〇第9章

文字数 2,478文字

年末――。
俺たちの元に、一通の手紙が来た。
平松さんの遠い親戚からだ。
それは、平松さんの奥さんが亡くなったという内容だった。

「なあ、じいちゃん。俺……
平松さんが見たがっていた『活気のある商店街』、
ちゃんと見せてあげられたかな?」

「ははっ、愚問だな。お前は十分やったよ。
ま、俺が一番びっくりしたのは、みんなのタンス貯金の額だ。
広岡のじさまなんぞ、1億だぞ!? 泥棒にあったらってこっちが不安だ」
「はははっ」

生前葬フェスで得た収入は微々たるものだった。
こりゃ、赤字覚悟だとは最初から思っていたが、
生前葬をやるお年寄りたちはどこかしら余裕を見せていて、
違和感があったんだよな。

そりゃあタンスの中に1億も入っていたら、いくら赤字が出ようと
好きなことをやるでしょう。
じいちゃんに笑わせられた俺だけど、あの日の花火を思い出す。

俺が好きになった平松の奥さんはもういない。
ただわかったのは、俺は平松さんにばあちゃんの姿を
重ねてたってことくらいだな。
どことなく雰囲気が似てると思っていたから。
あとからじいちゃんに指摘されて、ようやく気づいた。
今まで好きになってたおばあちゃんたちもだ。
……なんか一気に冷めちゃったなぁ。
おばあちゃん大好きの老女フェチだったのに。


西口のショッピングモール建設は、着々と進んでいる。
むしろ『生前葬フェス』に便乗して、街を大きくしようとしている。
まったく、悪者はとことん悪だよな。
銀竜会が裏で糸を引いているのは知っていても、
俺たち一般人がどうこうできる相手ではない。

組合会長であるじいちゃんが決めたことはひとつ。
『自分たちが現役でいる限り、東口のさざなみ商店街はみんなで守る』ということ。

それによかった話もある。
寂れてはいたけど、フェスのあとに空き店舗が2つ埋まった。
クレープ屋さんとたこ焼き屋だ。
商店街では珍しい、若者の経営する店だ。
クレープ屋の中村さんも、たこ焼き屋の鈴木さんも
ここの土地に住む人たちが好きなんだって。
おばあちゃんなんかは新しいスイーツショップができたので、
身体を気にしつつもよく食べに行っているみたいだし、
たこ焼きは酒のつまみにいいとか言って、
じいさんたちがよく買うようだ。

「……それで、隼。問題はお前の今後だ」
「え? 言ったじゃん。俺はこの仏具店を受け継ぐって」
「それがなぁ~……」


じいちゃんはレジの下から風呂敷を取り出す。
中に入っていたのは、札束だった。
1、2、3、4……1束100万だとして、
これは一千万くらいあるんじゃないか!?

「ど、どうしたの!? こんな大金……」
「平松の奥さんが、お前に託した金だ」

じいちゃんは一通の封書を俺に渡す。
……平松さんの字だ。

平松さんはフェスが終わってすぐに病院へ運ばれ、
そのまま入院。
お金は看護師さんの隙を見て、外出したときに持ってきたらしい。
この金を使って、大学に通ってほしいと綴られていた。

「なんで大学なんかに……?」
「大学では街の過疎対策を研究するような場所もあるんだよ。
彼女はお前にうちの商店街みたいな寂れた街を救ってほしいって
思ったんだろうな」
「でも、俺は……」

いくら平松さんの頼みだからって、こんな大金もらって大学へ?
勉強も何もしてないのに……。

『最後に、活気のある商店街を見せてくれてありがとう。
あの人が残してくれた街を見ることができて、私は幸せでした』

「平松さん……」

「俺はお前にすべて任す。自分の将来はお前が決めろ。
……まぁ、お前が大学卒業するまではこの店も、商店街も守るからよ」

「………」

俺は……。
俺は………。


「カモメがすごいな」

ここの海はきれいで澄んでいる。
地元の海が懐かしくなってしまうくらい。
今俺が来ている街は、温泉で有名な土地だ。
あちこちに旅館はある。
しかし旅館はたくさんあっても、どういうわけかお客が来ない
過疎観光地になっている。
もったいないな……。
昨日泊まった旅館だって、地元の魚介がおいしかった。
この土地の引き出しはたくさんあるのに……って、
そこをどうするか考えるのが俺の仕事か。

俺は結局、平松さんの意向をくんで、大学に進学することにした。
受験するにはギリギリだったな。
高校2年の冬から、正月返上で猛勉強の日々。
でもそれは、俺だけじゃなかった。

桂都はあのフェスのとき、山崎さんが日本舞踊を披露した際に
自分で活けた花を飾った。
それが偶然フランス大使の目に留まり、ぜひ卒業したら
フランスに来てくれとお願いされた。
そのことを母親に話したら、大賛成されてしまったらしい。
とはいえ、桂都の生け花は自己流だ。
だから正式に生け花を一から学んだ。それとフランス語も。
今はフランスで活躍してるとか、してないとか。

宗太郎も親父さんにいい意味で裏切られてしまった。
ある日高校から帰ると、料理専門学校の入学パンフを
投げつけられたと言っていた。
親父さんは知っていたんだ。
宗太郎の料理のセンスを。

『定食屋はプロの仕事だ。三ツ星ホテルの料理長になってからじゃねぇと
店は継がせない』

そう言われたらしい。
ぶつくさ文句はたれていたが、宗太郎もその道に進むことには
最終的に納得した。
今はまだ料理長ではないけど、三ツ星ホテルに勤めている。
俺たちだけに披露するのにはもったいないと思っていたから、
俺は素直に嬉しい。

「藤柴主任、ここの案件は……」
「そうだな、一度会社に年始にまとめよう。
年末だし、君も実家に帰るんだろ?」

季節は巡り12月。
思い出すのはあの日の結婚式。

「あーあ、俺も平松さんみたいに
尽くしてくれる嫁さんが欲しいなぁ~」

温泉街から一度都心へ出て、地元へ続くローカル線へ乗り換える。

乗車カード入れの中に入っている、俺の宝物を手に取る。
2枚の写真。
1枚は高校2年の冬の俺たち3人と、
商店街の仲間たちの写真。
そしてもう1枚は、俺にとって大事な死んだばあちゃんの写真。

「もうすぐ着くな。暁駅――」。

西口にショッピングモールができてどんなに栄えても、
暁駅東口のさざなみ商店街は変わらない。
俺は……今もさざなみ商店街の一員だ。
桂都も、宗太郎も。

俺たちの街は死ぬことはない。
永遠に生き続けるんだ――。

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