〇第2章

文字数 9,468文字

「商店街を盛り上げるって言ったって、どうすんだ?」

あの宣言から1週間。
俺と桂都は、宗太郎の家に遊びに来ていた。
というか、親父さんの店にメシを食いにきていた、が正しいか。
しかしその親父さんは本日外出中。
多分、客がいないからと、酒屋の堂本さんとこで麻雀でもしてるんだろう。

「クリスマスも近いし、冬のセールはどうかな?」
「セールって言っても、ここの商店街にある店を考えてみろよ」
「あ~……」

あたたかい番茶を飲みながら、桂都の案につっこみを入れる。
この商店街にあるのは6つの店。
うちの仏具店、桂都の家の花屋、宗太郎の親父さんの食堂。
あとは山崎さんところの八百屋とよぼよぼのじいちゃんがやっている文具屋。
そして江戸っ子のおっちゃんこと堂本さんが経営している酒屋だけだ。
この6つが商店街組合に所属している店だ。
駅前のスーパーと、古いカラオケ店、葬祭センター、組合の寄り合い所は除く。
クリスマスセールだなんてハイカラのことできないだろう。
できるとしたら、桂都の家くらいだ。
ポインセチアとか、かわいらしいリースとかを販売すれば……いや、ダメかな。
クリスマスに飾るものを販売しているところで、買うお客がいなきゃ意味がない。
ここの街に住んでいるのはお年寄りが多いし、
俺たちが通っている高校の生徒やその親たちは車で大きな街まで買い物に行くからな。
さざなみ商店街なんて目に入らない。
セールがダメなら、何をして盛り上げればいいんだ。
俺たちとお年寄りたちができることなんて、たかが知れてる。

桂都とふたりで頭を悩ませていると、宗太郎が食事を持ってきた。

「待たせたな、ふたりとも」
「あ、うん……え!? またすごいもん作ったな~!」

俺は思わず大声を上げた。
桂都も目を丸くしている。
料理を運んできた宗太郎は、鼻をこすりながら照れ笑いした。

「定食屋なのに、こんな料理出したなんて親父に言うなよ」

親父さんの代わりに宗太郎が俺たちに振る舞ったのは、
定食屋の出すようなメニューではなく、
まるでレストランで出るような食事だった。
小さな皿に、少しずつ料理が盛り付けられている。

「きれいだな、これ」

俺が見た目の感想を言うと、宗太郎は胸を張った。

「手前から、酢豚に中華風サラダ、水餃子のスープ。キムチのせ冷や奴に
ねばねばナムルだ。冷蔵庫に入ってたもんで作ったんだけどさ」
「宗ちゃんはなんというか、センスがいいよね」

桂都も褒める。
いつも親父さんが作る定食は、チャーハンやラーメン、カレーや生姜焼き定食と
あくまでも『定食屋』のメニューだ。いわばガッツリ系とでも言うべきか。
腹が空いているときはしっかり腹にたまるもので、
脂っこくて味付けも濃く、酒のつまみにもなりそうな料理。
見た目はほぼ茶色。
でも、その息子の宗太郎が作るのは栄養面も完璧だし、見た目もカラフルだ。
味付けも悪くはないが、食材はヘルシー。
そして、飾りつけがとてつもなく美しい。
酢豚は四角く白い皿に盛り付けられているし、
大根は薄く剥き、網目をつけてサラダを彩っている。
水餃子のスープには、パセリなのか? パラパラと緑が散らされていてきれいだ。
キムチのせ冷や奴の器は透明でお洒落。
ねばねばナムルはオクラやモズクが入っているけど、
そこにそっと星型に切ったパプリカが添えてある。
小太りな宗太郎らしくない、といったら本人は怒るだろうけど、
こいつが作る料理は結構繊細なんだよな。
もちろん定食屋メニューも完璧に作れるが、普段は親父さんの面子もあって
こういう料理は作らない。
宗太郎が作る創作料理を食べられるのは、俺と桂都だけなんだ。

