第2話 運命の人

文字数 2,243文字

 どういうわけか、夜桜見物の許しが出た。

両親共々なぜか、ノリノリで支度をしている。わたしは、2人の様子に面食らった。

最近、姉たちがそれぞれ、結婚が決まったせいか、機嫌が良いのが幸いした。

親の監視はあれども、少しぐらいは、羽目を外せるはずだ。

待ち合わせの場所に到着すると、しまちゃんが、ご両親と一緒に待っていた。

少し、おくれて、いせちゃんもご両親に従いやって来た。

「お久しぶり」

「今夜は晴れて何より」

「お元気でしたか? 」

父親同士が同じ職場に勤務しているせいか、親同士も気心が知れている。

大川沿いの道は、花見客でごった返していた。

わたしたちは、人込みの流れに沿うようにしてぶらりと歩いた。

大川の方を眺めると、賑やかな屋台船が何艘も通り過ぎた。

「あちらも、盛り上がっているようですね」

 しまちゃんのお母さんがうらやましそうに言った。

「こちらも負けていませんよ」

 わたしの母が自慢のお弁当を広げると言った。

桜の木の下で、しばしのお弁当タイム。

ひらひらと舞い落ちる桜の花びらが、大人たちが吞む杯の中に入る。

「きれい! 来て良かった」

「ここに、名のある俳人がいたら、何と詠むかしら」

「ねえ、あの件だけど‥‥ 」

 わたしたちは、親たちの目を盗むと作戦を練った。

宴もたけなわ、親たちがほろ酔い加減になった時を見計らい、

そっと、抜け出して、例の良く当たる占い師の元へ向かう手はずだ。

「夜でもやっているの? 」

 わたしが気になって聞いた。

「もちのろんよ」

 しまちゃんがウインクすると答えた。

「なんだか、ドキドキするわ」

 いせちゃんが小さくつぶやいた。

手はず通り、わたしたちは、親の目を盗んで占い師の元へ向かった。

人波を泳ぐようにして、しまちゃんの背中を必死に追いかけた。

「ここよ」

 着いた先は、桜道から少し外れた人気のない静かな場所だった。

先客の中年女性がひそひそ声で、占い師に話しかけているのが見えた。

じゃんけんした結果、しまちゃん、いせちゃん、わたしの順に

占ってもらうことになった。

しばらくして、わたしの番が来た。

「して、何が知りたい? 」

「え? なんでも良いんですか? 」

「その顔は恋愛事かな? 」

「はあ‥‥ 」

 占い師が強引に、わたしの左手を自分の前に引き寄せると

真剣なまなざしで、わたしの手相を見始めた。

「ふむ。これは良い兆し。近い内に、運命の殿方との出会いがある」

 占い師が上目遣いで告げた。

「きゃあああ。すごい、いいなあ」

後ろで待っていたしまちゃんが黄色い声を上げた。

「あの。相手はどんな人ですか? 」

「会ったらわかるはず」

「え? せめて、特徴ぐらい教えておくんなし」

 なぜか、いせちゃんが、わたしのきもちをくみ取るかのように言った。

「それは、出会ってからのお楽しみとしよう」

 占い師が勿体ぶった事を言うと、次の客を呼んだ。

気がついたら、1時間以上も親元から離れていた。

(厠に行ったでは言い訳が済まないわ)

わたしたちは急いで引き返した。

その途中、わたしが履いていた下駄の鼻緒が切れた。

先を急ぐあまり、他の2人は気づいていない。

わたしは仕方なしに、立ち止まると腰をかがめた。

次の瞬間、誰かが後ろから体当たりしてきた。

「痛い! 」

 わたしは思わず声を上げた。

「突然、立ち止まった方が悪い」

 頭上に変な圧を感じたため、見上げると、大柄な武士が仁王立ちしていた。

「すみません」

 わたしはとっさに平謝りした。

立ち上がろうとしたが、ぶっかった時に、足をくじいたらしくよろけた。

前に小走りに歩いていた2人は、こちらの危機を知らず、

談笑しながら、先を急いでいるのが見えた。

くじいた足に、すり傷ができていた。すり傷からじんわりと血が出始めた。

「立てるか? 」

 ふいに、誰かが、そばに駆け寄って来た。

誰かと思い、その相手を確認すると、見知らぬ町人だった。

わたしは無言のまま、その見知らぬ町人の肩を借りて、

よろめきながらも、立ち上がった。

歩こうとして、鼻緒が切れていることに気づかされた。

「応急処置」

 その見知らぬ町人がそう言うと、

何を思ったか、手で手ぬぐいをちぎると、

わたし下駄に、鼻緒代わりにその切れ端を結び付けた。

「ありがとうございます」

 わたしは思わず顔を赤らめるとお礼を言った。

「なあに、こんなこと、大したことない。それより、歩ける? 」

 その見知らぬ町人が気さくに言った。

「はい。なんとか」

 わたしは精一杯強がった。本当は、足がジンジン痛くて仕方がない。

「手を貸そう」

 その見知らぬ町人が、片手を差し出すと告げた。

「なれども‥‥ 」

 わたしは戸惑いを隠せなかった。

許嫁とさえ、公衆の面前で手つなぎをしたことがない。

いつも、一緒に歩く時は、彼の一歩後を歩く。

「むめちゃん! 」

 突然、しまちゃんの声が聞こえた。

どうやら、わたしがいないことに気づいて、引き返して来たらしい。

2人が、見知らぬ町人に気づくと、遠慮なくガン見した。

「この方に、助けていただいたの」

 わたしがそう説明すると、2人が顔をほころばせた。

「それはどうも親切に。では、先を急ぎますので」

 しまちゃんが、わたしの肩に手を添えると言った。

「行こう」

 いせちゃんが、わたしをうながした。

「ちょいと待った」

 その見知らぬ町人がなぜか、引き止めた。

「このお礼をしませんと」

 わたしが思い出したように申し出ると、

「お礼はいらない。わしは、文吉てんだ」

 と文吉が告げた。

わたしは頭を軽く下げると、歩き出した。

ふり返った時には、文吉の姿はもうなかった。



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