〇第6章

文字数 4,755文字

そしてドキドキしながら迎えた当日――。
小学校の運動会の日みたいに、ポン、ポンと合図が空に響く。
本日は晴天なり。

7:00に起床した俺は、朝ご飯をさっと食べると
商店街の寄り合い所へ向かう。

……ここもちょっと前まではいかがわしい店があったけど、
今は違う。
また商店街のみんなの場所になったんだ。

俺と桂都、宗太郎のほかに集まったのは、
俺のじいちゃんを含め12人のお年寄り。
彼らは3日間で生前葬を行うメンバーだ。
他に来ているのはわざわざ地元から来て店を出してくれている
みなさん。
SNSやテレビなどのおかげで人が集まり、
今まで閉まっていたシャッターはすべて開けられた。
少しホコリっぽかったけど、屋台みたいに使うのには問題はない。
店を開けるために必要な手続きもバッチリだ。

……商店街は3日間だけ、再び息を吹き返してくれる。

「それではみなさん、よろしくお願いしますっ!」
「おうっ!」

こうして俺の企画した『生前葬フェス』が始まった。

「どうかな? 人の入り」

桂都はドキドキしながら公民館の一室をのぞく。
昨日のうちにパイプいすをいくつか並べ、
お茶やお菓子が自由に食べられるようにした。
ま、ゆっくり将棋を観賞するならいい環境だろう。
俺は特に深く考えていなかったんだけど、
今日目の前にした光景にさすがに言葉を失くす。

「えっ……マジで!?」

宗太郎が驚くと、俺は人差し指を口の前に立てた。
正直俺もびっくりしたよ。部屋にはたくさんのおじさん。
中には小学生や中学生もいる。
イスは足りなかったみたいで、ほとんどが立ち見だ。
生前葬で将棋をやりたいと言った伊勢崎さんだが、
将棋ってそんなに人が集まるものなのか?
この人たちは商店街の関係者じゃなさそうだし……
なんでこんなに人が集まったんだろう。
正面にあるテレビは、隣の和室と会議室の映像が交互に映される。

『先手、3六歩』

テレビの様子を見ると、きちんと時間を計る人や棋譜を書く人も座っている。

『まだ始まったばかりですからね~。
竜王相手にどこまで伊勢崎さんが戦えるかってところでしょう』

竜王っ!?
伊勢崎さん、そんな人を対戦相手として呼んだのか!?
伊勢崎さんは俺たちが対戦相手をどうするかと相談したとき
『大丈夫、大丈夫。人はこっちで声をかけるよ』なんてとぼけてたけど……。
どこにそんな大物を呼びつけることができる力があったんだ!
それに隣の会議室には大きな基盤。
アシスタントの人が駒を動かし、隣にいる男の人が説明をする。
これってまんまテレビと一緒だよな。
だからみんなここまで来たんだ。
俺の方がびっくりだよ……。

ともかくここは問題なし。
次の場所は小学校の校庭だ。

「おいしょっ! おいしょっ!!」

堀部さんの生前葬は、
『みんなで餅をついて、酒を飲みながら紅白歌合戦をする』という
ものだっけ。

ここは子ども連れが多く遊びに来ていた。
それとなぜかよくわからないが、オタクっぽい格好の男性が多い。
なぜだろう……。
しかし、さすが堀部さんだな。
堀部さんの家は元米屋だ。
最近じゃ餅つきなんて滅多にしない……
いや、もうみんな買った餅しか食ってないか。
堀部さんはテンポよく餅をつく。
できあがった餅は、さっそく子どもたちに配られる。
親御さんには樽酒だ。
始まりの挨拶のときにでも割ったんだろう。
すでに升で酒を飲んでいる大人もたくさんいた。
俺たちは餅つきが終わったあと行われる、
紅白歌合戦の最終チェックだ。
飛び入り参加は可能だから、歌う人間の順番は問題ない。
ただ、機械やマイクは正常に動くかチェックはしないとな。

「あ、あー」

マイクはハウリングすることなく響く。

「大丈夫そうだね」
「こっちもOKだぞ」

宗太郎画面を確認して、大きく頭の上で丸を作った。
堀部さんのところは大丈夫そうだな。
何かあったらスマホに連絡するように伝えているし、
次の生前葬の場所へ移動しないと。
そのとき、会場がざわついた。

