〇第4章

文字数 9,714文字

「おい、どうした? その資料……」

学校でパンフレットを読んでいたら、
宗太郎と桂都がのぞきこんできた。

「葬祭センターとか葬儀屋のチラシとかばっかりじゃない。
あ、もしかして、仏具店の関係で?」

「違う。葬式を上げようと思っててね」

パンフやチラシから目を離さずに答えると、
ふたりは後ずさりした。

「ちょ、ちょっと! 葬式を上げるって、一体誰の!?」
「お前のじいちゃんか? ピンピンしてるじゃねぇか。
縁起でもない……」
「『縁起でもない』? それは古い考え方だ」

俺はパタンと見ていたものを置くと、
スマホをふたりにかざした。

「これ、知ってるか?」
「……『生前葬のやり方』?」

俺はふたりに生前葬について説明を始める。
まだ授業まで5分はあるんだから、十分理解するまで話してやろう。

「ま、字のごとくだな。生きているうちに自分の葬式を上げるんだ。
結構歴史も古いんだぞ。最初に生前葬を上げたのは、1907年頃だと言われてる。
もしかしたらもっと前かも」
「自分の葬式をするのか?」

宗太郎が怪訝な顔をするが、俺は予想済みだった。
普通だったら考えることもないものだから。

「自分が生きているうちに葬儀を上げるのには利点がある。
自分が喪主を務めることもできるし、それ以外にも……。
例えば自分の歌を聴いてもらえたり、
自費出版した本のサイン会を開くことも可能だ。要するに……」
「一般人なのに、芸能人気分が味わえるってこと?」

桂都が首を傾げるが、それは半分正解で半分違うと言った感じだな。

「正しくは、『完全に自分だけが主役のパーティーが開ける』ってことだ。
生きてるんだから、別に読経や献花だって必要がない。
むしろ自分自身で経を読んでCDにして配ったり、その場で華道の腕前を披露したって
いいんだ。こんな自由で楽しいことがあるって、ほとんどの人間は知らない」

宗太郎と桂都は、お互いの顔を見合わせる。
そして口をそろえて……。

「知るわけないって!」

「普通の感覚ならそうだな。でも、自分が本当の主役になることなんて、
人生に一度でもあるか?」

宗太郎と桂都に問いかけてみる。
人生の主役は自分。
かといって、本当に自分が主役として舞台に立てるケースは少ない。
俺たちはこれから『一般人』として社会の歯車になって生きていく。
女性だったら結婚のときが主役になるかもしれないけど、
俺たちは男だし。
この先もずっと、主役として何かをやるなんてことはないだろう。

「宗太郎、もし好きなことをやっていいと言われたらどうする?
ちなみに予算は考えなくていい」
「そうだなぁ~……お客をたくさん呼んで、創作料理を披露したいな。
作ってるところも見てもらったりしてさ!」
「桂都は?」
「僕はフラワーアレンジメントをして、会場を飾りつけたい……かな」
「そういうチャンスがこれから俺たちに来るかはわからない。
……でも、俺たちはまだいい。若いからな。
だけど、商店街にいるお年寄りたちは?」
「まさか、お前……」

そのまさかだ。
俺の計画は『商店街の老人たちに、生前葬を上げてもらうこと』だ。
若い頃やずっとやりたかったことを、生前葬でやってもらおうという考え。
もちろんたったひとりだけだったらインパクトはない。
だったら、大勢に自分の葬儀をプロデュースしてもらおうじゃないか。
そうだなぁ。3日間くらいかけて、フェスみたいにするんだ。
商店街の空き店舗も、その期間だけは空間をレンタルする。
食べ歩きなんかできるようにして、各会場を回れたら
経済効果もあるだろう。
当然だけど、この『生前葬フェス』は入場無料でどこの会場の生前葬でも
出席できる。
ご霊前? 死んでないのにいるわけないだろう。
ま、金銭的な問題は『寄付』という形を取ることにしよう。
それと、さざなみ商店街オリジナルグッズでも限定発売して……。
あとは空き店舗を貸した分の利益の山分けだ。
情報はホームページを作って、事前に情報を流しておく。
あらゆるSNSを駆使しよう。

