3 みーちゃんは8人家族

文字数 2,193文字

 みーちゃんのうちは4世代8人家族です。家族についての書類を提出する時、欄が足りなくて、書ききれないこともあります。ひいばあちゃん、お祖父ちゃん、お祖母ちゃん、お父さん、お母さん、大兄ちゃん、小兄ちゃん、それにみーちゃんです。
 ただ、今は、7人家族です。大学生の大兄ちゃんが東京にいるからです。夏休みに、運転免許をとるために帰ってくる予定とお母さんが言っています。
 8人家族は大変です。朝食の時、みんなに卵を出したら、パックにはもう2個しか残っていません。7人家族になっても、残りは3個です。つまり、次の日の朝に卵を食べるなら、もう1パック要るという家族の人数なのです。
 けれども、そのおかげで、みーちゃんのうちには、戦争の話を聞ける人が4人もいます。ひいばあちゃんとお祖父ちゃんとお祖母ちゃんとお父さんです。お母さんは、たぶん、覚えていません。戦争が終わった時、1歳だったからです。もちろん、小兄ちゃんはまだ生まれていません。
 でも、ひいばあちゃんには聞きません。ひいばあちゃんはいつも手ぬぐいをきれいな白髪に被っています。高橋留美子の『めぞん一刻(いっこく)』の主人公五代君のゆかりおばあちゃんに似ているとみーちゃんは思っています。このマンガはラブコメで、『ビッグコミックスピリッツ』に1980年から連載され、単行本を小兄ちゃんがそろえています。みーちゃんは借りて読んだ時に、ちょっと大人っぽいなと感じています。
 みーちゃんは、前に、茶の間でひいばあちゃんに戦争のことを尋ねたことがあります。すると、ひいばあちゃんは「戦争?ほお、乃木将軍か?」と言うのです。
 一緒にこたつにあたっていた小兄ちゃんが、それを耳にした途端に、吹き出したので、みーちゃんは「ねえ、『乃木将軍』って誰?」と聞いています。小兄ちゃんは笑いをこらえながら、「『乃木将軍』ってのはねえ、日露戦争の陸軍の司令官。ひいばあちゃんは『戦争』って聞いて、それを日露戦争のことだと思ったんだよ」と教えてくれます。
 小兄ちゃんは剣道をしていたので腕はたくましいけれど、メガネをかけていて、女の子のような顔立ちです。新谷かおるの『ファントム無頼』の主人公栗原に似ているとみーちゃんは思っています。これは航空自衛隊のマンガで、『週刊少年サンデー増刊号』で1978年から連載されたのですが、大兄ちゃんは3巻までしか買っていません。みーちゃんは、コメディぽいところがおもしろいと読んでいます。
 ひいばあちゃんの夫、つまりみーちゃんのひいじいちゃんは日露戦争に従軍して樺太に行っています。
 ひいばあちゃんはひいじいちゃんを「にさ」と呼んでいたそうです。「にさ」とは「」にいさん」のことです。妻が敬意をこめた意味で、今の「あなた」のように、夫をそう呼ぶ習慣があったそうです。実のお兄さんには「あんつぁ」をひいばあちゃんは使っています。
 昔、孫はお祖父ちゃんやお祖母ちゃんと寝るのが習慣だったので、お父さんはひい五祖父ちゃんと一緒にわらのふとんに入ったそうです。お父さんはよくおねしょをしたのですが、ひいじいちゃんは叱らなかったと言っています。
 みーちゃんはひいじいちゃんを知りません。お父さんとお母さんが結婚する1年前に亡くなったからです。その頃は土葬で、地域の人が穴を掘って、埋めたのだそうです。仏間に遺影があるので、顔はわかります。でも、みーちゃんはどんな顔かと言われてもなかなか思い出せません。いつものマンガのキャラクターの見立てもできません。昔の人っぽいなあって印象があるだけです。みーちゃんは仏間で神棚に向かって手を打つ時も、仏壇に手を合わせる時も、実は、ひいじいちゃんの写真をよく見ていないのです。
 みーちゃんが聞きたい「戦争」は第二次世界大戦のことです。けれども、明治23年、つまり19世紀の1890年に生まれたひいばあちゃんにとって「戦争」と言えば、日露戦争のことになります。日露戦争は1904年に始まった日本とロシアの間の戦争です。ひいばあちゃんは天皇陛下や皇后陛下がテレビに映ると、頭を垂れて画面を見ません。陛下は畏れおおいので、お姿を直に見てはいけないと子どもの頃に教わったからです。ですから、ひっこさんは、「天皇陛下」ではなく、「天子さま」と言います。「戦争」と聞かれても、人によっては第二次世界大戦のことを思い出すとは限らないのです。
 みーちゃんはお祖父ちゃんに戦争の話を聞こうと思っています。
 みーちゃんのお祖父ちゃんは傷痍軍人です。左足の太ももに、おだんご大の黒く、へこんだいひきつりがあります。砲弾の破片の傷跡です。
 保育園の頃に、お祖父ちゃんと一緒にお風呂に入ったことがあります。みーちゃんは、その時、初めてその傷を目にします。見てはいけないものを見てしまった気持になっています。
 けれども、みーちゃんは、お祖父ちゃんは職業軍人なので、戦争中に赤紙で軍隊に引っ張られた若者と一緒にしてはいけないとお母さんに言われています。お祖父ちゃんは仕事が軍人です。書類の職業欄に、岩田先生が「教員」とするように、「軍人」と記します。他の仕事をしていたり、学生だったりしていたのに、戦争のために兵隊にさせられた人たちと違うのです。


煙草のけむりも もつれるおもい
胸の振子がつぶやく
やさしきその名
(八代亜紀『胸の振子』)

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