「いただきま~す!」

俺と桂都は手を合わせて、さっそく宗太郎の作りだした芸術品を壊しにかかる。
うん、やっぱりうまい。

「メシもあるぞ。これだけじゃ腹にたまらないだろ?」

宗太郎が持ってきたのは、チャーハンではなく、パエリアだった。

「すげぇ! パエリアって……この店で食えるとは思わなかったわ」
「作って見たかったんだよな。ちょうど親父が塩焼きにしてつまみにする魚介類が
あったから、拝借したわ」
「レストランみた~い!」

桂都も喜んでいる。
宗太郎は小皿にパエリアを盛りつけると、俺と桂都に配る。
白い親父さんがいつもつけているエプロンを外すと、
自分もテーブルについた。
俺はもりもりと宗太郎の作ってくれた食事、というかランチを口にする。
うん、めちゃくちゃうまい。

次の代がこれだけの腕を持っているのに、ここの食堂もなくなってしまうのか……。
ふと思うと、手が止まった。

「どした、隼」
「やっぱりさ、俺はここの食堂、お前に継いでほしいと思うんだよな。
3代目がこんなにすごい料理作るんだぞ?」
「……父ちゃんが求めてるのは、こんな料理じゃねぇよ」

宗太郎は少し悲しげにつぶやいて、自分のためによそった大盛りのパエリアを
ガッと口に入れる。

「母さんも……僕に同じようなこと言った」

桂都も食べる手を止めて、ぽつりとこぼす。

「桂都も何かあったのか?」
「実は……」

さっき『冬のセール』を提案した桂都は、俺の想像したように
自分の親の店で販売できるような、クリスマス用の小さな飾りをいくつか作ったらしい。
紙粘土で作って絵具で着色したサンタに、
サボテンを背負わせたものを母親に見せたという。
だが桂都の母親は寂しそうに、
「こんな子どもの工作にお金を払ってくれる人はいない」と言ったらしい。

「お母さん、ひどいな」

宗太郎がボソッと言うと、桂都は首を左右に振った。

「ううん、それは本当のことだから。それは隼くんもわかってるでしょ?」

そうか。桂都は俺が考えていたことをすでに実行していたんだな。
いくらいいものが販売されていても、買う人がいなければ意味がない。
宗太郎の作ったランチを食べ終えると、もう一度俺たちは頭を抱える。

「そう言えば隼くん。結局君のおじいちゃんが新しい組合会長になるって本当?」
「うん……まぁな」

じいちゃんは平松さんの葬式のときに、新しい組合会長に推薦された。
あとは本人のやる気だけだったんだが、じいちゃんは俺たちに寂しいことを言った。

『……この商店街の最後は、仏具店が見守るよ』

俺はその言葉が悔しかった。
じいちゃんはもうこのさざなみ商店街が終わると思っている。
他のみんなもだ。
18の店舗のうち、6店舗しか開いていないこんな街で、
商売をしていても意味がないと思っている。
それにここの商店街はほぼ老人たちで構成されている。
若い俺たちがどんなに頑張ったって、お年寄りの手助けがなければ意味がない。
俺たちはまだ次の代の人間で、この商店街を背負っている当人ではない。
だからって、黙って街が廃れていく様を黙って見ていることなんてできないよな……。
それは俺だけなのか?
いや、そんなことはない。
宗太郎も、桂都も同じだ。

「……どうする?」

俺がふたりにたずねる。
宗太郎と桂都は、お互い顔を見合わせた。

「どうするもなにもないだろうが」

宗太郎は腕を組んで俺を見据える。

「そうだよ、あとは隼くんの気持ち次第じゃない?」

桂都も俺に鋭い視線を送る。
じいちゃんはもう、商店街は終わりだと言っている。
だが、俺たち3人は終わってたまるかと強い思いを持っている。
いや、絶対終わらせやしない。
ただ今は、どうしたらこの商店街を生き返らせるか……その案が浮かばないだけなんだ。