「隼くん、正気?」

桂都が俺のおでこに手を当てて心配するが、無論正気だ。
しかし宗太郎は難しそうな顔をして、腕を組んでいる。

「なんだよ。宗太郎も眉間にしわ寄せて」
「いや、案自体はすごく面白そうだけどさ、
うちの商店街のじいちゃんばあちゃん、頭固いところあるだろ?」
「それをうなずかせるのが今回のミッションなんだって!」
「おい、藤柴! 何騒いでる。もう休み時間は終わりだぞー。
竹芝も桜田も座れー」

俺の考えがふたりにどれだけ伝わったかはわからない。
右から左の耳へと通り抜けていく数式。
答えなんか元からない博打を、俺は始めようとしていたんだ――。


家に帰ると、俺はまずじいちゃんに何気なく声をかけた。

「じいちゃんってさ……自分が主役の舞台に立ったことってある?」
「は?」

何を言ってるんだといった表情で、お茶を飲みながら俺を見るじいちゃん。
俺はじいちゃんの正面に立ち、ぐいっと身を乗り出した。

「もしさ、自分が主役になれる機会があったら……どうする?
ほら、じいちゃん昔尺八やってたんだろ? 発表する場所があったりしたらどう?」
「はは、そりゃあいいな! ……だけどもう、昔のことだ。
今じゃ指の動かし方も忘れちまった」
「だったら練習すればいいじゃん」
「……隼、お前一体何考えてるんだ?」

じいちゃんの目が鋭く光る。
やっぱり俺の祖父だけあって、何か企んでいるとすぐにわかるようだ。
じいちゃんに嘘をつくことはできない。
俺は考えていたプランについて、まずはじいちゃんに意見を求めることにした。

「生前葬!? おい、お前……俺に早く死んでもらいたいのか?」

予想通りの反応。
だが、巻き返しはここからだ。

「違うよ。ここの商店街のみんなで、3日間くらいにわけて生前葬をやるんだ。
まるでフェスみたいにね」
「フェス?」
「えーと、ライブっていうのかな。同じ日に色んなバンドが各ステージで
演奏するの。それと同じように、ここの商店街の各場所で、生前葬を行う。
内容は主役である本人が決めていい」

じいちゃんは少しばかり興味深く俺の企画ノートを眺めている。

「『自分が主役になれる』っていうのは面白そうだな」
「でしょ!?」
「でも、ダメだ」
「え~!?」

好感触だと思ってたのに、首を振られる。
どこがいけないっていうんだ?
じいちゃんはノートに走り書きをした。

「何か企画するなら、予算! あと場所を押さえたり、必要なものをそろえなくてはな。
協力者が足りねぇってことだ。俺以外にも協力者を探せ。
俺は今の組合会長だけど……平松さんほどの人望はねぇと思う。
それに、企画者は俺じゃない。あくまでもお前だからな」

それって……じいちゃん自身は賛成してるってことだよな。
俺は嬉しくなって、じいちゃんに飛びついた。

「ありがとう! じいちゃん。
まさか俺の案に賛成してくれるとは思わなかったよ!」
「抱きつくんじゃねぇ! それに、賛成してもらえない内容だったら
最初から言うな!」

俺はじいちゃんにもう一度礼を言うと、
自分の部屋へと駆け上がって行った。

「葬式か……トキ子の葬式はきちんと挙げられなかったからな」

俺は制服を雑に脱ぎ、ジャージに着替えると
さっそく表制作ソフトを起動させた。
内容はない。
枠線が引かれているだけだ。
これは俺の考える『生前式フェス』に賛同してくれる人に
署名をもらうための紙だ。
生前式に必要なのはもちろん主役だが、それ以外にも
会場や花、料理も用意しないといけない。
花は桂都の母親に頼んで、料理は宗太郎に。
親御さんのOKが出ればの話だけどね。
他にも主役がやりたいことができるように、万全の体制を整えないと。
あとは空きスペースに出店してくれる店だ。
当日のチラシや何時にどんな生前葬が行われるか書かれた
パンフレットも必要だな。
印刷屋に頼まないと。

……ふう、ここまで考えるとまるで本当に文化祭みたいだ。
あとはこの祭りに、みんなが乗ってくれるかどうか……。
それだけが心配だ。

俺はさっそく桂都と宗太郎に手伝ってくれるかどうかメッセージを送った。
ふたりの答えは一緒。
『個人では手伝えるけど、親は手伝ってくれるかわからない』そうだ。
それは当然だろうな。
花も料理も、お金がかかるものなんだから。
ともかく俺は、翌日署名を募るために枠線だけ書かれた紙を印刷し
今日のところは寝ることにした。

