第6話 ラジオと好きな人

文字数 1,058文字

 私の部屋には安いラジカセがあった。母が誕生日に買ってくれたものだ。カセットとラジオとFMを聴くことが出来るもので、私には充分だった。居間にあるテレビは、父が見たいものしか映さなかった。だから、私はナイターの音が嫌いだった。

 NHKラジオを聴くと気持ちが休まった。ニュースでも、クイズでも、歌番組でも。歌謡曲ばかりで、中学年の私には不満だったが夏休みのばあちゃんとの話のネタになった。

 クラスで仲間はずれにされていることも、家に自分の部屋にしか安住の地がなくても、一人の時間は私に自律を促した。

 相変わらずクラスでは弱者の立場だったが、だんだん変化が訪れる。勉強が楽しくなり成績が上がり、そしてクラスで褒められたり意見を認められることが増えてきたのだ。
「ゆめちゃんこれ教えて?」
 と女子からは授業のことで尋ねられることも多くなった。単純に役に立てて嬉しかったし、少しずつ話が出来る女の子も増えてきた。

 男子は相変わらず『キモイ』と言ってきたり、蹴りを食らわせる強者もいた。
  先生から怒られてもなかなか弱いものを虐げることは止められないらしかった。蹴られたときはつらくて、痛みとこんなに嫌われる自分が悲しくて涙が出た。

 そんな中で気遣ってくれる男子もいた。クラスでも一番の秀才で、背が高くひょろっとしたピアノが上手な(みなみ)君だ。
 南君は小学生なのにショパンの難曲が弾け、一人を好んでいたようだったけれど、クラスのみんなから一目置かれていた。彼の知識は小学生が学ぶ範囲を凌駕していたように思う。

 今でも彼の声をはっきり思い出すことができる。
「守口、大丈夫か?」
 泣いていた私に、きちんとアイロンがかかったハンカチを貸してくれた。初めて異性から普通の扱いをしてもらえたため南君は特別意識する存在になった。
 雛鳥が最初にみたものを、親と慕うような感情だったかもしれない。
 南君はスマートな人で、けして弱いものいじめに加わらなかった。それが彼にとっては当たり前の矜持だったようだ。小学生だろうと、大人だろうと本質は変わらないのかもしれない。
 それなりに学業の面では、彼は私を認めていてくれていて意見を言い合ったりした。物事に対して深く色々な面から眺めることを教えてくれた。そして当たり前にレディーファーストが出来る人であった。女の子にもてる要素を持っている人だったが、ちょっと遠くからクラスを眺めている感じで、近寄りがたいところもあった。
 
 彼は、とても大人びていて魅力的だった。私とは別の意味で特別な生徒だったかもしれない。








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