俺は桂都と宗太郎に笑顔を見せた。

「じいちゃんが組合会長になったのはいい機会だ。
俺がこの街を……復活させてみせる!」

こうして高々と拳を突き上げると、ふたりは拍手した。

「よっ! 待ってました、仏具店2代目!!」
「期待してるよ、隼くん」

拍手をもらった直後というのに、
俺は拳を下ろした勢いでがっくりと肩を落とす。

「……だけどやっぱ、ふたりの力も借りなきゃダメかも」
「それな」
「ふふ、わかってるよ」

宗太郎は呆れたように言う。
桂都もわかっていたという感じで笑う。
さすが幼なじみだ。

「で? 何か案はあるのか?」
「ない!」

宗太郎の質問に即答すると、ふたりはずっこけた。

「だけど……じいちゃんが組合会長になったってことは、
うまく行けば俺の提案をねじ込めるってことじゃん?」
「うまく行けば、だろ?」

宗太郎がつっこむが、俺は真剣だった。
じいちゃんは自分が組合会長をしている間に商店街を終らせようと考えている。
だけど一番身近にいる俺はそう思ってない。
俺は商店街を終らせようだなんて気持ちはない。
せめてもう一回。
平松さんの涙を思い出す。
組合長はずっと、さざなみ商店街の復活を願っていた。
だから俺も組合長……もう元のだけど、平松さんの思いを汲みたいんだ。

「ともかく、じいちゃんが組合会長になったのはいい機会だ。
俺が裏でやっても、みんな口出しできない」

口をナプキンで拭くと、俺はにやりと笑った。
さっき宗太郎に言った通り、じいちゃんが適当に仕事しているところ、
俺が何かねじ込めれば……。
って、何をねじ込む?
桂都につっこんだ通り、セールは無理だ。
だとしたら他のこと。
この冬には誰も来ないさざなみ商店街にできることを考えないと。

「宗太郎、メシ、めっちゃうまかった。ありがとな」
「おい、金!」
「……ちゃっかりしてるな。いや、さすが定食屋の息子か」

俺は1000円宗太郎に渡すと、仏具店に帰ることにした。
本当は若手3人で色々考えなくちゃいけないのかもしれないけど、
今は俺に案がない。
一度家に帰って、頭の中を整理しないと。
桂都はすでに自分の考えを具現化し、母親に見せている。
宗太郎だって、あの料理の腕を親父さんに見せればきっと……。
俺だけだ、何も手立てがないのは。

「ただいま~」
「お、おう! 隼。待ってたぞ」

じいちゃんが俺を待つ?
一体どうしたっていうんだ。
疑問に思ったが、そこにいた女性の姿を見て、俺はびっくりした。
平松さんだ。
喪服ではないが今日も黒い服を着ている。
ま、四十九日が過ぎてないから当然か。

「……そりゃあこっちも困っちまうなぁ。かぁ~っ、参ったなぁ~」
「どうしたの? じいちゃん。平松さんも」
「隼ちゃん……」
「ち~っとばかし面倒なことになっちまってな」
「面倒なこと?」

平松さんは申し訳なさそうに俺にも頭を下げる。

じいちゃんの話によると、組合会長が今まで寄り合い所に使っていた場所が
奪われてしまったらしい。
『奪われた』というのがポイントだ。

「昨日、夫の遺品を整理しに行ったとき、
スーツの男性たちが入ってきて……。夫には借金があったんです。
私の入院費用や治療費がかなりかかっていて」
「それでその借金の肩代わりしろってことで、
あの寄り合い所を?」

俺が聞くと平松さんはうなずいた。

「土地の権利書を強引に奪われてしまいました」

くそっ! なんでそんなひどいことをするんだよ。
まだ四十九日も経っていない。1週間だぞ!?
こんな美しい人をさらに苦しめるなんて……!
借金の肩代わりだ? そんなの関係ない!
俺は悲しみに暮れている女性から、強引に権利書を奪うやつが
許せないっ!!

「平松の奥さん、一応知人の弁護士に相談してみるからよ、
そう気を落とさんな」
「はい……ありがとうございます」

平松さんは新しく組合会長になったじいちゃんに頭を下げると、
線香を買って店を出て行った。
どうやら1週間経った今でも線香をあげに来るお客が
たくさんいるらしい。
それだけ組合会長の人望が厚かったってことだ。
そんな組合会長が借金してたなんて、きっと商店街のみんなも
知らなかったんじゃないかな。
奥さんの治療費に使ってたって話だし、きっとみんなに言っていたら
組合会長に寄付したりしていたと思う。
奥さんの元へお見舞いに行く人も出ていただろうな。
でも……きっとあの控えめな奥さんだ。
組合会長に自分が病気であることも言わないようにしてもらったんだ。
現に俺たち若者は、組合会長に奥さんがいたこと
自体知らなかったんだから。

