2-1  教師と生徒

文字数 3,068文字

 どれだけ情報通信技術が発達しようとも、学校がなくなることはない。むしろ、文明が発達すればするほどその重要性は増していく。

 世にあふれる情報は玉石混交にして千差万別。親がそれらを見極め選別し、子供の発達段階に応じて与えるのは非常に難しい。そこはやはり、専門の教育機関に任せた方が安心だ。もちろん通信教育という方法もあるが、いずれ社会に出ることを思えば、生身の人と触れ合いながら成長する方がいい。加えるなら日々の体調にまで気を配ってくれるし、家にいるよりは運動をする機会も多い。

 勉強と社交と健康。これらがひとまとめに提供される、公共的な場の存在は重要だ。親にとっては、子供を塾やスポーツクラブへ個別に通わせるよりも安心できる。

 だから学校はなくならない。社会がそれを望むから。

――――――――――――――――――――

 とはいえ、子の立場からしてみれば、学校とはいろいろと面倒なことに向き合わねばならない場所であることには違いない。

 電子人形(サイドール)の少女を助けたその翌日、学校の職員室に呼び出されたコーヤは恩師の前で小さくなっていた。

「昨夜は、派手に暴れたみたいだな」

「はい。まあ。それなりに……」

「川べりとはいえ、市内で電装を解放するとは。君も随分大胆なことをするようになったじゃないか」

「いえ。そんな言うほどでも……」

「相手と目を合わせない反論は説得力に欠けると教えたぞ」

 椅子に座ったまま淡々と言葉を投げてくるのは、森の精霊に連なる種族――エルフの女性。(とが)った耳に眼鏡を掛け、レンズ越しに鋭い目つきでこちらを見つめている。

 改めて教師のその、厳格な顔と向き合いコーヤはげんなりとした気分になった。

(まいったな。思ってた以上に師匠の機嫌が悪い。いや、人の住んでるところで電装を解放して暴れたんだから、保護者としては当然か?)

 そう。

 彼女はコーヤの担任であると同時に育ての親でもあり、そして狩りの仕方を教えてくれた師匠なのだ。さらにはパートナーであるパティの、真の所有者(グランドマスター)でもある。

 つまりコーヤ・オトギという学生は、この教師ウィーニア・ノーベルトを前にすると、絶対に頭が上がらない。

「コーヤ。狩人とはなんだ?」

「はい。地上から精霊が去って人の時代が始まった古代……第一紀(ファーストピリオド)において、人々に危害を加える魔物を退治していた狩猟者を起源とし、警察や軍隊を中心とした治安維持制度が確立した近代以降も、武装して現代の魔物……械物(メカニスタ)と交戦することが認められた一次産業従事者です」

「では電導士とは?」

「枯渇した魔力に代わり、電力で魔法……超自然現象を起こす電導法の使用者です」

「ならば狩人にして電導士である君が、狩猟時に気をつけるべきことは? ……ああ、事故に注意とか環境に配慮とか、そういう基本的なことじゃないぞ。狩りで通常の銃器や刃物ではなく、電導法を使用することの危険性だ」

「?」

 直立不動で答えていると、予想外の問いが来た。てっきり基礎から復習させられているとばかり思っていたのに。だがこのまま黙っていると、改めてお説教が来ることははっきりしている。

(えっと、狩人の起源から電導士の定義ときて電導法の危険性だから)

 困惑を断ち切って脳を全力で稼働。話の流れとこれまでに教えられたことを総合し、コーヤはどうにか回答をひねり出す。

「……電力の過剰消費、かな? 電導法が実用化して電素処理装置である電理機が発明された後、情報通信技術が急速に発展すると同時に電力消費も爆発的に増えまちた」

 かんだ。

 一息に言おうとして失敗したのだ。気まずい思いがしたが、ウィーニアは真剣な表情で続きを待っている。コーヤは同じ失態を繰り返さないよう、ゆっくり口を開いた。

「えー、増えました。そして無制限に増大する電力需要に供給が追い付かなくなり、大絶電(グランドアウト)と呼ばれる全世界同時停電と、それに伴う社会混乱が起きました。その再来を防止するためにも、狩りでの不要な電導法の使用は控える、とか」

