第9話 交差点

文字数 1,105文字

しばらくして、しまちゃんの家はどこかへ引っ越した。

結局、しまちゃんの行方を報せずじまい。

父の話によると、しまちゃんの父は今も変わらず職場にいるらしい。

男同士な事もあり、家庭のことまで話がおよばないため、

しまちゃんがいなくなった後の事を知ることができない。

あれから、不忍池の店に行ってみたが、しまちゃんは辞めたらしく会えない。

悶々とする日々が続いたある日。

父の口から、とんでもないいせちゃんの近状を聞いた。

手紙が途絶えたと心配していたものの、単に、忙しいのばかり思っていた。

いせちゃんはさぞかし、辛い思いをしていると思いきや、

上級女中のお目に止まり、御客会釈という立場にある方の部屋子になったという。

「花嫁修業のため、3年余り奉公へ上がるはずが、

出世の道に進むことになるとは、世の中、捨てたものじゃないねえ」

 まさがうらやまし気に言った。

「出世となれば、一生奉公になるじゃないの。

そうなったらそうなったで、何かと気苦労が多くなるでしょうよ」

 わたしが言った。

「あなたは、2人とは事情が違うんだ。早く、嫁ぎなさいよ」

 まさがはっぱをかけた。

三郎太さんが、江戸に戻った。それからまもなくして、再会と相成った。

あまりに、久しぶりだったから、朝から緊張しまくった。

「息災だったか? 」

 三郎太さんはしばらく会わないうちに、大人になっていた。

「はい」

 わたしは、以前とは違う落ち着いた雰囲気に戸惑いを隠せなかった。

「ちょっと、そこまで足をのばそう」

 両親との挨拶を済ませた後、三郎太さんが、わたしを散歩に誘った。

わたしたちは、不忍池まで足を延ばした。

「ここへ入るとしよう」

 不忍池からほど近い場所にある座敷茶屋へ入ることになった。

店の人の案内で、2階の個室へと入った。

「これからのことを話し合いたい。

ひょっとしたら、また、江戸を離れることになるやもしれぬ」

 三郎太さんが真剣な表情で告げた。

(それでも良いからついてきてほしいというわけ? )

「つまり、家族と離れて暮らすということになるんですか? 」

 わたしが念を押した。

「さみしい思いをさせると思うが、わしがそばにおる。

金の苦労はかけぬつもりじゃ。ついてきてほしい」

 三郎太さんが告げた。

「‥‥ 」

 わたしはなぜか、次の言葉が出てこなかった。

たとえ、他家に嫁ごうとも、折を見て、

実家へ顔を見せに帰れると期待していた。

家族と離れて、知り合いのいない遠い土地へ

移り住むのは、正直言うと自信がない。

「とりあえず、江戸にいる間、婚儀を済ませるつもりじゃ」

 三郎太さんがそう告げた後、わたしを抱き寄せた。

「三郎太さん。あの‥‥ 」

「愛している」

わたしたちは自然と唇を重ね合わせた。


 
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み