〇第8章

文字数 6,234文字

3日間晴れた日が続いたのは、冬の気候だからだろうか。
しかし本当にラッキーな3日間だったな。
空を見上げた後、今日のスケジュールを確認する。

「芝居にテニス大会、尺八演奏会に平松さんの生前葬か」

残すところ生前葬もあと4つ。
そのうちの2つは俺にとっても大切なものだ。
じいちゃんと平松さんの生前葬。
絶対に成功してもらいたい。

「ところで芝居って?」
「ほら、本屋やってた広岡のおじいちゃんだよ」

桂都にたずねた宗太郎は、それを聞いて難しい表情を浮かべた。
宗太郎の気持ちはなんとなくわかる。
俺たちが小さい頃にあった本屋の主人、広岡のじいさんは
ハッキリ言って『偏屈』だ。
読書家なところはよく見習えってじいちゃんにも言われていたけど……
なんというか話す言葉すべてが哲学者っぽいんだよな。
言ってることが難しくてよくわからないのに、
芝居かぁ……。
しかもこの芝居、脚本も監督も主演も広岡のじいちゃんだ。
どんな舞台になるんだろう。

俺たちは昨日ファッションショーを行っていた
小学校の体育館に向かう。
すでにランウェイを撤去して、代わりに舞台前にずらっと
イスが並べられている。
芝居が始まる少し前、俺たちは広岡のじいちゃんの体調を見に
舞台裏へお邪魔していた。

「広岡さ~ん……げ」

そこにいたのは全身を銀色のタイツでキメたじいちゃんだった。
やっぱりどうかしてる……いや、独創性にあふれた格好だな。

「今日はどんな演目なんですか?」

ナイス、桂都。
桂都のいいところは、目上の人に対してのみだが、
つっこみたいところをうまくスルーしてくれるところだ。
こいつのおかげでなんとか平静を保てる。

「光あふれる場所に我、降臨す。前に広がる目、目、目……。
我、演じるは鏡。愚者の心を映し、真の己を見つけ出させることが使命」

「あはは……すごいですね」

桂都もつい、愛想笑いを浮かべた。
何言ってんだ。
もう広岡のじいさんは相変らず過ぎるっ!
偏屈っていうか、もうこれ、単なる中二病じゃねーか!
どうやら他に人もいないから、じいちゃんの独り舞台になるんだろうな……。

「おっと、そろそろ次元を超えて昔の我に戻る時間。
少年たちよ、地に悲しく置かれた流線形の上に腰かけるとよい!」

……要するに、そろそろ開演時間だから
舞台の客席に座れってことか。
大丈夫かな、広岡さん。
これ、客来るの……?

俺たちが客席に向かうと、そこそこの数のお客が入っていた。
広岡さんは天涯孤独だけど、こうして生前葬に来てくれるような知り合いは
いるんだな……。
ブザーが鳴りアナウンスが響くと、
さっそく舞台にライトがパッと当てられる。
そこには一脚のイス。
木琴の不協和音とともに踊りながら出てきたのは、全身タイツが光る広岡さんだ。

「……生と死は鏡なり」

ひとこと発すると、くねくねといすの周りを動く。
……なんだ、これ。

「なんだこれ」

宗太郎! それ、今俺も思ってたことだ!
だけどここで声に出して言うなよ!
一応この舞台は、ずっと広岡のじいさんがやりたかったことなんだから。
生前葬に水を差すことはいけない。
俺は「しーっ」と口の前に人差し指を当てる。
だけどこれ、本気でわかる人いるの?
来ているお客もこれじゃ帰っちゃうんじゃ……。

「素晴らしい……! 生と死、矛盾を反映し、葛藤を描いている……!」
「は?」
「さすが広岡の御前だ。我々にもその矛盾を示しているのか。心に刺さる……」

なに、この人たち。
なんで泣いてるの!?
ってか、これ、泣くような演目なの!?
全身タイツのじいちゃんが、舞台で意味わからんこと言いながら、
動き回ってるだけだよねぇ!?

