4-4  衝突

文字数 2,815文字

 電導甲冑(でんどうかっちゅう)とは、市街戦用に開発された強化戦闘服である。

 否、全身を装甲で覆うソレを服と言ってもいいものか。

 なにせ内部に収まった使用者は、全くと言っていいほど自身の体を動かすことができないのだから。その意味では、太古の騎士が身にまとっていた大鎧(おおよろい)よりも不自由だ。エミリアの乗るマルティコラスも同様で、全身シートの搭乗席に指一本動かすスペースはない。

 だが、電素を介した直接通信は使用者の脳と(よろい)を直結する。

(右後方から小型クロームウルフ。……正面は(おとり)か。だが、あえて乗ってやろう)

 獅子(しし)の四つの足で大地を蹴る。エミリアの視界に映る景色が急加速で流れ、鈍色(にびいろ)の獣が地面に爪を突き立てる様子が背後に()えた。だがそれには構わず、前方に対峙するドワーフへ突進する。

「ちぃっ!」

 奇襲の失敗を悟ったのだろう。大鎚(おおづち)を構えた女がなにもしないまま右に飛ぶ。

(『大剣』)

 右手に大型の剣をランディング。斜めに切り下ろす形で追撃。

(……む!)

 コンマ五秒後に女が回転し、己に迫る刃へ武器を(たた)きつける光景が()えた。電装本体ではなく電素へダメージを与えることで、大剣という存在を消去する気だ。

(その手品はすでに見た)

 右腕を急停止。さらに左側両足で地面を蹴って横飛びし、目算が狂って空振りする相手に向け鋼鉄の腕をしならせる。

 一連の動きは、現実に情報を重ね合わせる拡張現実の発展形、統合現実の賜物(たまもの)だ。

 電理機による電素処理技術は、ヒトへ情報のみならず通常ありえない身体機能までも付加することを可能にした。電相空間で処理された情報と実相空間で機能する身体、次元を異にする二つの存在の統合だ。

 このマルティコラスの搭乗者も六本の手足を自在に動かし、全方位を収める視野に違和感を抱くことはない。さらには内外に備えられた各種センサーにより、赤外線や超音波など、本来ヒトが知覚できない領域をも認識できる。

 言うなれば電導甲冑(でんどうかっちゅう)とは、電理機の服(ウェアコン)乗り物(ヴィーグル)が融合した、究極の外殻(シェル)なのだ。

 外観の上でも運用の上でも、その形はもはや武器ではなく兵器。

 立ちはだかる障害は全て取り除く。

「ウオオン!」

 電素処理を施された巨人の拳が女に命中する寸前、背後から先程の鋼狼(こうろう)が飛びかかってきた。ただし、今度はこちらの注意を引くのが目的らしく、ご丁寧に雄叫びを上げて自己主張しながら牙を()く。

(引っかかるか……なに?)

 気にせずそのまま腕を振り抜けばいい、そのはずだった。だがマルティコラスからの警告が意識に割り込んで来た。刹那の間で注意を向けると、拡張された視覚が超高速で震える大気の振動を捉えていた。

(高周波ブレードか!)

 さすがにあれはまずい。超高速で震える刃が装甲に直撃すれば、破損だけでなく電導甲冑(でんどうかっちゅう)の制御系や駆動系にも障害が出かねない。

(『剛盾』!)

 拳は止めないまま予測される被打撃箇所に盾をランディング、もう一枚の装甲として重ねる。そこに食い込む、震える牙。

「~~ッ!」

 かみ砕かれた盾が光の(ちり)となって消散する。すかさず大剣で横薙(よこな)ぎ、狙いを外した(おおかみ)を吹っ飛ばす。

 ――だが。

「今のは危なかったねえ。忠犬に感謝、だ」

 前方のドワーフを殴り飛ばすことはできたが、決め手にはならなかったようだ。平然とした調子で起き上がってくる。向こうも今の一瞬の間に防御の展開を成功させたらしい。

(こんなことをしている時間も惜しいというのに……アム!)

 重火器の(たぐ)いも装備されていないではないが、彼女の捕らわれている車が目の前だ。迂闊(うかつ)に火力は使えない。焦りとともに苛立(いらだ)ちが募るが、無情にも刻々と時は過ぎていく。

 それでも夜明けにはまだ遠い。

――――――――――――――――――――

 一方、コーヤの勝負は一瞬でついた。

 夜の公園の広場に、少年の身体が倒れ伏す。

「く、くそ」

 昼間ならば様々なヒトが集まり運動に励むその場所で、仰向けに倒れたコーヤは拳を地面に打ちつけようとした。だが、腕が上がらず手の甲が小さく上下するだけだった。悔しさともどかしさが募るのに、ドアを軽くノックするような、弱々しい音だけでしか感情を発散できない。その傍らで、電子の妖精が心配した顔で浮いていた。

「マスター。大丈夫ですか」

「……」

 何もできなかったわけではない。

 電導弾を打ち込むと同時にランディングした(やり)を突き出し、それらをフェイントとして加速した蹴りを放った。

 だが通用しなかった。

 少なくともコーヤ自身は本気で打ちかかったし、パティも手を抜いたりはしなかった。それでも瞬殺された結果だけが残った。

 師がこれまで一度も見せたことのない冷たい目で見下ろしてくる。

「これで分かっただろう。今の君の実力では、世界を相手取るのに到底及ばない。――(とら)われた姫君を助け出すことなど、夢物語でしかない」

「……!」

 悔しさで言葉にならない。ただ地面を(たた)く。

「当局への通報は私がしておく。しかるべき機関が捜査する間、君は特訓でもしていろ」

 突き放すように言い捨てると、ウィーニアは公園を去った。

 それからどれくらいの間、広場に横たわっていただろうか。

 時間の感覚も曖昧になっている少年に、妖精が声を掛けた。

「あの……。マスター」

「なんだよ」

「パティはヒトの手によって生み出された電子妖精(エレリィ)です。法を破るような行動をサポートすることはできません」

「ああ」

「ですが、ヒトを助ける場合は例外です。生まれがどこだろうと、種族がなんだろうと、ヒト……心を持つ誰かに迫る危機を見過ごすなんてできません」

「……」

「そして、アムさんは電子人形(サイドール)ですが心を持っているように見えます。少なくとも、パティには区別がつきません。でしたら、私が手助けしても構わないはずです」

「……」

「マスターは、どうしたいですか?」

「――そうか。そうだな」

 幼い頃から一緒に過ごし、他の誰よりも自分を知る妖精に問われてコーヤは己の気持ちを再認識した。

(かな)わないから諦めるなんてできるかよ。それができたのなら、俺は狩人になってない)

 勢いよく起き上がり、気合を入れるように拳を突き上げる。

「よし、リベンジだ。あんなふざけた(やつ)らが師匠より強いなんてありえない! 絶対負かして、アムを取り返すぞっ!」

「はい。戦闘はお任せ下さい。全身全霊をもってサポートしますよ。それと……」

「と?」

「さっきの記録なんですけど――」

 電子妖精が、一方的な展開に終わった師弟対決を分析してみせる。

 基本的に二人が使用する電導法は同じなのに、なぜあれほど差がついたのか。ウィーニアが用いた電装はなんなのか。

 それら諸々の推論と結論を知らされ、コーヤは思わず天を仰いだ。

「特訓しろって……。そういうことか」

 強面そうに見えて情の深い人だ。彼女のすることには意味がある。そのことを再認識したコーヤは苦笑した。

「マスター?」

「パティ、バイク回してくれ。アムを追い掛けるぞ!」

「はい!」

 少年は走り出す。新たな決意を胸に。
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