第12話

文字数 812文字

「おい。」
階段の踊場に啓がいた。
「えっ。」用紙が入ったケースが飛んできて咄嗟に両手で受け止める。
「ちょっとぉ。心が傷付いてる杏ちゃんに、
傷でもついたらどうしてくれんのよ。」
「下らないギャグで返してくるお前の方こそどうなんだか。」
啓は鼻で笑う。
「え、ウソ!?本当だギャグになってる…って話題を逸らさないでよ。」
「あぁ、軽く投げたし、実際無傷だ。」
「あー、もー、何なのこいつ。杏ちゃん何か言ってやってよ。」

二人のやり取りはいつ見ても面白い。隣の真子はこっちを見てむくれている。
すっと立ち上がり、階段の踊場にいる啓を見下ろしてケースを掲げる。
「啓、レポート持って来てくれてありがとう。」
「おうよ。」
「杏ちゃんまで啓の味方するの。もう私知らない!」

そっぽを向いてしまった真子に言い訳めいた事を言ってなだめながら、
ふと自分を省みて恥ずかしくなった。
急に黙ってしまったのを心配したのか、真子が杏の顔を覗き込む。
「大丈夫。」
自然と杏の口から言葉がついて出てくる。

「なぁ、いつまでいるんだ。俺は先帰るぞ。」
「ちょっと、何言ってんのよ。全く気遣いができないんだから。
あーあ。全く紳士からは程遠いなぁ。」
「んぁ、何か言ったか。」
「何にも言ってません。」
啓はもう歩き始めていて、肩をすくめた真子を一瞥すると途端に言った。

「そう言えば、真子お嬢様は小学5年生でおねし…」
「きゃー!それ以上言わないでー!!」
真子は慌てて階段を駆け下りて前を行く啓を追う。

杏は自分の鞄と真子が置いていった鞄を持って後に続く。
「真子~、鞄忘れないで。」
すぐさま振り返ってごめんと言いながら駆け戻って来る。
真子は鞄を受け取ると、そのまま杏の手を牽いて啓を追う。
ほんのり温かい彼女の手に牽かれながら思わず笑みがこぼれた。

階段の踊場に橙色の日が差し込み、夕焼け空には巣へ向かう烏たちが飛んでいた。
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