第10話

文字数 1,077文字

いつも頭から離れずにこびりついてる小学五年生の記憶が蘇った。

夏休み明け、教室のドアを開けた途端に黒板消しが頭に落ちてきた。
杏はチョークまみれになって咳き込んだ。
「うわー、汚い烏がやって来たぞー。」
ざわめきが広がる。突然の事だったけれど、嫌な予感がした。

状況が飲み込めないまま取り敢えず、頭と顔のチョークを手で払った。
鉛のように重たい身体を引きずるように一番後ろの席へと向かった。
やはり、普通では無かった。カラスと大きく乱雑な字が椅子には書かれ
机の中に教科書は一冊も無かった。
そして、棚の上に置いてあるはずの花瓶が自分の机にあった。

親友だと思ってた菜穂ちゃんは、俯いて目も合わせてくれなかった。

口が乾き鼓動が速く、身体が分裂してしまいそうだった。
何か言いたかった…でも言葉と一緒に涙が溢れそうで、
口を結び必死に耐えることしかできなかった。

途方もなく長い一日が終わると、逃げるように家へ帰って自分の部屋へ籠もった。
きっと誤解してる…周りからの身を切り裂くような言葉を併せて、
杏なりにどうしてこうなってしまったか微かに聞き取れた話を元に考えた。
推測した理由は3つほど。父が清掃員だった事、自分の言動が空気が読めていない事、
クラスのリーダー的な人が自分を気に入らない事のようだった。

空気が読めないに関しては、こんな事もあった。
先生が教壇に立ち生徒に問う。
「では学活の時間もあと僅かですが、何かクラスで困っていることはありますか。」
素早く手を挙げた高辺さんに先生が当てる。
「倉木さんが時間になっても、掃除に来ません。」
少し教室内がざわめく。先生が注意をして追い打ちをかけるように、山下が言う。
「確かに、言えてる。こういうのってサボりだよな。」
杏は居心地悪そうにする。

「はい、静かに。掃除はしっかりとして下さい、倉木さん。」
正直サボろうと思った事は一度だって無い。
昼食を食べ終えるのに時間がかかってしまい、いつも間に合わなかったのだ。
残したことで怒られる生徒は誰一人としていなかったのだが、
清掃員の父からはゴミにする事にたいして厳しく言われ習慣になっていた。
そうは言っても、言い訳なのかもしれない。
何より頭の中にだけ思考が留まって、言葉にすることができず頷くしかなかった。

理由が分かったってどうしようも無い。
そして杏は自分の奥から沸き上がってきた感情におののいた。
それはあまりに醜く、見るに堪えず、その存在さえ認め難かった。

そして、虐めは杏が学区外の中学に入って幕を閉じた。
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