4-8  語られる闇

文字数 3,885文字

 まるで昨夜の繰り返しのようだ、とコーヤは思った。

 倒れた電子人形(サイドール)の少女と武器を構える襲撃者。だが感慨にふけっている場合ではない。牽制(けんせい)の光弾を放った後、コーヤは電導二輪を捨てるように飛び降りた。

「ちぃっ!」

 ドワーフの女が、舌打ち一つ漏らしながら鋼の塊の突進を避けようと退く。そのわずかな間をついて、コーヤはうずくまる人影へと駆け寄った。

「アム! ……じゃない?」

『確かに髪の色は違いますが、その他の特徴はアムさんと全く同じです。間違いなく同型機ですね。きっと、彼女が探していたお姉さんですよ」

 パティが電相空間を抜け出しながら推理する。その声につられるようにして、人影が顔を上げた。

「……何者だ?」

「えっと、アムの友達」

「友?」

「そ。俺はコーヤ。コーヤ・オトギ。で、こっちがパティ。……あなたがエミリア、でいいんだよな」

「……ああ」

 短く自己紹介をしながら金髪の電子人形を抱き起こす。その合間に、ドワーフの女の暗澹(あんたん)たる声が聞こえた。

「なぜ気付かなかった」

「いや、追跡されてる気配なんて全くなかったよ。一体どんな手品を使って僕らの移動経路を割り出したんだい?」

 エルフの男の言葉の後半は、こちらへの問い掛けだった。だがもちろん、占いが得意な幼馴染(おさななじ)みのことを教えるわけにはいかない。

 コーヤは軽く腕を振りながら言ってやった。

「これだけ派手にドンパチやってれば、嫌でも目立つさ」

「それもそうか」

「いや、交通システムへの工作もしたんだよ。今この道は夜間工事の最中になったから、誰も通れないはずなんだけどな」

 納得したドワーフに慌てた様子で弁解するエルフ。その様子がおかしくて、コーヤはつい口を挟んだ。

「なんのお知らせもなく、いきなり始まる工事なんて怪しすぎるだろ。地元民なめんなよ」

「あ……っ」

「バカモノめ……」

 呆然(ぼうぜん)とする男と不機嫌に顔をしかめる女。両者の様子を見て、コーヤは先程の意趣返しができた気分になった――が、それもわずかな間だった。

「助かった。だがここはもういい」

「え?」

 助けた相手に思いがけないことを言われる。だが当の本人は、いたって真剣だ。

「アムを頼む。あのバンの中だ。――掃除屋どもは俺がひきつける」

「待った。待った」

 慌ててその言葉を遮るコーヤ。確かに自分はアムを助けに来たのだが、だからといって聞ける頼みではない。

「その身体で何ができるっていうんだ。あんた、戦闘用じゃないだろ」

「そんなことは関係ない。俺はアムを守ると決めたんだ」

「強情な! もうちょっと柔軟に考えようよ。なんかごついのに乗ってたみたいだけど、それでも(かな)わなかったんだろ」

「マスター。無理言ってはいけません。彼女はオートンですから、ヒトを危険にさらすような選択は……」

「――違う」

 エミリアを弁護しようとしたパティまでも拒絶される。発言を途中で遮られた電子の妖精は、空中で戸惑う仕草を見せた。

「はい? 何がです?」

「俺はオートンでは……電子人形(サイドール)ではない」

「?」

「俺は脳を含めた身体の全てを機械に置き換えた人間。あってはならない存在(もの)。――禁断の、完全機化人(フルボーグ)だ」

「!?」

 思わぬ告白に主従そろって言葉を失う。聞こえていたのか、(ひそ)かに移動しようとしていた掃除屋の二人も動きを止める。その場にいる全員の注目を集める形となったエミリアは、覚悟を決めたように詳しい事情を語り出した。

「規制のかかる人工知性では、武器や兵器の実際的な運用ができない。そう考える者が軍人や政治家、あるいは官僚の中にいるということだ」

「ええと?」

「電導士なら知っているだろう。自律能力を持った人工知性には、法を順守し社会秩序を乱さないように行動するための、行為規範プログラムの組み込みが義務付けられている」

「ああ」

「それが軍事に使われる知性ソフトならなおさらだ。敵味方はもちろん、相手が戦闘員か一般人かも区別のつかないような殺人機械の製造は徹底的に規制されている」

「……そのことを、実用性に欠けるとしか考えてない(やつ)がいるってことかい?」

「え?」 

 横合いから挟まれた言葉に、コーヤは思わず顔を振り向けた。警戒するべき対象から注意をそらすなど、狩人にあるまじき失態だ。だがエルフの男は、これまでのふざけた態度が(うそ)のように真剣な表情で、こちらのやり取りを注視している。ドワーフの女の方にも、なにか仕掛けてくるような素振りはない。

 その様子をどう捉えたのか、エミリアは誰にともなく(うなづ)いてみせた。

「そうだ」

 均整の取れた、アムと同じ顔が歪む(わらう)

「かと言って、単純に行為規範プログラムを外せば大量虐殺が起きるだけだ。すぐに国際法廷が開かれ、非道な殺戮(さつりく)機械を使用した国の責任が問われるだろう。――では、虐殺を行ったのがヒトの兵士ならば?」