「あっ! YOK15のミキちゃんだ~!」

YOK15……って、アイドルの!?
振り向くと、本当にアイドルがいた。

「みんな~! 紅白歌合戦には、私も出場しまぁ~す!
応援してねぇ~!」
「うおおお!!」

オタクたちが叫ぶ。
これが目的だったのか。
しかしみんなどんな人脈を使ってるんだか。
竜王にせよ、アイドルにせよ……。

これから3日間は忙しい。
生前葬は葬式……だけど祭りでもあるんだから。

3つめの舞台は、海の近くにあるコンテナが
いくつも置かれている場所。
こんなところで何をするのかというと……。

「あっはっは! くらえ~!!」

苗木さんの生前葬は少々……いや、かなり過激だ。
なんでかというと……。

「うわあっ!!」

さっそく桂都が被弾した。
べっちゃりと赤い液体が頭を伝う。
……これは血じゃない。
廃棄用のトマトだ。

本当のことを言うと、苗木さんがこんなに過激なおばあちゃまだなんて
知らなかった。
いつも自分で編んだニット帽をかぶっていて、
まるでお人形さんみたいだと思っていたのに……。

『私ねぇ、スペインに行ってみたかったの』

苗木さんにどんな生前葬をしたいのかヒアリングをしたところ、
彼女はそう言った。
やっぱりかわいい人だ、なんて俺は勝手に思い込んでいた。
だが、彼女の夢はスペインに行くことでも、タパスを
現地で食べることでもなくて、
スペインの祭り……『トマティーナ』と呼ばれる
トマトを互いに投げつけ合う祭りに参加したいというものだった。

彼女のことを知る他の商店街のお年寄りに聞いたところ、
苗木さんは昔からの祭り好きだったらしい。
年を老い、足腰が弱くなってからは自重していたようだが、
昔はケンカ祭りや火祭り、だんじりなどにも参加していたと聞いた。
きっと苗木さんは、最後の最後でも大きな祭りで盛り上がりたかったんだ。

「むっ、敵発見!」

苗木さんは隠れていた少年に向かってトマトを投げつける。

「よっしゃ! ヒットじゃあ~!!」

ガッツポーズする苗木さん。
ああ……あなたは品がよくて優しいおばあさまだと信じていたのに……。
もちろん元気があることはいいことなんだけども、
ここまではさすがに元気がありすぎというか、
少々お転婆?
おばあさんに使う言葉なのか、これは。

苗木さんのところの生前葬も、子どもから大人までが参加している。
まるでサバイバルゲームだ。
でも、サバイバルゲームとは違って、被弾してもトマトは投げ続けられる。
降参という概念もなさそうだ。
ケガだけはしないといいけど……。

「うわぁ~ん、シャツまで真っ赤……」
「おい、隼! ここは大丈夫だ! 
見回り、あとは山崎さんのところだけだから、一回寄り合い所へ
戻ろう!」

泣きそうな桂都を連れて、俺と宗太郎は苗木さんの生前葬会場を
あとにした。

見回りが終わった俺たちは、そのまま商店街へと向かう。

「うわ……すげぇ」

俺たち3人はぽかんと口を開けて、そのまま言葉を失っていた。
商店街の空き店舗に入っていた出店には、
たくさんの人が並んでいる。
子ども連れや学生なんかもいて、信じられないくらい活気があふれていた。

「やった……」

俺がようやくひとこと声に出すと、
桂都も宗太郎も飛び上がった。

「うん、やったよ! 商店街に人がたくさん!」
「これは成功って言っても過言じゃないだろ!」

テレビの中継車も来ているし、
錆びていたのを、俺たちがペンキを塗りなおした『さざ波商店街』の看板を
スマホに収めている人もいる。
じいちゃんたちが駅前で配っているチラシやパンフレットを見て、
どこの生前葬に行こうか迷っている人なんかもたくさん……。
嬉しいことにどの人も笑顔だ。
『生前葬』だから、本当は葬式。
葬式っていうものは悲しみに包まれているものなのに、
こんなにみんなの気持ちを明るくさせていいのだろうか?
……という疑問は嘘。
本当はこのイベントが成功して、みんなを楽しませることができて、
俺は……。