翌日。
学校が終わると俺と桂都、宗太郎は制服姿のままで、商店街を
周っていた。

「まずは八百屋の山崎さんか……」

宗太郎が店の看板を見るが、もうほとんどペンキは
剥げている。
バナナとリンゴの絵もかいてあるが、ただのブーメランと
ボールみたいだ。
店先に置かれているのも、みかんやリンゴ、バナナなど、
ちょっと足りなくなったときにフラッと買うようなものだ。
八百屋なのに、野菜があまりない。
あるのは大根やジャガイモ、玉ねぎなど、
わりと日持ちするようなものが多い。

「山崎の奥さん、生前葬をするには若くない?」

心配げに見つめる桂都に、俺は笑って見せた。

「山崎の奥さん自体は若いけど、あの人は三代目の看板娘だよ。
まだあの家には二代目の奥さんがご存命だってじいちゃんが言ってた。
きっと美人なんだろうなぁ~……」
「だけどそれってヤバいんじゃね? 俺たちが二代目の奥さんのことを
あまり知らないってことは……」

そうだよな。
平松さんの例がある。
俺は美人の老女がいたら、絶対覚えているし。
平松さんみたいに20年以上病気で、病院の近い土地で暮らしていらしたら……。
そうだったら俺たちはボコボコに殴られて帰ることになるだろう。
だけど行ってみないとわからない!

「すみませーん!!」
「………」

声はない。
留守なのか?
だけど店は開いている。そりゃあうちの商店街は安全だから、
こうして店を留守にしても商品を盗まれたりはしないだろうけど……。
もう一度だ。

「山崎さ~ん!」
「はぁ~い!」

入口で大きな声を出すと、3代目看板娘の方の山崎さんが出てきた。

「あら、隼ちゃんに桂ちゃんに宗ちゃんじゃない。どうしたの?
3人そろって……」
「実は山崎さんにお願いに来たんです」

俺は生前葬フェスの話をかいつまんで話した。
このまま商店街を終らせてたまるか。
できることならもう一度、昔のように活気のある商店街に……。

「……悪いわね。私や主人は署名できないわ。
私たちよりもお年をめしている方が多いでしょ?
その方たちがOKなら、少しは考えるんだけど……」

うーん……想像はしていたが、なかなか厳しい意見だな。
山崎さんは桂都のお母さんの次に若手だからな。
しかし、ヒントは得たぞ。
この商店街で一番の古株がOKを出せば、他の年下のメンバーも
署名しやすくなるってことだ。

「さざなみ商店街で一番の大御所は……あ」

ヤバい。
俺の表情に、宗太郎と桂都も反応する。

「あ~……あの人かぁ……」
「じっちゃんは強烈だからね」

「ともかく行くっきゃないだろ。当たって砕けろだ!」

こうして俺たちは足取り重く、酒屋の堂本さんの家を訪ねることにした。

「すみませ~ん」
「おっ! 隼に宗に桂じゃねーか。なんだ? 飲みにきたのか!?」
「って、おっちゃん、まだ俺ら未成年!」

宗太郎が呆れながらつっこんでも、ヘラヘラ笑っているのが堂本のおっちゃん。
ちなみにいつもじいちゃんや商店街のメンバーと飲んでいるのは
このおっちゃんだ。
おっちゃんだったらノリで一筆書いてくれたかもしれないけど……
相手はおっちゃんじゃない。
この商店街で一番の古株で、一番の頑固者と言われている『堂本のじっちゃん』だ。

「あのさ、じっちゃん……いる?」

桂都が恐る恐るたずねると、おっちゃんはタバコを灰皿に押し付けながら
大きくうなずいた。

「おうよ。今日は居合の授業もねぇらしいしな。部屋で瞑想してると
思うぞ」

超バッドタイミーング!
瞑想を邪魔されただけでも、キレられそうなのに!
絶対じいちゃんはこんな『生前葬フェス』なんてふざけたことに
協力してくれないよ。

俺がビクビクしていると、桂都と宗太郎がわきから励ましてくれる。

「まだわかんねーぞ、隼! じっちゃんにOKもらったら、
こっちの勝ちだ!」
「そうそう! じっちゃんさえうなずいてくれればいいんだから!」

……といいながらも、ついてきてはくれないんだな。
俺はひとりで奥のじっちゃんがいる部屋へと近づく。
廊下から部屋の音に耳をそばだてるが、
何も聞こえない。
まさか寝てる?
いや、そんなわけない。『瞑想している』って言ってたもんな、おっちゃんは。
俺は震える手を押さえて、ふすま越しに声をかける。

