第3話 三日天下
文字数 1,682文字
初めての転校先は愛知県のニュータウンといわれる団地の子供たちが多く通う学校だった。藤棚小学校は、各学年二組のそんなに大きな学校ではなかった。
私は緊張することもなく、
「守口ゆめです」
と大きな声で挨拶した。クラスの子は、担任の先生から
「転入生と仲良くするように」
と言われた。新しい同級生たちは挨拶に拍手で答えた。みんなの拍手する様子をみながら
「今度は上手くいくかも」
と密かに思った。
休み時間になると私の周りには男女入り乱れた人垣が出来ていた。ちょっとびっくりした。だがなぜか少し誇らしかった。
自分に同い年の子供が関心を持ってくれたことが初めてだったため、勘違いしてしまったようだ。
「ねぇねぇ、前住んでたとこはどんな所だった?」
「好きな食べ物何?」
「お父さんは何してるの?」
文字通り質問攻めだった。この時期の転校生は珍しいらしく子供の好奇心はとどまるところを知らないようであった。
一つ一つの質問にはしゃいで答えながら、この教室なら居場所が出来るかもと、このときは感じていた。
幼稚園の頃から、友達がいなかった私の趣味は折り紙と絵本を読むことだった。折り紙は一通りのものが折れた。毎日折っていたものだから、難しいものも作ることも出来た。
絵本は母がよく読んでくれた。人の気持ちに疎い私になんとか情操教育をと必死だったのかもしれない。
あまりの必死さに、落書き帳に描く母親の頭の上には角がいつも生えていた。
私は人の気持ちを察することは下手だったが、優しい気持ちや思いやりは感じることができた。
それは、幼い日ばあちゃんが私を溺愛して真剣に向き合ってくれたおかげかもしれない。もしばあちゃんがかかわってくれていなかったら、人を憎むことも覚えていたと思う。
小さな教室が私の居場所になると思った。
しかしそんなに人生は甘くないのであった。
転入して三日までは、順調に静かに過ごすことが出来ていた。ある日の下校時間、下駄箱で嫌がらせを目撃してしまう。同じクラスの三井 君が安田 君に靴を隠され困っていた。私は変な正義感が首をもたげてきて「やめなよ」と言葉がついて出ていた。
靴を隠すなんて卑怯なことをどうしてするのか全く分からなかった。三井君は本当に困ったようすだったから、可哀想だという気持ちが自然に湧き上がった。
安田君を非難するとなぜだか正しいことをしたという満足感を得られた。安田君から、
「何だお前! 転校生のくせに生意気だ」
と言われた。感謝されると思っていた三井君からは
「なんだこいつ変な奴だね、安田君」
と言われてしまった。
『なんで二人がつるむんだ』と私は戸惑い、事情が飲み込めず呆然としていた。
人はあんなことがなければとか、もしあのときこうしていれば、ということが必ずあると思う。
翌日からいじめのターゲットは変わるのであった。私は実に単純な奴で考えも浅かった。思慮深さと縁遠い子供だったなと思う。友人間の空気も読めなかったし、クラスのパワーバランスとかを観察する前に衝動で行動してしまっていた。
いじめのターゲットが変わったきっかけは
「守口が鼻くそを食べている」
という噂が流れたことだ。
私は鼻くそなんか食べたわけでなく、鼻をこすっただけだったのだが。四十二人しかいないクラスではあっという間に噂は広まってしまった。自分が否定しても信じてはもらえなかった。かえってむきになって否定することを面白がられてしまうのであった。
特に男の子からは「ブス」とか「守口菌」とか言われ、隣になった男子からは机を離されたり嫌がられたり散々だった。
「私は見かけがとても醜いから嫌われるんだ」
と非常に強く思っていたのを覚えている。
なぜならば私の顔を見ただけで嘔吐の真似をする男の子が非常に多かったからだ。
毎日「ブス」「きもい」と言う言葉をかけられていた。言葉を真正面に受け止めて「なんで私は醜く生まれてきたんだ」と憂鬱にもなった。