「しかし、あそこが使えなくなると、みんなで集まる場所も
なくなるなぁ……。
まぁ、もう会合自体することもなくなるかもしれないがな」
「じいちゃん……」

さざなみ商店街もいよいよ終わりなのか?
寄り合い所がなくても、新しくみんなで集まる場所ができれば……いや。
集まったところで酒を飲んだり麻雀しているだけじゃダメだ。
もっとみんなの意識を変えないと。

どうすればいい?
俺みたいなガキが、お年寄りにデカい顔なんてできない。
もちろん、命令みたいなこともできない。
みんなが一致団結できるような何か。

「じいちゃん、店番かわるよ。どいて」
「おう! じゃ俺は竹芝んとこの食堂でメシを……」
「親父さん、いなかったよ。多分堂本さんとこだと思う」
「おお、サンキューな!」

じいちゃんは財布だけ尻ポケットに突っ込むと、
ふらりと店を出て行く。

俺はレジの台の上に腕を置くと、
そのまましばらくの間、ボーッとしていた。


それから数日後。
学校から帰ってくると、仏具店に何人か女性のお客さんが来ていた。
商店街の看板娘ではなく、その付近に住んでいるおばあちゃん方だ。
いつもは穏やかなおばあちゃんたちなのに、今日は様子がおかしい。

「どうしたんですか? みなさん」
「あ、隼ちゃん!」
「おお、隼!」

おばあちゃんたちの中心にいたじいちゃんが、
助かったと言わんばかりの表情を見せる。
おばあちゃんたちはさっそく俺にペラペラとしゃべりだした。

「商店街が大変なのよ!」
「寄り合い所がね……」
「え?」

彼女らの話はこうだ。
平松さんが所有していた寄り合い所の場所に、
どうやらいかがわしい店ができたらしい。
夜になると黒服の男たちがうろうろしているので、
街の風紀が悪くなるとのことだった。
だからと言って、そのいかがわしい店は
条例などに引っかかるようなことはしていない。
だけど、平松さんが組合会長をしていたときは、
そういった店を商店街に入れないように努力してくれていた。
それが、平松さんが亡くなってすぐこの状態だ。
今は1店舗だけだが、ひとつできるとすぐ増えてしまうだろう。
ここの商店街は、空き店舗ばかりなんだから。

「それは困りましたね。商店街の治安が悪くなったら、
この街はなおさら……」
「そうでしょ~、隼ちゃん」
「とりあえず俺が役所へ話に行ってみるから!」

じいちゃんが大声でみんなに言うと、
おばあちゃん方は退散していった。

「ふう……」
「じいちゃん、美しいお嬢さんたちにあんな言い草はないでしょ」
「だからと言ってもなぁ」
「そう言えば平松さんの件、弁護士に相談したんでしょ? どうだったの?」
「……やっかいなことになっちまってるらしいんだ。
何せあの土地は、まだ平松さんのもんなんだからな」
「……は!?」

じいちゃんは渋い顔で冷めたお茶をすすると、
俺に説明してくれた。

平松さんが持っていた、あの寄り合い所の土地と店舗は、
どうやら奥さんの名義になっていたらしい。
平松さんは借金をしていた。
普通だったら奥さんを連帯保証人にするところだが、
それも奥さんとは関係ない第三者だった。
そもそも借金自体も返済が終わっているようで、
完全に過払いしている状態なのだという。

「ってことは、どういうことになるの?」
「平松の奥さんは相続を放棄しているから、組合会長の遺産は手に入らない。
だが、借金も引き継がない。さっき言った通り、借金も返済が終わっている。
つまり、あの土地を他人に引き渡す必要は一切ないってことだ」
「じゃあ、怪しい店なんて経営できないじゃん! 警察には言えないの!?」
「民事不介入と言われるんだろうなぁ」

こんなことってアリかよ……。
平松さんは完全に被害者じゃないか。
旦那さんを亡くしたばかりなのに、ひどい目にあって。
こうしちゃいられない。
俺はスマホを取り出すと、メッセージで宗太郎と桂都を
海辺に呼び出した。

