〇第5章

文字数 6,796文字

「どうだ? 隼。商店街の『生前葬フェス』の準備は」

今日は梅田の兄ちゃんが仏具店に遊びに来ていた。
元から人の少ない商店街。
ましてや仏具しか売っていない店だ。
客なんて来やしない。

俺と桂都と宗太郎は、みんなのプランに沿って
どんな生前葬にするかプランニングで頭はいっぱいだった。
日程は当初俺が想定していた通り、3日間。
1日4件の生前葬が入り、計12件行われる。
ただ、その12件はすべてがオリジナルの催し物になるから、
ひとつひとつ細かく場所や演出を決めて行かなくてはならないのだ。
そしてもうひとつ重要なのが、タイムスケジュール。
1日目のラストを飾るのは、山崎さんのところの二代目看板娘、安寿さん。
2日目のラストは堂本さんのところのじっちゃん。
そしてオーラスは平松さんの奥さんだ。
本当だったら最終日は堂本さんところのじっちゃんにするのが正しいのかもしれないが、
今回、商店街の『生前葬フェス』を考案するにあたって重要人物になったのが
平松さんだ。
それに、前組合会長の奥さんでもある。
前組合会長はそれだけ慕われていた。堂本のじっちゃんも頼りにしていたくらいだし。
だから平松さんが最後を飾るのがいいと、じっちゃん自身から譲ってくれたのだ。

俺と桂都、宗太郎は、授業中も家に帰って来てからも生前葬のプランニングを
ずっとやっていた。
遊びに来た梅田の兄ちゃんがつまらなさそうにするくらい。

「お~い、ちょっとは反応しろよ~」
「あ、ごめん」

俺が兄ちゃんに謝ると、手を動かしつつ宗太郎も泣き言をこぼした。

「いや~、終わんねぇ、終わんねぇ! 将棋大会は公民館の和室を借りるとして……。
ファッションショーは小学校の体育館を借りないとだな。場所設定だけでも大変なのに、
さらに当事者の衣装だとか、当日の料理だとか、お酒だとか……」

今度は桂都も頭を抱えながら叫ぶ。

「う~ん……お花の数が足りないかも! 普通の花輪じゃなくて、
みんな個別にアレンジした花を置いてくれって言うから~!! 
しかもデザインは絶対かぶらせるなって!!」

「なんだかんだ言って、うまくはいってるじゃん!」
「だけど、こんなにやることが多いとは思わなかったよ……」
「これを見ても、同じことが言えるかな?」

俺が弱音を吐くと、兄ちゃんは自分のスマホを俺たちに見せて、
画像ボタンを押し、動画を再生する。

最初に映ったのは、宗太郎の食堂だ。
じいちゃんたちが集まって、何か話している。

『わしはこの日のために、新しい着物を新調したぞ!』
『俺だって、久々に尺八練習してるんだからな?』

「じいちゃん……」

みんな、生前葬のために、今から服を選んだり練習をしているみたいだ。
宗太郎の食堂は、こんなじいちゃんばかりが集まっている。
みんなの話題は生前葬。
会話が弾むと同時に、どんどん料理も追加されていって
親父さんは忙しそうにしている。

次に移った場所は、あの隣の部屋の音が聴こえるカラオケボックスだった。

『お歌のレッスンはきちんとしないとねぇ』
『ほら、昔オペラをやっていた頃みたく、お腹から声を出すのよ!』
『退出10分前ですが……』
『1時間延長してちょうだい!』

お嬢さんたちが生前葬のために、歌の練習をしている。
しかも朝からずっといるみたいだ。
映っている伝票には、『11:00入室』と書かれていた。

「他にも『手料理を出したい』って人もいるんだろ? 
毎日山のように食材を買っていくじいさんがスーパーに出現してるって。
あと、商店街と反対口にある喫茶店は、毎日じいさんばあさんたちでいっぱいだぞ。
どんな生前葬を送るか、みんなで打ち合わせしているらしい。
このイベントだけで、経済効果はすごいだろうな」

兄ちゃんの言葉に俺たちはびっくりする。
俺たちだけが動くことになると思っていたけど、
お年寄りたちも本番に向けて気合いを入れている。
それに、商店街が回りだしているんだ。
寂れた場所だったのに、宗太郎の食堂はみんなの集会場。
桂都の花屋も、どんな花を当日飾ればいいかたずねてくるお年寄りが多く来るらしい。
堂本さんのところは、生前葬で出す酒のアドバイスをしているとのこと。
だけど笑っちゃうのが、生前葬だからと気前よく一番高い酒を注文する客が多いことだ。
山崎さんのところも、包丁さばきを見せたいおじいちゃんが、
よくフルーツを買いに来るみたいだ。
あと、一番驚いたのは文具屋のじいちゃんの店もどういうわけか
儲かっているとのこと。
どうやら『エンディングノート』を置いたところ、それが異例のヒットになった
ようだ。
そして俺の家――藤柴仏具店はというと、
早々に自分の仏壇を購入する客がたくさん訪れていた。