「桂都、わかるか?」
「ご、ごめん」

宗太郎も桂都も理解不能のようだ。
しかし、ここにいる客たちは満足しているし、
広岡さんもやりたかったことをやっているんだから
生前葬としては成功……なんだろうな。
大人になればなんでもわかるようになると思ったけど、
大人になってもわからないものはわからない。
きっと、広岡のじいさんの今日の舞台は、
一生忘れないと思う。
ついでにいうと、一生理解できないかもしれない。
ともかく、ひとつめの生前葬はつつがなく進行している。
次だ。

広岡さんの芝居の裏で行われているのが、
池田さん夫婦の生前葬だ。
池田さんはおしどり夫婦だと有名だったので、
ふたり一緒に生前葬をすることにしたらしい。
生前葬の場所は、近くの高校のテニスコートだ。

「はっはっは! さあ、最後にわしらと戦うのは
誰だろうなぁ?」
「まぁ、ダーリンったら! 誰が勝っても私たちが優勝間違いなしよ!」

おふたりはテニスウェアを着て、他の選手がウォーミングアップをするのを待っている。

「絶対負けないっ!!」
「親父ども、俺たちをバカにしやがって……!」

「ねぇ、隼くん。やたら試合相手の若い人たち、やる気満々じゃない?」
「あれは池田さんの息子さんやお孫さんだよ。なんでも子どもや孫を競わせて、
最後に勝った組と池田さん夫妻が勝負するらしい」
「すげぇな、それ。世代間戦争ってわけか」

ふたりには言わなかったが、どうやらこの勝負は
ただの世代間争いってわけじゃない。
池田さんの旦那さんは、酒の席で言っていた。

『1位になったやつに、すべての遺産を相続させる』と。

ちなみに1位が池田さん夫婦だった場合、全額寄付するらしい。
そりゃ、お子さんやお孫さんは本気にならざるを得ない。
親族からしてみたら、まさに遺産を賭けたデスマッチといったところか。

「1回戦、孫・洋二、直人対息子健一夫婦!」

池田さん、ノリノリだなぁ……。
審判も兼ねているのだが、もうすでに好き放題しまくってる感じがする。
親族を争わせて、思いっきり楽しんでる……。

見学に来たお客も、鬼気迫る表情で試合に挑んでいる
池田家の面子を見て、興奮しているようだ。

「まぁ今日のところ、一番危険なところはここだけど、
次回る場所はじいちゃんのところなんだよな。行かないと」
「だったら俺たちが監視してるよ。試合が終わったら、
先に平松さんの会場で準備しておく」
「ありがとな!」

俺はふたりに感謝すると、じいちゃんが生前葬を行う公民館へ急いだ。

公民館に到着すると、もうすでにバンドのチューニングは終わっていた。
お客と一緒に俺も客席側に入る。『席』といってもほぼオールスタンディング。
前方にあるイスは、お年寄り用だ。
今回の尺八演奏会はバンドバージョンということで、
ゲストに公募したバンドマンたちを呼んでいる。
じいちゃんの尺八と、バンドのコラボだ。
自分の祖父ながらよくそんなことを思いついたもんだと、俺は感心した。
ライトが一度消える。
次についたときには、バンドメンバーがステージに上がり楽器を手にしていた。
最後に出てきたのが本日の主役。じいちゃんだ。
尺八を持った手を挙げると、客席から歓声がわく。
多分バンドの方のファンの人だと思うんだけど、そこはノリってやつだ。

じいちゃんが真ん中に立つと、メンバーに視線で合図をする。

「俺の生前葬へようこそ!」

一斉に始まる演奏。
…ちょっと、待てよ。演奏って何すんの!?
じいちゃん家ではあんまり練習してなかったみたいだし、
俺も運営の仕事で忙しかったからな。
激しいドラムとベースのリズムに、ギターソロ。
そこにねじ込まれてくる尺八。
すげぇ、動画サイトで聞いたことある曲だ。
じいちゃん、こんな曲演奏できるんだ……。

