第11話 友との再会

文字数 1,670文字

当日。宴の開始前に大奥入り。御門の前で、世話役の奥女中と落ち合う。

「事前に、奥のしきたりを教わりましたか? 」

 世話役の奥女中が、わたしに質問した。

「はい」

 わたしが答えた。

「わたしらは初めてではない故、慣れていますが、

この人は、急病人の代理の身。粗相のないよう、

わたしらで面倒みます。ご安心なさいまし」

 お目付け役のベテラン奏者がすかさず告げた。

「さようか。ならば、安心じゃ」

 その奥女中がつんと澄ました顔で告げた。

いせちゃんのように、親戚のツテなく、

御殿女中の部屋子になるのは異例のこと。

その友人とあって、わたしはある意味、注目の的らしい。

部屋に入ると、準備をしていた奥女中たちの視線が

一気に、わたしに注がれた。

わたしは緊張気味で、所定の位置に着いた。

宴開始直前。主役の姫様が、お供を引き連れて姿を見せた。

わたしは何気なく、いせちゃんの姿を捜した。

すると、いせちゃんが部屋の隅の方に

肩身が狭そうに座っているのが見えた。

以前とくらべると、やせており、心細そうな目をしている。

わたしが目配せすると、いせちゃんが小さくうなづいてみせた。

宴は盛大に終わった。主役の姫様が退席なされた後、

参加者たちも次々と部屋を出て行った。

「むめちゃん! 」

 帰り支度をしている時だった。いせちゃんが歩み寄って来た。

「ひさしぶり」

 わたしが穏やかに告げると、いせちゃんがなぜか涙ぐんだ。

「こうしてまた、会えるとは思わなかった。

元気そうで良かった。しまちゃんはその後どうなの? 」

 いせちゃんがうれしそうに言った。

「そっちこそ。見違えたわ。すっかり、きれいになって。

しまちゃんとは音信不通よ。最近はどう? 」

わたしが言った。

一気に、昔に戻った感じがした。この場が大奥だなんて夢みたい。

「うん。まあ」

 いせちゃんがあいまいに微笑んだ。

「なにをしているの。帰りますよ」

 お目付け役の奏者が、わたしをうながした。

「はい、ただいま」

 わたしは、後ろ髪引かれる思いで大奥をあとにした。

七つ口で、思いがけない人とすれ違った。

「文吉さん」

わたしはとっさに声をかけた。

「ああ‥ 」

 文吉が決まり悪そうに返事した。

「宴は成功しました。おかげさまで、恥をかかずに済みました」

 わたしがそう告げると、文吉が真顔で告げた。

「礼にはおよばないよ。あんたの実力だ」

「今日は何用で? 」

 わたしが聞いた。

「古着をお出しになる方に呼ばれて引き取りに来た次第」

 文吉が落ち着かない様子で答えた。

「古着屋にお勤めなんですか? 」

「常勤というわけじゃねえ」

「え? それはいったいどういうわけなんですか? 」

「武者修行中だといっておこう。いずれは、一国の主になるつもりだ」

「へえ」

「じゃあ」

(一国の主? それで、いろんな商いを手伝っているわけね)

家に帰る前、わたしは用事を足すため、日本橋へ向かった。

「ありがとうございました」

橋のたもとにさしかかった時、

聞き覚えのある声が耳に飛び込んで来た。

わたしは思わず、その声が聞こえた方へ引き返した。

「しまちゃん! 」

 わたしは、しまちゃんの後ろ姿に向かって声をかけた。

少し見ないうちに、大人びた気がした。

「あら、お久しぶり」

 しまちゃんがふり返りざまに告げた。

「今、どうしているの? 」

 わたしが前のめりの姿勢で聞いた。

「あなたは、三味線のお稽古の帰りか何か? 」

 しまちゃんが気取った様子で聞き返した。

「実は、宴の三味線弾きを頼まれて行って来たところなの」

 わたしが事情を説明した。

「いせちゃんとは会えた? 」

 しまちゃんが上目遣いで聞いた。

「うん。元気そうだった。しまちゃんはどう? 」

「知り合いのツテで、ある家に奉公している」

「へえ。それは良かった」

「そういうわけで心配しないでおくれ」

「ひょっとすると、わたし、江戸を離れるかもしれない。

許嫁が遠国御用になりそうなの」

「そうなると、さみしくなるわね」

わたしは、しまちゃんが、ウソをついていることを見抜いた。

どう見ても、武家奉公をしている感じには思えない。

何かあるとは思ったが、その場で事情を探るのはやめた。


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