「?」

 彼女は一体なにについて語っているのか。話の流れがどこに向かっているのか読めずコーヤは黙った。だが、人工知性である相棒には分かったらしい。愕然(がくぜん)とした声で答える。

「まさか……。あくまで個人がしたことだから国内で裁ける――国が裁く。そして国の責任は問われないってことですか。そのために倫理観の欠如した、精神に制限のかかったヒトの開発に取り掛かった?」

「ヒトの開発!?」

 その常軌を逸した発想に、コーヤは思わず自分の耳を疑った。だがパティは、あくまでも真剣な表情で己の推測を披露してくる。

「心のプログラミングです、マスター。ヒトの脳を生きた機械、つまり電理機として捉えるなら、人の精神はソフトウェアとして機能しているわけです。そこで仮に、倫理観の強さを示す良心値のような変数があるとして、この値を変更すれば……」

「すれば?」

「どんな非道な命令にも従う兵士ができるってことだね」

 またエルフの男が口を挟んできた。けれども、それこそが妖精の導き出した解答だった。

「無制限の軍事作戦を実行でき、なにか事故が……仮に民間人が犠牲になるようなことがあっても個人の暴走で済ませる。そのためのマインド・プログラミング」

「おおむね正解だ。戦闘用オートンには国際的な監視網が何重にも掛けられている。たとえ開発途上のソフトであっても、司法機関の監査対象に含まれるほどに。だが、人の心を(のぞ)く権利は誰にもない――その精神に手が加えられていても、気付く者は誰もいない」

「そんな……あべこべじゃないか。人工知性にさえ規制が掛かってるのに、人の心をいじるようなマネが許されるわけないだろ!」

「だがこれが現実だ。高価なオートンを戦場で壊すより、貧乏人を安い給料で釣って使い潰した方が経済的と考えるお偉方がいる。特に財政は厳しい癖に力で物事を解決したがる国にな。そうした需要に応えるため、アシュラムは人の心をプログラムする技術の開発に取り掛かった。その成果が俺やアムというわけだ」

「薬物や洗脳によらず、本当に自分の意志で行動しているとしか見えない精神操作……。そんなのが実現したら、精神鑑定や医学検査でも見破るのは難しいだろうね」

「そんな技術、実用化したら軍事利用だけで済まないんじゃ……」

 エルフの男の漏らした感想に、コーヤは暗澹(あんたん)たる気分になった。

 だが、秘密の告白はまだ終わっていない。

「アムは、完成した人工精神が現実でも活動可能かどうか調べるための電子人形(サイドール)、その最初の成功例だ。人工人類(アーティフィシャルヒューマン)――アーティマン」

「心を人工的に作る研究が、計画の第一段階ってわけかい?」

「そうだ。第二段階はアーティマンとヒトの比較。人工頭脳内における精神ソフトの挙動を、実際の脳神経の活動と対応させることで心をプログラムする糸口をつかむ」

 再び、整った表情が(ゆが)められる。

「そのために連中、何を企んだと思う? この俺の完全機人(フルボーグ)化さ。ヒトの脳活動をアムの同型機で再現して、二人の活動パターンの違いを観察するんだと。ついでに性差による影響も調べるため、わざわざ心と体の性が一致しないようにしてな。――俺達は、くそったれな計画の実験動物(モルモット)というわけだ」

「……っ!」

 あまりにむごい内容に吐き気を覚えていると、彼女――いや、彼は、皮肉な笑みを消して真剣な目を向けてきた。それは機械の部品などでは決してない、力のこもった目だった。

「理解したか。世の中には、決して光の届かない闇がある。アムはそんな暗闇の中で、俺に人の心を思い出させてくれた(あかり)だ。俺は俺を救ってくれた明かりを消したくない、ただそれだけなんだ。――だから行け。行ってくれ」

「……行けない!」

 コーヤは彼のその、透き通った瞳を見つめ返して言った。

「そんな話を聞かされて、あんた一人置いていくなんてできないよ」

 歩み寄り、手を差し伸べる。

「俺にできることなら何でもする。それに……そうだ! 俺の師匠なら警察にも顔が利くからさ。一緒に戦おう。それで、アムや俺たちと笑って楽しく未来を勝ち取ろう」

「……!」

 少年の真摯な眼差(まなざ)しを受け、それまで確固たる意志を秘めていた瞳が初めて揺らいだ。

 しかし。

「――駄目だ。それでは駄目なんだ」

「なんでだよ!」

 かたくなに首を横に振る彼に、コーヤは悲鳴のような叫びを上げた。だがエミリアは答えず、それまでの毅然(きぜん)とした態度から打って変わって(おび)えるように身体を震わせる。

「法や正義ではあれを……死神を止めることなどできない」

「死神?」

「逃げなければ……。どこか、どこか遠くへ……。(やつ)の手が届かないところへ」

「お、おい……」

「――このセカイに、そのような場所ハナイ」

「!?」

 不意に聞こえてきた声に振り向くと。

「あ、あんたは……!」

 黒い外套(がいとう)に赤い瞳の白い面、昨夜の影がそこにいた。
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