第14話 ふいうち

文字数 2,156文字

 新生活に慣れたころ、大奥にいるいせちゃんから、思わぬ知らせが届いた。

なんと、上様のお目に止まり、御台所付の御中臈になったという。

うれしい悲鳴が聞こえてきそうだが、実はそうでもなかった。

いせちゃん自身が決して、望んだ行く末ではなかったからだ。

本当ならば、奥奉公で箔をつけて良縁を得るはずだった。

おしとやかで誠実な性格ないせちゃんならば、

武家の新妻としての役割をしっかり務められるはず。

まだ、お手がついていないが時間の問題だという。

近日中に、上様が奥にお見えになる際、

新しい御女中がお披露目されるらしい。

その一方で、いせちゃんは、

新たな争いに巻き込まれるはめになった。

今回の敵は、部屋子時代よりさらに怖くて強い。

恋敵を蹴落とすためなら、手段選ばず。

過去に、新米御中臈がすざまじいいじめの末、

井戸の中に突き落とされたり、食事にゴミや砂を入れられたり、

逆に、いじめていた御女中が遺体で発見されるという

凄惨な事件が起きていた。

わたしはひょんなことから、こまの付き添いで

久しぶりに大奥を訪れることになった。

この際だから、いせちゃんの様子を見ておこう。

こまの友人、まるは今、御年寄の三園にお仕えしているという。

「おまえが、むめか。気立てが良さそうだ」

 まるが、わたしの顔を興味深気にのぞき込んだ。

「よしなにお願いします」

 わたしが告げた。

「実は、むめの友がめでたく、御殿女中になった次第」

 こまが自分の事のように自慢した。

「よもや、新たに、御台様付になった者か?

よく知っておる。小さくてかわいらしい娘だ」

 まるが目を細めると言った。

「では、いせちゃんの近状をご存じですか? 」

 わたしが、まるに聞いた。

「知るも何も、三園様が目をおかけになっている故、

しょっちゅう、ここにも顔を見せに来ておる」

 まるが穏やかに答えた。

そうこうしているうちに、お昼になった。

「いせでございます」

三園が席に着いた矢先、障子の外から、か細い声が聞こえた。

「入るが良い」

 三園がそう告げると、障子が開いた。

「お招きありがとう存じます」

 その訪問者が顔を上げた瞬間、わたしは思わず声を漏らした。

「いせちゃんじゃないの」

「え? あなたが何故ここに? 」

 いせちゃんが驚いた顔でわたしを見た。

「いせ。良く来た。ささ、早く席に着くが良い」

 三園が上機嫌で言った。

「三園様は、お披露目の御指南をなさろうとお招きなさったんだ」

 まるが、わたしに耳打ちした。

「まずは、腹ごしらえをしようぞ」

 三園が告げた。

昼食の後。いせちゃんの勧めもあり、

わたしたちまでも、三園から和歌を教わった。

歌を詠むのは初めてということもあり、四苦八苦した。

一方、いせちゃんは、わたしが知らない季語を何個も知っていた。

いせちゃんの努力ぶりを思いがけず知ることになった。

「和歌が詠めるのも、お目に止まる条件のひとつと申す」

と三園が言うと、すかさず、まるが同意を示した。

「お言いの通りです」

「三園様。むめは、三味線の名取なんですよ」

 こまがなぜか、わたしを推した。

「おまえの三味線が聞きたい」

 三園様は何を思ったか、近くに置かれた三味線をわたしに手渡した。

成り行き任せで、3曲披露した。

気がつくと、日が暮れていた。わたしたちは急ぎ帰宅した。

 別の日。こまが、親戚にあたる武家の男を招待した。

お茶を運ぶと、こまが、腰の曲がった老侍と世間話をしていた。

「跡継ぎの方はどうなりましたか? 」

 こまがお茶を一口飲んだ後、話を切り出した。

「知っての通り、わしには子がおらぬ。

親戚筋の若いのに継がせようとも思ったが、なり手がなく難渋しておる」

 老侍がそう言うとこんこん咳をした。

「先だっての流行り病で、お子に先立たれたという者も少なくないと聞きます。

長兄が急死したため、次男や三男が家督を継いだ家も多い故、

無理もないことでしょうよ」

 こまが冷静に話した。

「どこかに、良い者はおらんか? もし、いたら紹介してほしい」

 老侍が、こまに願い出た。

「気にかけておきましょう」

 こまが答えた。

その日の夜。突然、こまが出かけると言い出した。

驚いたことに、こまは、わたしを知人のいる料理屋へ連れ出した。

「ここに、腕の良い新米料理人が入ったと聞いたわけ」

 料理が運ばれて来る前、こまが言った。

美味しい料理を味わっているところに、料理人があいさつに来た。

「お味はお気に召したでしょうか? 」

 その料理人が上目遣いで聞いた。

「おいしゅうございました」

 こまが返事した。

わたしは、その料理人の後ろにいる存在に気がついた。

「実は、こたびの料理は、わしではなく、

この男が担当いたしました。

この通り、腕を痛めてしまいまして‥‥ 」

 その料理人が、包帯を巻いた腕を見せると言った。

「文吉と申します。よしなにお願いします」

 驚いたことに、助っ人は、文吉だった。

「つかぬことを聞きますが、

あなた、お城勤めに興味はござらんか? 」

 こまが意外な言葉を口にした。

こまの知人の老侍は、江戸城の御膳所の役人だという。

「実は、御膳所にいる知人が跡継ぎを捜している次第」

 こまが説明した。

「なれど、わしは町人の身故、無理かと存じます」

 文吉は、まんざらでもない感じに見えた。

「そんなことはない。御家人株を買えば良い」

 こまがあっけらかんとして言った。



 

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