け軸がかけてあります。その床の間の横の棚には、茨城のおばちゃんのお土産のピラニアの剥製や金閣寺の置物が飾ってあります。
 客間もお線香の匂いがいつもします。お祖父ちゃんがタバコを吸わないからです。お酒もワインをたしなむ程度です。白ワインが好きで、赤ワインの時は砂糖を入れています。
 お祖父ちゃんは、水島新司の『ドカベン』の岩鬼(いわき)に似ているとみーちゃんは思っています。ただ、学生帽の代りに頭はバーコードです。もちろん、葉っぱもくわえていません。これは中学や高校の野球マンガで、『週刊少年チャンピオン』に1972年から81年まで連載されています。みーちゃんのうちには中学の野球部時代の話が載った古い『チャンピオン』が3冊あります。でも、『ドカベン』は野球ばかりして汗臭そうだし、かっこいい人も出てこないので、みーちゃんはあまり読みません。でも、岩鬼はおもしろいから好きです。
 お祖父ちゃんは身長160cmと自称しています。でも、それより低いとみーちゃんは見ています。ひどい猫背だからです。
 ──あ、いつもの鼻歌してる。いる、いる。
 お祖父ちゃんは加山雄三のファンですが、時々、霧島昇の『胸の振子』を鼻歌で歌います。みーちゃんは歌詞ぉ知りませんが、前にお祖父ちゃんに「何の曲?」と聞いた時、そう教えてくれています。戦争が終わった頃の曲ばそうです。
 お祖父ちゃんは、座椅子に座り、老眼鏡をかけて、『岩手日報』の夕刊を両手で広げて持ち、目を通しています。白いランニング姿です。
 「お祖父ちゃん!」
 お祖父ちゃんは顔を上げ、立っているみーちゃんを見ます。
 「おお、学校がら帰って来たか」。
 「お願いがあるんだ」。
 「お願い?何だ?」
 「戦争の話を聞かせて欲しいんだ」。
 「戦争の話?」
 「そう。学校の宿題なんだ。家族に、戦争の話を聞いてきてくださいって」。
 「ほお」。
 「それでね、来週の授業で発表しなきゃいけないんだ」。
 「学校の授業で発表すんの?」
 「うん」。
 お祖父ちゃんは新聞をたたみながら、こう言います。
 「そういうことか。うん。わかった。それで、いつの時から話せばいい?」
 ──へ?いつから?いつからって?どういう……
 みーちゃんがきょとんとしていると、お祖父ちゃんはさらにこう続けます。
「お祖父ちゃんは、関東軍だったんで、ほぼ最初から最後まで戦をしてるんで、いつの頃からの話が聞きたいの?」
 ──「かんとうぐん」って?それってどういう……
 みーちゃんは戸惑いながら、どこかで聞いたことがあるなと記憶を探し始めます。
 ──あ、確か、この間の法事の時に……


君のあかるい 笑顔浮べ
暗いこの世の つらさ忘れ
(坂本紀男『胸の振子』)
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