それとともに俺のスマホも忙しくなる。

「隼です。え? メイクや髪をセットする場所? ああ、困ったな……
ちょっと待ってください! 店が見つかったらまた折り返し連絡します」

商店街が活気づいてきて、6つしかない店も忙しくなってきたのは
いいことなんだが、
手が回らなくなってきているのが問題だ。
美容室は兄ちゃんの母さんがやっていたけど、今はもう店を閉めてしまったし……。

「隣町から人を呼ぶしかないかな?」
「いや、俺様に任せろ! 美容室が必要なんだろ? 店舗をひとつ貸してくれれば、
臨時で店を開いてやるよ。母さんも生前葬フェスは面白い考えだって言ってたし、
多分協力してくれると思う。パーマとかに使う機械なんかも、友達に頼めば……」
「本当!? 兄ちゃんありがとう!」

嬉しい反面、不思議な気持ちだ。
商店街は最後のイベントを開こうとしているのに、
再び閉まっていた店舗に店が入るなんて。

「隼くん! あと、人を泊める宿が必要なんじゃないかな。
みんな親族や知人を呼ぶでしょ? 泊まるところがなかったら……」
「それにはひとつ案がある」

俺は何軒かの家の住所を表にまとめたものをみんなに見せる。
ここの表にある家は、みんな老人のひとり暮らしだ。

「うちの街には、大豪邸に住んでいるのにお年寄りひとりしかいないって
家が多いだろ? だから、そこを素泊まりOKの旅館にするんだよ。
もちろん格安でね。希望があれば食事もつく。
おばあちゃんの手料理が食べたいって人もいるかもしれないじゃん?」
「へぇ、それ、なんだか面白いね」

桂都もうなずく。

あとはSNSや新しく作ったHPで告知しないとな。
生前葬フェスはクリスマス一週間前に行うことに決定している。
さすがにクリスマスとぶつけたら、来客が少なくなると思ったからだ。
今はもう11月最終週。
告知は早くしないと人を集める時間がない。
俺は持っている技術を使い、徹夜でHPを制作した。
あとはこれをリリースすればいい。

「なかなかのできじゃん」

パソコンをのぞきこんだ宗太郎も納得のできみたいだな。
俺たち3人プラス兄ちゃんは、イベントの情報をつぶやく。
だけど、SNSは万能じゃない。
もっと大きな力が必要だ。
俺は『取材のお願い』と書いた紙を、数十枚刷った。
それを封筒に入れ、切手を貼る。
地方新聞社やテレビ局に送って、協力してくれる人を探す。
協力者探しはそれだけじゃない。
ネットを使って色んな店にもお願いをしている。
それ以外には集客を狙って、フェス当日に遊びに来てくれる
ネットラジオのパーソナリティーなんかにも声をかけた。
まだどこからも連絡は来ていないが、俺には確証があった。
『当日は人が集まる』と。
その予感は当たった――。

フェス2日前の暁駅は、普段では考えられないほど
人が多くいた。
みんなフェスに何かしらの理由で関わってくれる人たちだ。
俺たちはみんなの生前葬の準備の合間に、駅前へ集合していた。
なぜかというと、全国放送の朝のテレビ番組が俺たちに取材をしに
来てくれたのだ。

「………」

俺たち3人は借りてきた猫状態。
猫よりもひどいか。まるでお地蔵さんだ。
宗太郎はすでに真っ赤になっているし、桂都は緊張で震えている。
俺も怖いけど……取材に来てくれとお願いしたのは俺なんだから。
2日後に、みんなが見に来てくれるようにアピールしなきゃ!

