第15話 玉手箱

文字数 1,199文字

それから半年後。大奥では、いせちゃんが、

部屋に忍び込んだ強姦に襲われる事件が起きた。

襲われた際、いせちゃんは手足に切り傷を負い、

その事件のショックで、口が聞けなくなってしまった。

それに、深く心を痛めた御台所が、宿下がりをお命じになったという。

心に深い傷を負ったいせちゃんは実家には戻らず、

江戸郊外にある診療所で静養することになった。

わたしは、文吉と共に、静養中のいせちゃんを見舞った。

「からだの具合はどうなの? 」

 わたしが聞いた。

「退院決まったわ」

 いせちゃんが告げた。

「ここへ来てから、奇跡的に回復したの。

声が出るようになって良かった」

 窓辺に立っていたしまちゃんが言った。

あれから、しまちゃんは、妾の身を解消して、

この診療所で、看護人の見習いをしている。

この診療所を、いせちゃんに勧めたのもしまちゃんだ。

「それもこれも、しまちゃんの看病のおかげ」

 いせちゃんがそう言うと、しまちゃんが照れ笑いした。

「看護人に転身するとは夢にも思わなかった。

あなたはいつも、周囲の人たちの度肝を抜くはね」

 わたしが素直な感想を言った。

「あの後、いろいろあって、縁切り寺から紹介を受けたわけ」

 しまちゃんが決まり悪そうに言った。

いろいろという言葉が、すごく重いものに感じた。

妾になるのもやめるにのも、それ相当の何かがある。

一筋縄にはいかないことが、言葉ひとつににじみ出た。

「あなたこそ。文吉さんといつ、結ばれたの? 」

 いせちゃんが興味津々の様子で、わたしに聞いた。

「実は、縁あって、文吉さんが、こまさんの知人の御家人の養子になったわけ」

 わたしが答えた。

料理屋へ行った日の後日。思わぬできごとが相次いで起きた。

文吉が、物の試しに勝ったクジが大当たりした。

当選金に、今まで働いて得たお金を足して、

その御膳所の役人から御家人株を買ったことにより、

町人から武士の身分へと大転身果たした。

「天のお導きと思い、心機一転、励む所存です」

 文吉が張りのある声で告げた。

正式に、御家人になる許しが得た後、

わたしたちは結婚して所帯を持った。

時を同じくして、世の中が大きく様変わりする政変が発生。

徳川幕府が崩壊して、新たに、新政府が成立した。

徳川幕府に仕えていた文吉は浪人となった。

浪人になってしばらく、無職の状態であったが、

夫に代わり、わたしが、三味線の師匠として家計を支えた。

やがて、こどもが3人生まれた。

このころには、文吉は立ち直り、西洋料理屋のコックとなった。

いせちゃんはいち早く、西洋のマナーやダンスを教える教室へ通い、

鹿鳴館を彩る華になった後、鹿鳴館で知り合った元華族の議員と結婚した。

しまちゃんは看護人の職が続かず、職を転々とした後、

貸し本屋を営んでいた老夫婦から店舗を買い、本屋を開店した。

現在、その本屋の常連だった年下の会社員と交際している。

3人3様。紆余曲折あったものの、

ささやかではあれ、幸せを手に入れた。





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