ばあちゃんが死んでからずっと、俺はじいちゃんに育ててもらってきた。
今までじいちゃんについて知らないことはないと
思っていたけど、今日また新たな面を知った。
じいちゃんだけじゃない。みんなを見て思ったことがある。
なんていうかな。
お年寄りは確かに年齢も上で、身体なんかも若い人よりはハンデがある。
でも、新しいことに興味がないってわけじゃなく、
そういうことにチャレンジするだけの気力がなかっただけなんだ。
実際、俺らが予想していた以上のことをみんなやってのけた。
将棋の対戦で大物が来るなんて誰が予想した?
カラオケ大会だって……。
おばあちゃんがトマト祭りをやりたいなんて、聞いたこともなかった。
空から降ってきたじいさんは、その後大爆発。
理解不能なデザインでショーを開き、若者顔負けでターンテーブルを回す。
海辺で見せた刀さばきは、もはや映画のワンシーン。
前衛的な芝居はマニアックな客に大人気。
遺産争いすらテニス大会にしてしまう、発想力。
本当はみんな、若い人と同じように色んなことに興味を持つ。
だけど、『自分は年だから』ってだけでかせをつけて、
何もできなくなってしまう。
生前葬を開催することで、
俺はみんなについていたそのかせをとることができたんだ。

曲が終わると、じいちゃんはマイクに向かった。

「今日、こんな素晴らしくて若いバンドとコラボできて、俺は幸せだ!
この機会を作ってくれた我が孫に、今更だけど感謝する。
ここにいるかわかんねぇけど……ありがとな、隼」

大きな拍手が起こる。
俺は恥ずかしくて、ステージを見ることができなかった。
……恥ずかしさとともに、胸がじんわりと熱くなる。
泣きそうになるのを我慢していたんだ。

「次にやる曲は、うちの死んだばあさんに捧げる。
バンドのみんなに協力してもらって、編曲してもらった。
……『荒城の月』」

しっとりとした演奏が流れる。
ばあちゃんもあの世でじいちゃんのステージを見てるのかな。
……見ててくれるといいな。
そう思うと涙がこぼれそうになる。
俺はじいちゃんのステージを最後まで見ずに、外へと出た。

「遅いぞ! 隼」
「そうだよ、隼くんは着替えもあるんだから……」

平松さんの生前葬は、海辺で行うことになっている。
時間は18:00からだが、俺は早くにつかないとまずかった。

「で、床と十字架は?」
「バッチリ! お前がほとんど作業しておいてくれたから、
組み立てるだけだったよ」

俺が浜を見ると、そこには木材を打ち付けて作った床に
パイプいすが並べられていた。
そして中央には赤いじゅうたん。
その先にあるのが十字架だった。

平松さんの生前葬。
これを『生前葬』と呼ぶのがふさわしいかはわからない。
彼女の願いはただひとつ。

『ウェディングドレスが着てみたい――』。

平松さんが組合会長と結婚したのはずっと昔だ。
親御さんたちは教会式よりも神前式を望んだらしい。
だから、純白のウェディングドレスを着たいというのが
彼女の要望だった。
それなら――と俺が彼女のために考えたのが、
教会で結婚式を挙げること。
と言っても、うちの街にチャペルなどはない。
あるのは寺だけだ。
だから急きょ、浜辺に十字架や参列者席を作り、
そこで挙式しようと考えたのだ。

「平松さんは?」
「今梅田の兄ちゃんたちがメイクとかしてくれてる。
ほら、隼くんも急いで!」

俺までなぜ着替えるのかというと、
平松さんと一緒にバージンロードの途中まで
歩くからだ。
新婦の父親がそうするように。

ふたりに急かされて、俺はタキシードに着替える。
サイズもぴったりだ。さすが梅田の兄ちゃん。

「花嫁さん、到着したよ~!!」

海辺に到着したタクシーの中から、
白い百合が降りてくる。

「……きれいだ」

俺が真っ赤になっていると、
平松さんは笑った。

「ふふっ、おばあちゃん相手に何を言ってるの。
今日はよろしくね。隼ちゃん」

今まで俺たちに見せてきた、
悲しい気持ちを押し殺した笑顔じゃない。
今日の平松さんは、本当の、
心からの笑顔を見せてくれている。
彼女の晴れの日――。
俺は隣を歩くことを許されたんだ。
それだけで胸がいっぱいだった。

12月にもなると、17:00の時点で
辺りはすっかり暗くなる。
いつも見ていた黒い海。
でも、今日は波の音さえもBGMに聴こえる。
その頃になると、商店街のメンバーや
生前葬を終えた面子がラストを飾る
平松さんの姿を見に海へとやってくる。
その中で、意外な人が来ていた。

