第9話 ハロウワールド

文字数 2,881文字

 テスト期間が終わり7月に入って、文芸部は活動再開。

「視聴回数……3回、かぁ。誰がこんなの観たんだろう」
「私は自分で1回だけ再生してみた。だからあと2回は別の人ね」

 ミイナは動画サイトのアナリティクス画面を閉じた。昨日、一子(かずこ)がアップした動画はおよそ5分の内容で、制作中のゲームを再生した場面から始まり、開発環境画面を映しながらゲームのルールを解説したり、これから実装予定の機能を紹介したり。一子の喋りに合わせて白地に黒縁の字幕が表示されている。立ち絵は右下にこぢんまり表示されていて微動だにしない。

「あっ、4回になったよ」
「下村が今、再生したからでしょ。……まあ、いっこ目の動画なんてこんなモンね。続けていったら視聴回数も増えていくでしょ、たぶん」
「ねえ、この女の子の絵、動かせないの?」
「画像のパーツ分けとか、セッティングとか、色々と複雑で大変なの。美術部にそこまで頼めないし、ひとまずこれでやっていく予定よ」

 そっかぁ、と残念そうに(つぶや)き、ミイナは自分のパソコンのディスプレイに向かいかけて、思い出したように(たず)ねる。

「そういえば、仕様書はどうなったのかな。そろそろ(れい)ちゃんに教え始めてる?」
「下村は麗と連絡先交換してないんだったっけ。あっ、私もしてない! メッセージアプリ開いて!」

 相変わらず会話が成り立たないなと思いながら、ミイナはスマホのメッセージアプリを開いてQRコードを見せた。一子がそれをスマホに読み込ませ、すぐにスタンプを送りつけてきた。

「あれ? よく考えたら、イッチーはこっちに来なくてもリモートで()いような気がしてきた」
「あのね、リモートじゃ空気感がないでしょう。分かる? 空気感」
「分かんないけど、ここに来たいってのは分かったよ。ごめんね意地悪なこと言って」

 一子は鼻を鳴らして、もう一度ノートパソコンに映る動画サイトを眺め、今度は寂しそうな顔で溜息を()いた。

「このゲーム、グラフィックは抜群だから動画映えすると思ったのに、実際に動画で観るとなんか寂しいのよね」
「そうそう。史緒里(しおり)ちゃんのグラフィックは……。そうか! 確かに画面が寂しいよね。違和感の正体はソレだったんだ」

 遅れて両手をパンと合わせ、ミイナは天井を仰ぐ。

「何が足りないんだろう」
「パーティクルの演出が無いからじゃない? 去年作ったゲームにはあったんでしょ」
「去年はほとんど輝羅が作ったようなものだからねぇ。あたしはただのデバッガー。パーティクルか。参考書にちらっと書いてあっただけだし、輝羅に相談してみるよ」
「輝羅さんがここに来る時は教えなさいよ。私も立ち会う!」

 一子の鼻息が荒くなった。コロコロと表情を変える一子に、ミイナは吹き出しそうになる。

「はいはい。ところで仕様書は?」
「……まだ。私だけで作ると意味ないから、麗に教えながら一緒に作ってあげるつもり」
「よろしくお願いします。貴方(あなた)には期待しておりますヨ」
「何よ、そのキャラ」

 ふたりはついに吹き出して笑う。

「お、珍しく楽しそうだね」

 史緒里が窮屈な姿勢で部室に入ってきた。ホワイトボードはまだ引き取られておらず、いまだに出入りの邪魔になっている。

「イッチーが動画をアップしたんだよ。全然再生されてないけど」
「へえ、動画がたくさん再生されたら、部費になるのかな」
「そういえば、このアカウントはイッチー名義?」
「違うわよ。部活用のアカウント作るって言ったら、高島先生が部活用のメールアカウントを貸してくれたの。だから……高島先生次第ね」

 史緒里は窓際の席に着く。モデリング作成用のパソコンに電源を入れたところで、一子がハッとして史緒里を見た。

「星川、もしかして2Dのライブ用モデリングをしたことあるんじゃない?」
「もちろん。ボクは映像の仕事に(たずさ)わりたいんだからね。アニメーションに関わることには大抵、手を出してるよ」

 一子は真面目顔でミイナを(にら)む。その視線の意味するところを理解したミイナは、小さく息を()いた。

「ね、ねえ史緒里ちゃん。もし良ければ、だけど、動画用の2Dモデリングをお願い出来たらなー、なんて。えへへ……」

 恐る恐る切り出したミイナに史緒里は少しの間、(うつむ)いて何やら考える。一子とミイナは固唾を飲んで、史緒里の様子を(うかが)う。

 しんと静まり返った部室の中を、妙な緊張感が支配する。
 そして、史緒里が口を開こうとした時。

「お疲れ様でーす。あっ、お姉ちゃん、また来てる」

 麗が陽気な声とともに部室の引き戸を()けた。面倒くさそうにホワイトボードを()けながら入ってくる。

「ちょっと麗! 今、大事な話してるの。邪魔しないで」

 麗はぺこりと頭を下げて、上目遣いに(みんな)の様子を見ながらホワイトボード前の席に座った。
 史緒里はその動きを目で追いながら、微笑んで喋り始める。

「今のところボクのパートでやることがないから、作ってもいいよ。だけど、無料版だとあんまり複雑な動きはさせられないと思う」
「ちょっとでも動けばそれで()いの。……やった! これで動画のクオリティが上がるわ!」

 いつの間にか一子の右手がミイナの左手を(つか)んでいた。一子の手が少し震えていることに気付いたミイナは小さく、良かったねと(つぶや)いた。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 麗は一子が持ち込んだノートパソコンの画面を、うんざりしたような顔で眺めていた。

「こ、これが仕様書……。いっこのゲームを作るのに、こんな量のデータが要るの?」

 フォルダの中にエクセルファイルが十数個あり、それぞれのファイルがたくさんのシートで構成されている。フローチャートや謎の数値だらけの表が並んでいて、見ているだけで頭が痛くなってきた。

佐久羅(さくら)高が去年コンテストに出したゲームの仕様書よ。ほとんど私が書いて、デバッグで進行不能バグとかあったから途中で何度も修正したやつ。なかなかボリュームあるでしょ」
「こんなの書いてたら、9月になっちゃうよ。まだアイデアも中途半端にしか出てないのに」

 ミイナもふたりの後ろから画面を(のぞ)き、麗の肩に手を置いた。

「ウチのゲームはこんな細かい動作タイミングの数値とか要らないから大丈夫。ひとまず、おおまかなゲームの進行とステージ構成、あとはエネミーのステータスとかアイテムのデータとか、それくらいを夏休みが始まるまでに書いてもらいたいな」
「夏休みって……3週間しかない! お姉ちゃん、わたしだけじゃ無理だよ」
「だから、私も手伝うって言ってるじゃない。っていうか手伝えって言ったの麗でしょ」
「うう……。お願いします……」

 ミイナはホワイトボードに目を移す。去年は3か月前のタイミングで何のゲームを作るのかさえ決まっていなかった。簡素な仕様書を作ったのもギリギリだった。よく期限に間に合ったもんだと思う。

「夏休みの間にある程度は仕上げないと厳しいだろうね。あたしもプログラミングの本を読みながらだし、まずはゲームとして成立させたいから、仕様書ヨロシクゥ!」

 そう言って麗の肩を軽くポンと押し、ミイナは自分の作業に戻った。
 麗はテーブルに突っ伏してひとり(つぶや)く。

「ブラック部活……?」
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