「それでは今回の『生前葬フェス』を企画した、
3人の高校生を紹介させていただきま~す」

若い女性のレポーターが、俺たちひとりひとりに名前を聞く。
緊張しながらも自己紹介が終わると、
今度はなぜこんなことをしようと考えたのかと
質問された。
代表で俺が答える。

「ここの商店街を盛り上げるためです。このさざなみ商店街は、
普段閑散としています。今は生前葬フェスがあるから、
人が多くいますが……」

「でも、生前葬だなんて不謹慎だとは思わなかったんですか?」

レポーターは笑顔だ。
別に悪気があってこんな質問をしているわけではないと思う。
だけど、俺はその質問にムッとした。
あなたたちは都会の人間だからわからないでしょう。
地方の商店街がどんなにわびしいか、なんて。
昼間なのに商店街はシャッターが閉まっていて、気分まで落ち込んでくる。
やる気をなくしたお年寄りは、自分がただ死ぬのを待っている。
宗太郎の食堂でテレビを見ていたじいさんたちも言っていた。
『死ぬまでの時間は長いな……』と。
仕事もなくなり、伴侶にも先立たれて、もう現世になんて未練はない。
そんな悲しいことをつい最近までずっと言っていたんだ。
死ぬ前に、自分のやりたいことを精一杯やって満足することがいけないことなのか?
人はどうせ死ぬ。何をしても、どうやっても、平等に死は訪れる。
無論、俺にもだ。
悔いのない思いであの世に行きたい……そう思って何が悪い。
俺は自分の意見を胸にしまって、爽やかな笑顔を浮かべた。

「不謹慎かどうかは、生前葬を行う方々の顔を見て決めてください。
みなさん、個人的に感じることはあると思いますから」

さっきまで緊張していた俺だが、はっきりと言い切った。
俺の周りの人たちはみんな協力してくれたけど、生前葬を行うのが
すべての答えじゃない。
でももちろん、みんなに対して俺はありがたいと思っている。
なぜなら、自分の死ときちんと向き合い、
自分が生きていることの喜びを大切にしてくれているからだ。
死を恐れることなかれ。
今のこの一瞬を大事にしろ。
きっとみんなはそんな気持ちで、ひのき舞台に立つ準備をしているんだ。
そのことに俺は、心から感謝の言葉を捧げたい。
……その前に、みんなの生前葬を完璧に上げることが大事か。

取材が終わると、番組のディレクターがターミナル駅で食事でもどうかと
誘ってくれたが、俺たちは首を振った。
まだまだやることはたくさんあるんだ。

「みんなぁ~、ご飯だよぉ! ほれ、一息入れなされ」

商店街の空き店舗に3日間店を出してくれる人たちの手伝いを
していたら、おばあちゃんたち数人が大きなお盆を持って
現れた。
そこにはおにぎりがたくさんのっている。
食事は外食なんかしなくても、おばあちゃんたちの作ってくれるおにぎりで十分。

「あ、やった! 俺鮭だ~!」
「隼ちゃんは鮭が好きなのかい? 多分こっちも同じ中身だよ」
「俺は……きびなごだ」
「若い子はあんまり食べなくなったっしょ」
「うぅ、梅干しは苦手なんだよ~」
「好き嫌いすんじゃないよ!」

おにぎりのお盆の近くには、出店の人たちも集まってくる。

「これ、俺たちももらっていいの?」

たこ焼き屋をやる予定の兄ちゃんが、おばあちゃんにたずねる。

「もちろんだよ。あんたらにはた~っくさん食べてもらって、
いっぱい働いてもらわないといけないからね」
「うわ、やば……塩むすびうま~!! 普通に食べるよりもずっとおいしく感じる!」

当日はクレープ店を出すお姉さんも、大喜びだ。

「……いいねぇ。久しぶりだよ。
こうやって若い子たちとお話しするのは」
「そうだねぇ。なんだか私まで若くなったみたいだわ」

おばあちゃんたちが話していると、おにぎりを食べ終えたお姉さんが
ふたりに自分が作ったクレープを差し出した。

「おばあちゃんたちにデザート! クレープだよ」

「こりゃ、ずいぶんハイカラだねぇ!」
「食べるの、恥ずかしいわぁ」
「何言ってるの! 女の子にスイーツはいくつになっても似合うんだから!
味の感想も聞かせてね」
「あ! じゃ、次は俺のたこ焼きもっ!!」

出店の人たちとおばあちゃんたちの仲もいい感じだ。
俺はその様子をスマホでそっと撮影した。

出店の準備が大体終わった頃、傘をかぶったお坊さんたちが5人
俺たちに声をかけてきた。

「君、市井さんのご自宅はどこか知らないか?」
「市井さんの家だったら、商店街を抜けて右に曲がってすぐですよ」
「そうか。ありがとう」

……市井さんも確か今回生前葬をする面子に含まれているけど、
あんなにたくさんお坊さんを呼んで、何をするつもりなんだ?
俺はどんなイベントをやるかおおよそのことが書かれている
紙を確認する。

