〇第7章

文字数 3,126文字

「うお、すっげぇ……」

本日もよい天気に恵まれた。
これも神様とか仏様とかのおかげなのだろうか。
今日の生前葬は、野外で行われるものが2つあったから、
天気がよくて安心だ。

空からパラシュートで落ちてきたのは、畳屋を営んでいた
神谷さん。
見学者からも大きな拍手がわくが、それだけじゃない。
パラシュートを外すと、神谷さんはスポーツカーに乗り込み、
浜辺をドリフトする。
ブオンブオン大きな音を鳴らして円を描くと、今度は車が積んであるところを
全速力で目指す。
踏み台を越えて、大ジャンプすると爆発が起こった。

「………」

俺たちはもちろん、見学者も固唾をのむ。
しばらく煙がすごかったが、小さく人の形が見える。
こちらへ歩いてきたのは、ヘルメットを取った神谷さんだった。
腕を高く上げると、観客から大きな拍手がわく。

「……生前葬だからできる演出……だな」

俺がつぶやくと、桂都は呆れた顔を見せた。

「だからって死に急ぐようなことしなくてもいいのに……」

まったくもってその通りだから、俺も宗太郎も口をつぐんだ。
神谷さんは異色の経歴を持つじいちゃんだった。
若い頃、親に反抗して一度家を出て、スタントマンをやっていたらしい。
だが、お父さんが亡くなったのと、自分も大ケガをしたということで
スタントマンを辞めて畳屋の跡を継いだ。
今日の車やパラシュートで飛び降りる演出は、本当はかなりお金がかかるものだ。
しかし神谷さんの昔ながらの友人の力と、神谷さんが持っていたタンス貯金の
6000万で勝手に準備してしまったから、やらせてあげるしかない。
人生で最後のスタントショーなんだから。

「あと、今日は梨本さんと市井さん……そして堂本のじっちゃんか」

梨本さんは自分の作った服でファッションショーを開くらしい。
市井さんは前も言った通り、DJパーティーだ。
ふたりの生前葬に行く前に、俺たちは神谷さんのスタントショーの
片付けをしないといけない。
最後の堂本のじっちゃんも、ここの浜辺を使うからな。
生前葬が終わると、急いでクレーン車などを呼び
車を回収してもらう。
あとは砂浜の整備だ。
それが終わると、俺たちは砂浜に居合で使う巻藁を埋めていく。

「ふう、こんな感じか」
「ふたりとも! 早くしないと梨本さんのところのファッションショーが
終わっちゃうよ!」

桂都に急かされると、俺たちは走って小学校の体育館へと向かう。
体育館は壇上の前にランウェイも作った。
俺たちがついた頃にはすでにショーは始まっていて、
モデルさんたちがそこを闊歩していた。
彼女たちも、生前葬を行う本人である梨本さんが声をかけた
本物のモデルらしい。が、着ている服は正直……。

「俺、服のことわかんねーけど、あーいうのがモードっていうのか?」

宗太郎の視線の先には、サランラップを身体に巻き付けたモデルが
いた。

「……俺もわからん。桂都は? お前、この中で一番センスいいんだし、
少しはわかるか?」

話を振ると、困ったように首を捻る桂都。

「……ごめん」

彼の意見はこのひとことに集約されていた。

ファッションショーを抜けると、
そのまま小学校のプールへ移動。
今はシーズンじゃないので、水は張っていない。
しかし、プールの中にはたくさんの若者たちがいた。

『DJ.SACHI! Let’s Party Time!!』

男の声が流れると、大音量で音楽が鳴る。
特設DJブースにいるのは、大きなサングラスをかけて
アロハシャツを着ている市井さんだ。
そしてそのわきには、例のお坊さんたちがいる。
……クラブみたいな出し物に、お坊さん?
前から気になってたけど、何をするつもりだ?