「なんだよ、その話!」

俺から話を聞いた宗太郎は、顔を赤らめる。
怒っている証拠だ。

「今商店街のみんな……お母さんも困ってたよ。
とうとうそういう店ができちゃったって」

桂都もうなだれる。

「だけど、なんとか俺たちで何とかしなくちゃ
商店街が終わる。今の商店街のメンバーじゃ太刀打ちできない」
「だからって、どうやって何とかすんだよ! 相手はいかにもヤクザみたいな
やつらなんだろ!? ガキのオレたちに何かできるっていうのか!?」

じいちゃんは、平松さんから土地をだまし取るくらいだから
堅気の人間じゃない。
きっとヤクザが絡んでいるんだろうと言っていた。
でも、俺はやるしかないと思っている。

「黙ってたら警察は動かないけど、俺たちで動かすことはできる」

俺はしけた海を見ながら、つぶやく。

「どうやって?」

桂都が不安そうに俺を見つめる。
宗太郎もだ。

「それは……」


翌日の夜。
俺たちは普段とは違う格好をしていた。

「こんなんで平気なのか? 本当に」

疑問を呈したのは宗太郎だった。
親父さんが「何かあったときに使う」といいつつ、1回も使っていない
グレーのスーツを着ている。
腹周りはぴったりなのに、ズボンの裾はぶかぶか。
ネクタイも締め方がわからないので、俺が代わりに結んでやった。

「大丈夫なの? もし捕まっちゃったら……」
「なんとかなる! そのために防犯ブザーを持ってきてるんだから」

俺はプレーンなスーツがなかったので、喪服だ。
桂都も俺の喪服のスペアを着ている。
俺は家の仕事柄、喪服だけは持っているんだ。
桂都の家族はお母さんだけなので、スーツも持っていなかった。
ただ、俺の喪服ではウエストがすかすかだったので、ベルトで締めた。

防犯ブザーは小学校のときに配られたものだ。
ひもを引っ張ると大きな音が鳴る。
なぜ俺たちがこんな格好をして、防犯ブザーを持って夜の街にいるかというと、
例のいかがわしい店へ潜入するためだ。
俺たちは未成年。
未成年者が店にいたら、確か店も罪に問われるとテレビでやっていた。
俺たちも多分補導はされるだろうけど、これも商店街を守るためだ。
『商店街のための名誉の死』なら仕方ない。
じいちゃんたちに怒られたって、知ったことか。

「いいか、俺たちはこれから客として黒服たちに声をかけてもらって
店に潜入する。その前に『ちょっと電話』と言って警察に連絡。
未成年が店に入っていると言えばさすがに生活安全課が動いてくれると思う」
「思うって……」

不安そうな桂都と反対に、宗太郎はため息をついた。

「まあ不安だけど、やってみるしかねぇだろ。
こうすることで商店街を守れるんなら」

「……よし、行くぞ!」

俺たちは仕事帰りのサラリーマンのフリをして、店の近くまで行く。

「今日も仕事、キツかったなぁ~」
「あ、え、う、うん。そうだね」
「宗太郎、棒読みすぎ! 桂都もビクビクしすぎ!」

俺が注意すると、ふたりは表情をこわばらせた。

「だってサラリーマンって普段何しゃべんのか知らねえもん!」
「そうだよね……僕らの親って自営業者だし」

ふたりの言葉に、俺も無口になってしまう。
確かにそうだよな。
俺たちの身近に、サラリーマンはいない。
学校に通うのだって、地元だから電車も使わないし。

「ともかく何か会社がどうとか話してればいいんだよ!
ドラマの場面とか思い出して……」
「じゃ、隼が話してみろよ」

宗太郎が文句をいうので、仕方なく俺は話し始めた。

「今日も上司にこってり絞られちまったよ~。
総務の佐藤さんに笑われちゃってさ~、最悪だよ。
こんなとき、かわいい女の子に慰めてもらえたらなぁ。
会社では出会いなんてないし……」

「おお~……隼くん、うまいね」
「そうか?」

桂都に褒められた俺は、少しだけ機嫌がよくなる。
よし、この調子で黒服のいる店の前まで……。

俺たちは話しながら店の前に到着する。
ここで声をかけられれば!

