8 1階の間取り

文字数 1,430文字

 みーちゃんは、お祖父ちゃんの部屋に行くために、台所を出て階段の方に戻ります。階段を降りて右なら台所、左なら玄関の方に行きます。正面なら茶の間です。階段の下はひいばあちゃんの部屋です。玄関に向かう廊下をはさんで茶の課の対面にあります。
 みーちゃんのうちは玄関を上がってすぐ右手側に仏間があります。お線香をあげて帰る人のためにそうしているのです。反対の左手側の廊下を進むと、茶の間です。
 玄関を入って正面の壁に掛け時計があります。自動車修理工場からもらった新築祝いの時計だとみーちゃんは聞いたような気がします。長方形で、振り子がカバーで見えにくくなっています。枠は茶、文字盤が白、12・3・6・9の数字がついています。みーちゃんのうちではどの部屋にも時計があります。けれども、30分ごとに鳴るのはこれだけです。時計を見ていなくても、音で時刻を知らせてくれるので便利です。でも、みーちゃんは、夜寝ている時に、ボーンと時刻を告げる音で目が覚めることがあります。夜の間だけ鳴らないようにできないかなとちょっと不満です。
 暑い夏の午後、この壁掛け時計のあるスペースで、お祖父ちゃんがふんどし一丁で昼寝を時々しています。みーちゃんも真似して横になって見たことがあります。確かに、風通しがよくて涼しいのです。軍人だったから、こういう場所を見つけるのがうまいんだなとみーちゃんは思っています。
 お祖父ちゃんは和服を着ませんが、下着はふんどしです。戦前の軍隊は和魂洋才だからです。軍服は洋才の洋服、下着は和魂のふんどしだとお祖父ちゃんは言っています。でも、そのふんどしをお祖父ちゃんがどこで買っているのかは知りません。
 ──4時15分か。まだまだ時間があるな。
 仏間の前に縁側があります。近所の人が家に上がらないで、うちの人と話をするためです。縁側に沿って仏間の隣は床の間のある客間です。法事の時に、ふすまを外して仏間とつなげ、大広間として使います。
 縁側の突き当りにお祖父ちゃんとお祖母ちゃんの部屋があります。その部屋はうちの一番東側にあるのです。
 縁側でひいばあちゃんが毎日散歩をしています。外だと転んだら危ないし、天気が悪い時もあるからです。散歩の前に、ひいばあちゃんは、玄関の上り口に、ささげ豆と白い小皿を乗せたお盆を用意します。縁側を1往復したら、豆をお盆から小皿に1粒移します。何往復したか忘れないようにするためです。それが20粒になるまで続けます。
 散歩するだけでなく、ひいばあちゃんは天気のいい日はそこで日なたぼっこをしています。でも、今日は自分の部屋にいます。西陽が強めに射して、少し暑いからです。
 ひいばあちゃんは仏壇の前に座り、古い経本を時々眺めています。漢字が読めませんが、お経は見ているだけでありがたいからです。ひいばあちゃんは昔は女に学問は要らないと尋常小学校に4年間通っただけです。知識はほとんどが耳学問です。ですから、ちょっと違って覚えていることがあります。「志戸平(しどたいら)温泉」を「しでど」と言います。ひっこさんの耳にはそう聞えるからです。けれども、誰もそれを直させようとしません。何を言いたいのかわかるからです。
 仏間には、普段、誰もいません。夏でも陽が入らないので、暗くひんやりとしています。ナシやリンゴ、ミカンといった果物の置き場所になっています。


柳につばめは あなたにわたし
胸の振子が鳴る鳴る
朝から今日も
(雪村いづみ『胸の振子』)
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