「じっちゃん、藤柴仏具店の隼ですが」
「……入れ」

厳しくて通る声。
覚悟を決めると、俺はふすまをすっと開けた。
じっちゃんは刀をゆっくりと置く。
手入れをしていたのか。
とりあえず手から離してもらえてホッとする。
今からお願いすることは、場合によっては
じっちゃんに切りつけられるような内容だからな。

「なんだ? 隼。わしに用事とな。珍しい」
「あ、あの……」

声が震えてなかなか話が切り出せない。
おっちゃんはちょくちょく会合に顔を出すから
慣れてるけど、じっちゃんは別だ。
大学で居合や日本史を教えてるって聞くし……。
ああ! だけど言わなきゃ何も進まない!!
俺は半ば切キレた状態で、バンッ! と署名を
じっちゃんの前に叩きつけた。

「なんだ、これは」
「俺の考えた『生前葬フェス』の資料と署名用紙です」
「生前葬……ふぇす?」

どうやら生前葬については知っているようだったが、
フェスという単語は耳慣れなかったようだ。
俺はじいちゃんと同じように説明した。

「……なるほど」

じっちゃんは腕を着物に入れてうなずく。
もしかして、これって好感触?
そう思ったのは一瞬だった。

「このっ、たわけがっ!!」

鼓膜が破けそうだ。
じいちゃんの張り上げた声は、ビンビンと障子やふすまを震わせる。

「ひ、ひぇぇっ! すみませんでした~!!」

俺はじっちゃんの勢いに負け、急いで部屋を出て
宗太郎と桂都の元へと戻る。

「逃げるぞ! ふたりとも!!」
「お、おい! どうしたんだ?」
「隼くん、じっちゃんに何したの!?」

ふたりも焦るが、俺はそれよりも早く堂本さんの店を飛び出していた。

そのあともいくつか商店街のお店を回ったが、
怒られたり、笑顔で遠まわしに断られたりと
ろくなことがなかった。

「あーあ、やっぱり無理だったのかな?」

俺たちはまた浜辺で、夕日が沈むのを眺めていた。

「お前は頑張ったよ」
「僕もいい考えだと思ったよ? 突飛な案ではあったけど」
「ここの空にさ、おっきい花火を打ち上げたかったんだよね。
ショッピングモールができたら、きっと俺たちの商店街はなくなる。
だからその前に……」

……あれ?
ぽろっと目から何かがこぼれ落ちた。
これは……涙?

「ちょ、隼! お前、泣いてるのか?」
「確かに今日はうまく行かなかったけど、また頼みに行けば……」
「違う、違う。少し思い出しちゃっただけだよ」
「思い出す……?」

あの燃えるような赤い夕日は、俺の小さい頃のことを思い出させる。
俺が最愛のばあちゃんを亡くした、あの日のことを――。


藤柴仏具店。
昔は商店街の中ではなく、成覚寺の本当に隣に存在していた。
今は店の中に居住する場所もあるけど、
あの頃は完全に住んでいる場所と店が別れていた。
……いや、住んでいる場所と店ではなく、
じいちゃんとばあちゃんが住んでいる場所と、
俺の父と母が暮らしている場所か。
小さい頃……幼稚園に入る前のことだから、俺もほとんど覚えていない。
その頃は俺も、老女好きでもなんでもなかったし、
商店街とも縁がなかったんだ。
今、なんで俺が商店街にいるのか……。
それはある事件がきっかけだった。
父が寝タバコで火を起こした。
同じ部屋で寝ていたはずなのに、父も母も自分の命の方が大切だったみたいだ。
俺をひとりにして、外へ逃げた。
現場にいたばあちゃんは、血相を変えて火の中へと突入していったらしい。
俺を胸に抱くと、必死になって出口へ向かった。
けど、煙を吸ってしまったせいで……。
ばあちゃんに命を助けてもらった俺は、海外に転勤する両親について行かず、
日本に残る決意をした。
その事件がきっかけなのか。
俺がおばあちゃん好きになったのは。
ばあちゃんが亡くなったとき、父と母は大きな葬儀を行おうとはしなかった。
じいちゃんは『子どもを助けて死んだ親をなんだと思ってるんだ!』と
キレたらしいが、父も母も大きな葬儀を上げようとしたじいちゃんを止めた。
きっと、俺を見殺しにしようとしたことと、ばあちゃんがそのせいで死んだことに
罪悪感があったからだろう。
だからと言って、参列者が家族しかいない寂しい葬式をあげられたばあちゃんの
思いはどうなる?