だから長い間、容姿にはコンプレックスを持っていた。内面に足りないものがあるとはまだこのときは全く気付いていなかったのである。
私は緊張することもなく、
「守口ゆめです」
と大きな声で挨拶した。クラスの子は、担任の先生から
「転入生と仲良くするように」
と言われた。新しい同級生たちは挨拶に拍手で答えた。みんなの拍手する様子をみながら
「今度は上手くいくかも」
と密かに思った。
休み時間になると私の周りには男女入り乱れた人垣が出来ていた。ちょっとびっくりした。だがなぜか少し誇らしかった。
自分に同い年の子供が関心を持ってくれたことが初めてだったため、勘違いしてしまったようだ。
「ねぇねぇ、前住んでたとこはどんな所だった?」
「好きな食べ物何?」
「お父さんは何してるの?」
文字通り質問攻めだった。この時期の転校生は珍しいらしく子供の好奇心はとどまるところを知らないようであった。
一つ一つの質問にはしゃいで答えながら、この教室なら居場所が出来るかもと、このときは感じていた。
幼稚園の頃から、友達がいなかった私の趣味は折り紙と絵本を読むことだった。折り紙は一通りのものが折れた。毎日折っていたものだから、難しいものも作ることも出来た。
絵本は母がよく読んでくれた。人の気持ちに疎い私になんとか情操教育をと必死だったのかもしれない。
あまりの必死さに、落書き帳に描く母親の頭の上には角がいつも生えていた。
私は人の気持ちを察することは下手だったが、優しい気持ちや思いやりは感じることができた。
それは、幼い日ばあちゃんが私を溺愛して真剣に向き合ってくれたおかげかもしれない。もしばあちゃんがかかわってくれていなかったら、人を憎むことも覚えていたと思う。
小さな教室が私の居場所になると思った。
しかしそんなに人生は甘くないのであった。
転入して三日までは、順調に静かに過ごすことが出来ていた。ある日の下校時間、下駄箱で嫌がらせを目撃してしまう。同じクラスの
靴を隠すなんて卑怯なことをどうしてするのか全く分からなかった。三井君は本当に困ったようすだったから、可哀想だという気持ちが自然に湧き上がった。
安田君を非難するとなぜだか正しいことをしたという満足感を得られた。安田君から、
「何だお前! 転校生のくせに生意気だ」
と言われた。感謝されると思っていた三井君からは
「なんだこいつ変な奴だね、安田君」
と言われてしまった。
『なんで二人がつるむんだ』と私は戸惑い、事情が飲み込めず呆然としていた。
人はあんなことがなければとか、もしあのときこうしていれば、ということが必ずあると思う。
翌日からいじめのターゲットは変わるのであった。私は実に単純な奴で考えも浅かった。思慮深さと縁遠い子供だったなと思う。友人間の空気も読めなかったし、クラスのパワーバランスとかを観察する前に衝動で行動してしまっていた。
いじめのターゲットが変わったきっかけは
「守口が鼻くそを食べている」
という噂が流れたことだ。
私は鼻くそなんか食べたわけでなく、鼻をこすっただけだったのだが。四十二人しかいないクラスではあっという間に噂は広まってしまった。自分が否定しても信じてはもらえなかった。かえってむきになって否定することを面白がられてしまうのであった。
特に男の子からは「ブス」とか「守口菌」とか言われ、隣になった男子からは机を離されたり嫌がられたり散々だった。
「私は見かけがとても醜いから嫌われるんだ」
と非常に強く思っていたのを覚えている。
なぜならば私の顔を見ただけで嘔吐の真似をする男の子が非常に多かったからだ。
毎日「ブス」「きもい」と言う言葉をかけられていた。言葉を真正面に受け止めて「なんで私は醜く生まれてきたんだ」と憂鬱にもなった。
だから長い間、容姿にはコンプレックスを持っていた。内面に足りないものがあるとはまだこのときは全く気付いていなかったのである。