「ちょっと、正剛さんっ! あんた何しに来てんですか!
仏教徒でしょ!! しかも袈裟姿で……。
今日、一応教会の神父さんも来るんですよ!?」
「同じ街の女性の晴れ姿、見に来るに決まってんだろ~?
宗教なんて関係ない、関係ない!! はっはっは!」

むちゃくちゃだ、この人。
坊さんが教会式に来るなんて……。
あ、そう言えば。

「正剛さん。木魚展示会と戒名相談、人来たんですか?」
「意外とな。子ども連れがそこそこ来てた。
木魚が200も並べてあるイベントなんて、そうはないぞ?」

正剛さん、とんでもない坊主だな……。
もうなんでもありかよ。
ま、この『生前式フェス』自体、なんでもありだったから
いいのか。

「それより隼は、そういう格好をすればなかなかイケメンじゃないか?」
「正剛さんに褒められても嬉しくねえっす」
「あら、本当よ? 隼ちゃん、とっても素敵。
こんなに若い子にエスコートしてもらえるなんて……
天国であの人がヤキモチを妬くかもね」
「そ、そんなことないですよ!」
「くっ……平松さんに褒められたら素直に赤くなるくせに……」
「ほら、正剛さんは席に座って!!」

18:00。
音響係の宗太郎が、結婚行進曲を流す。

「それでは行きましょうか」
「ええ」

控室にしていたテントから、会場までは
砂浜が間にある。
そこを歩くと白いヒールに砂が入ってしまうし、
ドレスも汚れてしまうな……。
そうだ。

「平松さん、ちょっと失礼しますよ」
「きゃあっ!」

耳元にキュートな声が聞こえた。
俺が平松さんをお姫様抱っこしたのだ。
平松さんは恥ずかしがって、顔を隠している。
……かわいいなぁ。
こんなかわいい人、あの世の組合会長に返すの、
嫌になっちゃったよ。

バージンロードにつくと、ゆっくりと平松さんを下ろす。
そこで歓声が沸いた。

「いいぞ、隼!」
「きゃあ、ロマンチック~!」

近くの街から呼んだ神父さんが、胸に平松組合会長の遺影を持って
俺たちの前を歩く。
俺は平松さんと腕を組むと、ゆっくり、ゆっくりと
前に進む。

バージンロードを半分まで歩くと、
平松さんは俺から手を離した。

「隼ちゃん、本当に、本当にありがとう」

神父さんから遺影を受け取ると、
それを胸にひとりで俺たちが作った十字架の前まで歩く。
そこでBGMは止んだ。

「Ms.花代。誓いの言葉を」
「はい」

波の音だけが聴こえる。
空にはたくさんの星。
まるで組合会長が平松さんを見守っているみたいだ。

平松さんはブーケを持ったまま、
誓いの言葉を口にした。

「私は、あなたを生涯変わることなく愛することを誓います
……いえ、この人生が終わったあとも、
ずっと……ずっとあなたを愛し続けます」

一途な平松さんの声。
薬指にはずっと変わらずにつけていたであろう指輪が光る。
今日の彼女の目に、涙はない。
ただ優しい微笑みだけを浮かべている。

――パアンッ!!

式が終わったと同時に響いた
突然の大きな音に、みんなが空を見る。

視線の先には花火。
その光景に、平松さんは目を大きくし、驚く。
これは俺からのサプライズ。
生前葬フェスに協力してくれる花火師さんを
片っ端から探して、やっと見つけたんだ。
俺は平松さんに近づくと、にっこり笑った。

「花火……あなたにもう一度見せることができて、
よかった」
「隼ちゃん……」

ぼろぼろと新婦はきれいな涙をこぼす。
俺はそんな平松さんを支えながら星を見つめる。

ばあちゃん。
俺はあなたを死なせてしまったけど、
ひとりの女性を喜ばせることはできたよ。
これで少しはばあちゃんの自慢の孫になれたかな?

夏の暑い夜に見る華じゃない。
冬に上がる花火――。
その場にいるみんなが、様々な思いを胸に
空を眺める。

こうして静かに、『生前葬フェス』は幕を閉じた――。
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