「市井サチ、市井サチ……『泡パーティー』……DJは市井さんがやるんだよな」
「だったら今の坊さんたちはなんだ!?」

宗太郎も驚いている。70代のおばあちゃんがDJやるっていうのも
相当だけど、お坊さんを呼んで何をする気だろう……。

「隼くん、今連絡があって、海近くのコンテナにトマト全部用意できたって」

スマホを手にしていた桂都が俺に報告する。
俺はそれを聞いて、やらなくてはいけないことの表に印をつける。

「おーい、隼!」

じいちゃんが仏具店から顔を出す。
どうやら確認したいことがあったようだ。
結局今回は、じいちゃんも生前葬を挙げることにした。
孫が企画したからっていうのもあるけど、
俺の父や母に仕切ってもらう形式ばった葬式じゃなくて、
自分が主役の式を挙げたいって言ってくれた。

「当日の荷物の運び込みはどうすればいいか?」
「グループの人が運んでくれるって言ってたよ」

じいちゃんはそれを聞くと、急いで出かける準備をする。

「お、おい、じいちゃん?」
「少しの間、留守にする! 若いもんにばっかりやらせてたら、
生前葬の意味がないだろう!」

じいちゃんはそう言うと、自分が式を挙げる場所へ
すっとんでいった。
困ったな。店を空けるわけにはいかない。
もしかしたら俺にたずねことがあるからって、
お年寄りが来るかもしれないし……。

「ふたりとも悪い。
ちょっと俺、じいちゃんが帰って来るまで店番するわ」

「ああ、わかった」
「僕たちに任せて!」

ふたりはイベントが行われる場所の地図や
必要なものが書かれたリストを持つと、
軽く俺に手を振って仏具店を出て行った。

「おうおう! どうよ、隼! 繁盛してっか~!!」

入れ違いに来たのは、生臭坊主……ではなくて、
正剛さんだった。
正剛さんはレジの前にイスを勝手に持ってくると、
俺の正面に座る。

「お前も考えたな! 生前葬をみんなでやるなんて!
おかげでこっちも商売になってるよ!」
「そうなんすか? みんなの式はオリジナルのものだから、
正剛さんの出番はないでしょう。読経とか、お願いされてましたっけ?」

正剛さんは大きく首を振ると、何も書かれていない位牌を持ってきた。

「これ、ここの仏具店で6つは買わせてもらったぞ。
死ぬ前に自分で戒名をつけたいってお客が結構いてな。
戒名にもランクってもんがあってよ、なんと全員が一番高いもんを
受注したんだよ!」
「へぇ……」

まさか正剛さんの商売にも影響するなんてな。
きっとみんな、お祭り気分なのかもしれないな。
だから財布のひもが緩くなるんだ。

「あと、ここの仏具店だって、利益は出てるだろ?」
「最近店に立っていなかったのでわからないですが……」
「俺、木魚新しいの30個取り寄せてもらったんだぜ!!
しかも芸術品とまで言われているやつとか、古くて格式あるやつとかな」
「はぁっ!?」

うちに利益を与えてくれるのはありがたいんだけど
……だからなんで木魚なんだよっ!!

「そうそう、言ってなかったけど、これな!」

懐から紙を取り出す正剛さん。
それに書かれている内容を見て、俺は目を剥いた。

『生前葬フェス同時開催:木魚展示会、戒名ご相談(成覚寺)』

「ちょっと! 何同時開催決めちゃってるんですかっ!」
「え~、いいじゃん。持ちつ持たれつよぉ、商店街は」

確かに商店街ではみんなで協力し合うようにって決まりがある。
でも正剛さんところは寺だぞ!?
寺が商売していいのか?

チラシを見て固まってると、正剛さんは俺の肩をポンポンと叩いた。

「商店街が活性化するのが目的だろ? 俺も一緒に盛り上がりたいんだって!」
「……まぁ、いいですけどね。
ただ、他のお坊さんに怒られないようにした方がいいですよ」
「他の坊さん?」

俺はさっき市井さんの家に向かって行った数人の僧侶の話をした。
ま、宗派は違うかもしれないけど、同業者と言えば同業者だし……。
『天罰が下るぞ!』とか言われちゃうかもしれないな、正剛さんは。

「は、はっはっは! 大丈夫だって! ともかく当日はうちの出し物も
よろしくな~!」

正剛さんは笑いながら席を立つ。
が、足元に置いてあった段ボールにつまずき、
コケそうになる。
さっそく天罰、かな。
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