「これは……みんなの生前葬でもあるけど、ばあちゃんのためでもあるんだ。
ばあちゃんが密葬だったから、その代わり派手に……ってね」
「そういや小さい頃、そんな話あったな」

宗太郎が昔を思い出すように俺と一緒に空を眺める。

「僕らが仲良くなったのって、幼稚園時代からだもんね。
それ以前のことはあまり記憶ないっていうか……でも、隼くんがそう言うなら、
僕も協力したいって思う」
「オレもだぜ!」
「桂都、宗太郎……」

ふたりの幼なじみは、ずっと俺のそばで支えてくれたんだな。
俺は桂都と宗太郎の手を取ると、泣きながら頭を下げた。

「ありがと、な。ふたりとも……俺のわがままにつきあってくれて」
「いいってことよ」

宗太郎は照れて笑う。
桂都もにこやかな表情を浮かべている。

――本当に俺は、幸せ者だ。

桂都と宗太郎に励まされ、俺は一度ふたりと今後の打ち合わせをするために
家に帰った。
すると……。

「あーもう! 文句はうちのガキんちょに言ってください!」

仏具店には今日周った店の看板娘やら親父さんやらが集まっていた。
もしかしてこれって、クレーム!?

「おお、隼! みんながお前を出せってうるせぇんだわ」
「な、何!?」

話を聞いてみると、みんなギロリと俺をにらむ。
そして誰かひとりが声を上げた。

「生きているのにお葬式をあげるなんて、不謹慎です!」
「それは確かにそうなんですけど! 俺の意見も聞いてくださいっ!」
「聞けるかい! わしらはまだまだ現役じゃい!」
「現役だからこそ……動けるときでこそ、
思いっきり自分が好きなことをやりましょうよ!」
「だがっ……!!」

レジの場所に立った俺に、商店街のメンバーが文句を言う。
予想通りだったとはいえ、さすがにこれだけみんなに否定されたら……。

「どうするの? 隼くん」

不安そうに桂都が俺を見る。
いつもは堂々としている宗太郎も、今日は顔色が悪い。

「まずいぞ、隼。商店街のみんなを敵に回したら……お前の店も干されるぞ!」

それにあっけらかんと返事をしたのはじいちゃんだった。

「いや? うちは特殊な店だから、別に干されはせんよ」
「あ、そ、そうっすか」

じいちゃんがそういうなら俺も強く出られる!

「生前葬は不謹慎なものではありません! 
生きているうちに自分が主役のパーティーが開けるんです!
さっき説明した通り、自分の好きなことができるんですよ!?」

「そんなパーティーをしてるくらいの、お金の余裕はないわよ!!
この商店街はもう終わりなんだから!!」

あ、キタ。
……俺がプッツンときてしまう言葉が。

『この商店街はもう終わり』。

「……隼?」

拳を震わせている俺を、眉毛を八の字にして見つめる桂都。

「暴れるなよ? 堪えろ。オレたちはまだガキなんだから」

宗太郎は俺をおさえようとしているんだろう。
だけど俺は暴れたりはしない。
ただ、言いたいことは言わせてもらう!

「ふふっ、『商店街はもう終わり』? ……違うでしょう。
死んでるのは、あんたたちの方だ!!
寂れていくこの街を、どうすることもできないんだから!!
あんたたちには生きた屍って言葉がお似合いだよ!」

「なっ!?」

仏具店に来た大人たちは、ガキの俺に暴言を吐かれて顔をしかめた。
しかし俺は続ける。
大人がわからなくてもいい。
ばあちゃんを亡くした俺とじいちゃんを迎えてくれた
さざなみ商店街……。
俺は、俺の思いは、商店街とともにあるんだから!