「行くぜ! テクノ般若心経!」

市井さんはディスクを回す。
それに合わせて、坊さんたちの読経が入る。
シュールすぎやしませんか?
一種異様な光景に、俺たちは言葉を失くす。
お坊さんたちもよくこんなイベントに参加してくれたよな……。
あの生臭坊主だったら報酬次第で出てたかもしれないけど。
あ、そうか。この人たちも報酬が高いんだ。

そのうちプールには泡が巻かれ、
若い人たちはそれをかぶりながら踊り続けていた。
……般若心経で踊れるのもすごいな。

「い、行こう」

俺たちにクラブはちょっと早い、ということにして、
本日最後の生前葬、堂本のじっちゃんの居合を見に向かった。


「………」

太陽が沈む。
夜が来る寸前の、紫色の空。
黒い波の音。
松明だけがじっちゃんを照らす。

その場にいたみんなが無言だった。
前に方にいるのは、じっちゃんの教え子たちだろう。
みんな真剣だ。

「……えいっ!!」

声を上げると、バッサバッサと俺たちの用意した巻き藁を
切り捨てていく。
すべてを切り終えると刀をさやに収める。
大きな拍手がわくと、じいちゃんは満足そうにニヤリと笑みを見せた。


2日目が終わった。
後片付けをして寄り合い所へ戻ると、
じいちゃんたちが寿司を頼んでいた。
もちろん酒も高いやつをガンガン飲んでいる。

「隼、宗太郎、桂都! 生前葬、盛り上がってんな~!!
まさかここまで人が来るとは驚きだ~。
夏の海水浴客よりも多いぞ!」

みんなもうすでに酒が入っているせいか、
へべれけ状態。
特に堂本のおっちゃんは、今日のじっちゃんの居合を見て
感動したらしく、俺の肩を抱いて感謝を述べていた。

「くぅ~っ! 俺はよぉ、今まで親父のことをずっと
『堅物の変人』だと思ってたんだよ……酒屋も継がねぇで
居合なんかやっててさ。じいさんから俺が結局酒屋を継いだが……
親父とは確執みてぇなものがあったのよ。
だけど、今日の生前葬を見て、初めて『親父かっけー!』と
思ったな」

今度は感極まったのか、涙を流し始めるおっちゃん。
これだから酔っ払いは……。
ま、でも生前葬を行った本人だけじゃなく、
その家族も喜んでくれたのなら嬉しい。
企画してよかったって思えるよ。

「明日がいよいよ最終日なんだねぇ~。
ちょっと寂しい気がするわぁ」

山崎のニ代目のおばあちゃんが感慨深くつぶやく。
このお祭りも、明日で終わり。
終わった後、商店街はきっと、前のように寂れた街に戻るだろう。
この3日間だけは、街に魔法がかかっている。
その魔法が解けてしまうんだ。

「………」

俺たち3人はお互いの顔を見合わせた。
今まで一生懸命準備をしてきたのに、終わりだなんて……。
だけど、始まりがあるなら終わりもあるんだ。
まさに人生と一緒なんだな。

俺はパンッ! と自分の頬を両手で打つ。
明日で終わり。
だけど、最後まで気を抜いちゃいけない。
だって生前葬の最後の最後を飾るのは、俺を見つめて微笑んでくれている
平松さんの式なんだから。
俺は平松さんに近づくと、真剣な眼差しで彼女を見つめた。

「平松さん。あなたの生前葬は、一生涯忘れられないようなものにするって
約束しますから」
「ええ、ありがと……げほっ、げほっ!」
「平松さん!?」

突然咳が出たので、俺は慌てる。

「大丈夫ですか?」

近くに会ったウーロン茶を渡すと、平松さんはそれを飲んだ。

「ごめんなさいね、心配かけちゃって。
少しむせたみたい」

……それだけならいいけど。
ただ、ちょっと気になっていることはある。
前組合会長の葬式で出会ったときよりも、
平松さんはやせた。
腕も足も、骨と皮しかないみたいだ。
ちょっとの刺激でも倒れてしまいそうで、俺は不安だった。
彼女、生前葬が終わったら、また前に住んでいた大きな街へ
帰ってしまうかもしれないな……。
美しく、慈愛に満ちた、俺の思い人。
平松さんのことを思っていたから、今まで頑張ってこれたんだ。
だから、彼女にはずっと、商店街にいて欲しい。
でもそんなのは俺の勝手な願いでしかないんだよな。

俺たち3人も大人たちに混じって寿司を食べる。
泣いても笑っても、明日が最終日。
最後まで手を抜かないで頑張ろう。
平松さんのためにも……。

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