「ちょっと、隼くん。泣くのは早いよ」

この日のために作った、さざなみ商店街Tシャツに着替えた桂都は、
俺を引っ張ってはっぴを着せる。

「そうそう、フェスはまだ1日目なんだから、
盛り上げないと!」

宗太郎も長袖の上からTシャツをかぶる。

俺たちの仕事は見回りと、オリジナルグッズの販売だ。
『稼ぎ時は頭を使ってできるだけ多く稼げ』。
イベントがあるときは商売の大チャンス。
この日のために桂都が描いたマスコットキャラクター・
イルカの『なみちゃん』キーホルダーや、
ふたりが着ている商店街Tシャツも販売している。
今日は苗木さんのトマト祭りもあるから、
きっと帰りにTシャツは多く売れることだろう。

俺たちは16:00まで物販を続けると、本日ラストの生前葬の
会場へと向かった。

1日目の最後の生前葬は、山崎さんだ。
自称・世界を見てきた日本舞踊家であり、八百屋の看板娘は、
一番人が入れる場所を用意してくれと指定してきた。
この街で一番人が入れる場所は……。

「結局ここなんだよな」

暁葬祭センターの、一番格式が高く、お偉いさんの葬儀に使うホールだ。
だけど今日は生前葬。遺体はない。
だが、山崎さんのおばあちゃまの美しい着物姿の大きな写真が、
舞台前に飾られている。
遺影……っていうわけでもないが、まるでポスターみたい。
会場には生け花が飾られていて、和を感じさせる。
あとは踊りを見ながら食事ができるように、立食式にしているようだ。
野菜や果物に細工が施されていてきれいだけど、
きっとこれは山崎さんの店で野菜や果物を買っていったじいちゃんが
手伝ったんだろうな。

しばらく待って時間になると、司会者が出てくる。
山崎さんも俺たちが手伝おうかと声をかけたとき、
『ヒ・ミ・ツ!』とウインクしてたんだよなぁ。
めちゃくちゃかわいくて胸がドキッとしたけど、
今はちょっと違う感じでドキドキしている。
今日生前葬を見た3人はどれも半端なかった。
伊勢崎さんは竜王たちを召喚するし、
堀部さんは現役アイドルが登場。
苗木さんはトマトを投げつけまくる……。
そして最後の山崎さんは何をするつもりなんだ。

『山崎紀子、生前葬。本日取り仕切らせていただくのは、
私、吉野川渡です。どうぞよろしくお願いいたします』

挨拶とともに拍手とざわめきが起こる。
吉野川渡って、有名なアナウンサーだよな!?
俺はさらに周りを見渡してみる。
外国人が多いな……。しかもみんな立派なスーツだ。
この人たち、何者!?

司会の挨拶が終わると、山崎さん本人が
壇上で来てくれた客にお礼をする。

「本日は私の生前葬へようこそおいでくださいました。
商店街のみなさんを始め、私の友人であるポルトガル、シンガポール、
フランスの外交官の……」

なっ!?
この人たち、外交官なの!?
俺は開いた口が塞がらない。
乾杯の前に料理をつまみ食いしていた宗太郎は聞いていないようだったが、
桂都は思わず咳込んでいた。
……本当に、山崎さんって何者なんだよ……。

生前葬1日目、何とか終了した俺たちは、仏具店の俺の部屋で
ごろんと横になっていた。

「くっそ疲れた……」

商店街に活気が戻ってきたことは素直に嬉しかったけど、
それよりも驚いたのは生前葬を挙げていたみんなの謎の人脈やら力やらだ。
やっぱり無駄に長生きはしていない。
そこは尊敬するけど……。

「みんなやりたい放題過ぎ」

自分が主役になる。
きっとみんな、普通に生きていてもどこか思っているんだ。
俺たちはその舞台を用意した。
だから、『やりすぎ』なんて言葉は頭に浮かばない。
やりたいことを悔いのないようにやってみせるのが、
生前葬なのかもしれないな。

「明日も振り回されるかもな、老人パワーに」

俺がそうつぶやいても、ふたりの反応はなかった。
もうすでに眠りに落ちていたのだ。
俺も、もう寝よう。
明日身体が持たない。
お年寄りよりも貧弱だったら、笑われてしまうからな。
眠りに落ちるのは一瞬。
目を閉じるとすぐに、俺は夢の世界へと迷い込んだ。
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