「その通り」

 満足そうに(うなづ)く先生。合格かと安堵(あんど)するのも束の間、彼女は苦々しそうな声を漏らした。

「分かってるじゃないか。それなのにまったく、魚相手に電装を解放するとは……。資源の浪費も甚だしい。新米か……!」

「……あれ?」

 コーヤは自分の勘違いに気付いた。てっきり今朝の呼び出しは、自分が電装を械物(メカニスタ)ではなく人に向けたからだと思っていたのだが。

(師匠……。あの幽霊もどきのことは知らないのか? むしろ昨夜の戦闘じゃなくて、俺の狩りの出来について怒ってる?)

 電導士になったばかりの者は、調子づいて必要以上に電導法を行使することが多い。

 中でも他人の注目を集めたい新人は、見栄えのする電装を常に身に着けたがる。

 だが情報の実体化を維持するためには、電力を消費し続ける必要がある。

 結果、思慮の浅い者はここぞというときにバッテリー切れを起こし、窮地に陥るのだ。

 そうした初心者のような真似を、よりにもよって自分の弟子がやらかしたと思って師はご立腹なのだ。

「どうした? なにか言いたそうな顔だな」

「や、あの」

「主張すべきことは主張しろ。そう教えたはずだが」

 淡々とした調子で言ってくるウィーニア。だが付き合いの長いコーヤには、彼女が電導士を育てる教師から親としての顔に戻っているのが分かった。その家族のつながりに甘える形で、つい言い訳をしてしまう。

「えっと、ほら。械物(メカニスタ)と遭遇した場所の近くで、橋の工事してたんだ」

「それが?」

「変に油断して逃がしたら橋に突っ込むかもしれない。そう思って確実に倒そうと電装を解放したんだ。別に苦戦したわけでも、派手に格好つけようとしたわけでもないです、よ?」

 電子人形(サイドール)の少女のことを考えれば、そのまま勘違いさせておけばよかったのだろう。だが、血のつながらない家族でもある女性に未熟者と思われるのが嫌で、ついつい言葉に熱を込めて語ってしまう。

 その結果。

「ほう」

 師の切れ長の目が細められた。

 同時に、彼女のウェアコンである眼鏡のブリッジが押し上げられる。それを起動の合図とし、レンズ状ディスプレイに様々な情報が表示された。

昨夜(ゆうべ)、橋の改修工事があったのは本当のようだな。場所は……200メートルも離れていないのか!」

「あぁ……」

 コーヤは自分が墓穴を掘ったことに気付い た。確実に先輩狩人の興味を引いてしまった。狩猟協会の公開する械物情報(データ)橋梁工事(きょうりょうこうじ)の公示を調べ終えたウィーニアが、身を乗り出すように体を前に傾けてくる。

「相手に追い込まれてではなく、自分の判断で切り札を使ったというのならば評価してやろう。――電導記録(ログ)を見せて見ろ」

「いや、それは……」

 このままでは正体不明の怪人はもちろん、迷子の電子人形(サイドール)のことまで話さなくてはならなくなる。信頼できる相手とはいえ、どこかの研究所の機密らしい彼女の存在をそう簡単に教えていいものか。

 コーヤが迷っていると、師は少し寂しそうに笑った。

「ああ。君も狩猟で生計を立てる一人前の狩人だったな。他人に手の内を見せたくないのは当然だし、学生のレポートのように添削するわけにはいかないか」

「いえ、師匠が他人ってわけじゃ……」

 そこまで言って言葉を飲み込む。これ以上、(やぶ)をつつく必要はない。ただ、変に意地を張って最後は信頼に甘えるような結果になったことは心苦しかった。

「だが君は、年齢的には子供なのも確かだ。せっかくの夏休みなんだから、狩りに勤しむだけでなく、少しは遊ぶといい」

 少年の心情を知る由もない教師は、微かに笑って話を締めくくった。
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