「この街はまだ死んでいない……でも、きっともう助かりはしない。
だったら! だったら最後にどでかい花火、みんなで打ち上げましょうよ!
今まで俺たちを育て、守ってきてくれた『さざ波商店街』のためにっ!!」

集まっていた大人たちは無言になる。
そのとき――。
ガラッと仏具店の扉が開いた。

「隼はいるか?」

振り向くと、そこにいたのは堂本のじっちゃんと、
かわいこちゃん系な……まるで電波系アイドル風な格好をした
愛らしいおばあちゃんだった。

「堂本のじっちゃん!? うちの隼がご迷惑をおかけしたようで……」

じいちゃんが頭を下げると、堂本のじっちゃんが俺の前に行けるように
みんなが道を作る。
やっぱりじっちゃんも怒って……?
冷や汗がじんわり出るが、じっちゃんは表情ひとつ変えずに
俺に言った。

「いや、わしは隼のいう『生前葬』に興味があってきた」
「えぇ!?」

俺、桂都、宗太郎の3人は声を上げた。
どういうことだ? 堂本のじっちゃんが、生前葬に興味って……。

「隼」
「は、はい!」
「生前葬ではなんでもできると言ったな? 例えば……わしの居合の腕を見せることは
可能か?」
「もちろんです。刀が振るえる場所と許可があれば……」

まさかの展開で、俺は正直ちびりそうだった。
だって、あの商店街一頑固なはずのじっちゃんだぞ!?
生前葬フェスに興味を持ってくれるなんて、誰が予想した!?

「じっちゃん、怒ってないの? さっきは『たわけ』って……」
「ああ、あれはこんな愉快なことをなぜ教えてくれなかったのか、という意味で
声を張り上げただけだ」

なんだよ! じっちゃん、紛らわしいわっ!!
完全にキレられたと思ってたのに。

「あの~、隼ちゃん? 私の話も聞いてくれるかいねぇ?」
「あの、お嬢さんは……」
「はははっ、お嬢さんなんて言われたの、な~ん年振りっしょ。
あたしゃ、八百屋の山崎だよ。ほら、二代目のなぁ」
「山崎さんのところの!?」

山崎さんのところは二代目の看板娘がいるって、確かにそう聞いていた。
だけど、さっきは顔も見せてくれなかったし、
てっきりご病気か何かで顔を出すこともできないと思っていた。
山崎さんも乗り気じゃなかったから、きっと遠くの街で入院か病院通いをしていると
思ったんだが、こんなにピンピンしているなんて。

「山崎の家にはあまりいなかったから、あんた方とは初めて会うねぇ。
あたしゃ暇さえあれば、海外に旅行してるんだよ。
世界を知りたくってねぇ……。あと、これでも日本舞踊の師範なんよぉ。
それで呼び出しがかかることも多くって。
親にはよく『八百屋さ継がねぇで、なにしとっと!』って怒られたっけねぇ」

山崎さんの二代目看板娘にそんな過去があったとは……。
過去じゃないか。現役だな、この人は。

「生前葬のことは聞いたさぁ。あたしはねぇ、生きているうちに
自分の踊りをみんなに見せたいんよ。そういうこともできるのかい?」
「ええ、舞台をご用意することもできますよ」
「あっは、それは心強いねぇ。あたしゃ、生前葬ふぇす? とか言うたっけ?
それに協力するよぉ」
「……わしもだ。自分のため、そして商店街のためになるのなら、な。
ショッピングモールとやらができる前の、最後の祭りだ」

一番年齢の高いじっちゃんと、八百屋の山崎さんところの二代目看板娘が
協力すると言ってくれた。
これは心強い。

すると、少しずつ集まっていた人たちの態度も変わってきた。

「わし……実は有名な棋士と将棋の対決をやってみたかったんだが……
そういったことも可能なのか?」
「ええ!」
「私は自分が作った服の発表をしたかったのよね。
ファッションショーをするのがずっと昔からの夢だったのよ。
それもできるの?」
「舞台の演出までもご自分で決められますよ」

「だったらやるぜ! 生前葬!!」

ひとりが声をかけると、俺が立っていたレジの前に人が列を作り始める。
署名をしていって、最後のひとり。
そこにいたのは平松さんだった。

「ねぇ、隼ちゃん。少し私がやりたいことは特殊なんだけど……」
「どんな内容ですか?」
「実は……」
「……え?」
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