「………」

……あれ?
黒服たちは完全に俺たちを無視。
タバコを吸いながらスマホを眺めている。
俺たちに気づいてないのか?
俺はさらに大声をあげる。

「まあこの辺だとかわいい女の子がいるような店は、
なかなかないからなぁ~!」
「……うっせぇな、ガキどもが」
「ひぇっ!?」

黒服の男がぼそりとつぶやいたのを聞いた桂都は、
びくっとする。
『ガキども』って……俺たちもしかして、サラリーマンに見られてない?
作戦失敗か?
そう思ったところ、宗太郎は黒服たちに近づいていく。
何してるんだよ、宗太郎!

「なあ、アンタら、ここら辺にいい店ないか知らない?」

宗太郎の問いかけに、男どもは冷たく答えた。

「高校生か中学生か知らねぇけど、ガキの遊びに付き合うほど
暇じゃねーんだよ。殴られたくないんなら家帰って寝ろ」

ダメだ。完全に見破られている。
宗太郎が戻ってくると、俺たちは走って夜の海辺まで逃げた。


「さすがに無理あったんじゃない? 僕も宗ちゃんは小柄だし、
隼くんは童顔だもん」

ネクタイをほどいた宗太郎は、大きくため息をついて頭を抱える。

「やっぱりオレたち子どもなんかに何もできないんだよ……」
「いや、作戦はもうひとつある」
「え?」

腕を組んでいた俺は、真っ暗で吸い込まれてしまいそうな海の
その先を見つめ、ふたりに新しい作戦を伝える。

「も、もっと無理じゃん! オレ、こんなだぞ!?」
「ぼ、僕だって……。怖いよ!」
「いいのか!? 商店街の治安が悪くなったら……さざなみ商店街は終わる。
それに、平松さんだって……」
「平松さん?」

そういえばふたりには話してなかったな。
俺は組合会長の奥さんが、あの店に土地と店舗を奪われたことを
ふたりに説明した。

「さすが老女フェチ……」
「相変わらずだね、隼くんは」

呆れたように笑うふたり。
話してなかったのはまずかったかな。
これは俺の私情でしかない。
商店街のことも大事だけど、俺はやっぱり平松さんのことが
心配なんだ。

「怒った?」

ふたりに問うと、宗太郎も桂都も首を振った。

「組合会長にお世話になったことは変わんねーし、
その奥さんがひどい目にあってるなら助けねぇと」
「そうそう。それがさざなみ商店街組合の鉄則でしょ?
『組合のメンバーはお互い助け合う』って」
「ふたりとも……」

「ちょっと怖ぇけど、次の作戦もオレはやるよ。
スパイごっこみたいだしな!」
「宗太郎……」

身長は低いけど、宗太郎が一緒だと心強い。
いつもどっしりと構えていてくれるから、
俺も無茶な提案ができる。

「僕はお母さんに心配されちゃうかな……」
「無理につきあわなくてもいいぞ?」

俺の言葉に、桂都は首を左右に振った。

「心配されてるのはいつものことだから!
母さんも口悪いところがあるし、
『アンタは組合会長と絡むとろくなことをしない!』って
知ってるから……」
「桂都……」

桂都は少し気が弱いところはあるけれど、それだけ優しいってことだ。
いつも他人を気にかけて、自分のことは後回し。
そんな桂都だから、俺や宗太郎が悪さをすると自分まで巻き込まれて
大人たちに怒られてしまう。
そのあと俺たちが謝っても、
「別にいいよ、僕もみんなと一緒に遊びたかったから」なんて、
笑顔で許してしまうんだよな。

「桂都は優しいから、俺たちにつきあってくれるんだろうけど……」

俺が言いかけたとき、かぶせるように桂都は否定した。

「ううん、つきあってるんじゃないよ。
僕もふたりと一緒に悪だくみをしたいってだけ。
これは僕の意思だから」

桂都は俺と宗太郎を真剣な眼差しで見つめる。
こいつもやっぱり『さざなみ商店街』のメンバーなんだな。

「……だけど、その作戦だったら協力者が必要じゃない?」
「ひとりいるだろ?」
「げっ! まさか……」

宗太郎は青ざめる。
俺だって本当はあまり頼りたくはないけど、
他に当てはない。
今日のところはこれにて解散。
俺たちは日を改めて、『協力者』を訪ねることにした。

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