第22話 モノリシック
文字数 1,731文字
時は流れて、3月。
木々は芽吹き、春の足音が近付いてきた頃。文芸部の部室はザワザワと騒がしくなっていた。
「この制服、いい匂いねクンカクンカ」
「イッチーさぁ、最終話を奇妙な台詞 から始めるのやめてもらっていいかな」
12月に提出した作品の、プレゼンの日が来たのだ。一子 がプロデュースした文芸部制作のパズルゲームは、第一次選考と第二次選考を通過した。本日のオンラインプレゼン後の審査で最終結果が決まる。
プレゼンはプロデューサーがやるべきと全員一致で決まり、制服は輝羅 が余りを持っていたので貸すことになった。そうして江九里 高校の制服を着た一子は、オンラインプレゼン用のノートパソコンの前に座り待機している。
「あの……、篠崎 先輩。もう髪は触っていただかなくて大丈夫ですよ。もう十分 セット出来てると思います」
「そう? でも一子ちゃんの髪、艶 があって綺麗だからいじりたくなっちゃうのよね」
今作ではほとんど出番のなかった篠崎 萌絵奈 は、美術大学への進学を決めていた。すでに幾つかの作品展で受賞しており、ゆくゆくはイラストレーターになろうと考えているとかなんとか。
「萌絵奈は前々回出番があった私に嫉妬してるの。最終話くらいはきちんと出たかったんだって」
奥山 霧子 は父親の紹介で、有名なジャズベーシストに師事することになった。現在所属しているインディーズバンドのベーシストとしても引き続き活動していくそうだ。
「プロフェッサー、前のグループのプレゼンはあとどのくらい?」
北川 輝羅 は横浜の理系大学に合格した。情報学部でソフトウェアについての知識を得て、有名なゲーム会社に入 り売れるゲームを作ることが今の目標だ。
「あと3分の予定だ。紫乃木 さん、操作は問題ないか?」
高島は……まあ、どうでもいいか。ずっと教師を続けるんだろう。
「問題ありません。ミイナ。カンペはもうちょっと左でお願い」
「はいはい。……あ、下の名前」
「なによ、下の名前で呼んじゃダメなの?」
「ううん。とっても嬉しいよ」
一子は耳を赤くして、ふいっと窓の方 を見た。麗 がそっとミイナに耳打ちする。
「お姉ちゃん、ずっとこうやって呼びたかったみたいです。部屋で練習してましたから」
「ちょっと麗、余計なこと……」
「紫乃木 さん、出番だ。カメラとマイクがオンになったら話し始めてくれ。3……、2……、1……」
高島が手で合図する。一子は震える両手に力を込めて、精一杯の笑顔を作り、カメラを見た。
「江九里 高等学校、文芸部2年の紫乃木一子です。この度 は……」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ミイナと史緒里 は校庭にある古びたベンチに座っていた。
「惜しくも受賞は逃しました……か。ゴメンね、史緒里ちゃん。受賞歴を作ってあげたかったのに」
「いいさ。まだまだチャンスはあるんだし、ゲームじゃないグラフィックコンテストだってたくさんあるからね。ボクらの可能性は、いつだって無限大だよ」
「すっごいポジティブ。いいなぁ天才は」
「天才なんかじゃ……。あ、そうだ。ボクが卒業後に入ろうと思ってる会社、プログラマーの募集もしてるんだけど、一緒にどう?」
「高卒かー。お母さんが許すかなぁ。今度、ちらっと話してみるね」
青空を飛行機が滑って行く。あの一直線に引かれた飛行機雲みたいに、まっすぐ夢へ向かっていける人はどのくらいいるんだろうか。
「無料配布したハクスラもイマイチな評価だったし、こんなんじゃ新入生にアピール出来ないよねぇ」
「今年は新歓、頑張ろうか。簡単プログラミング講座とか、3Dグラフィック制作体験とかやってみる?」
「それ、良 いかも。目指せ文芸部存続! プロジェクトだね」
空を見上げながら喋っていると、2階の渡り廊下から輝羅の声がした。
「そんな所にいたのね。麗さんが次のゲームのアイデア大発表会をするから、部室に戻って来て」
「うん! すぐ行くよ」
ミイナと史緒里は立ち上がる。ひと伸びして、史緒里が微笑んで言う。
「ついに世界をあっと言わせるゲームの誕生かな?」
「どうだろう。案外、普通のRPGかも知れないよ」
ふたりは笑う。
まっすぐ進めなくても、壁にぶつかっても、あたしたちなら大丈夫。
あの場所にはいつだって、愉快な仲間たちがいるんだから!
〈了〉
木々は芽吹き、春の足音が近付いてきた頃。文芸部の部室はザワザワと騒がしくなっていた。
「この制服、いい匂いねクンカクンカ」
「イッチーさぁ、最終話を奇妙な
12月に提出した作品の、プレゼンの日が来たのだ。
プレゼンはプロデューサーがやるべきと全員一致で決まり、制服は
「あの……、
「そう? でも一子ちゃんの髪、
今作ではほとんど出番のなかった
「萌絵奈は前々回出番があった私に嫉妬してるの。最終話くらいはきちんと出たかったんだって」
「プロフェッサー、前のグループのプレゼンはあとどのくらい?」
「あと3分の予定だ。
高島は……まあ、どうでもいいか。ずっと教師を続けるんだろう。
「問題ありません。ミイナ。カンペはもうちょっと左でお願い」
「はいはい。……あ、下の名前」
「なによ、下の名前で呼んじゃダメなの?」
「ううん。とっても嬉しいよ」
一子は耳を赤くして、ふいっと窓の
「お姉ちゃん、ずっとこうやって呼びたかったみたいです。部屋で練習してましたから」
「ちょっと麗、余計なこと……」
「
高島が手で合図する。一子は震える両手に力を込めて、精一杯の笑顔を作り、カメラを見た。
「
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ミイナと
「惜しくも受賞は逃しました……か。ゴメンね、史緒里ちゃん。受賞歴を作ってあげたかったのに」
「いいさ。まだまだチャンスはあるんだし、ゲームじゃないグラフィックコンテストだってたくさんあるからね。ボクらの可能性は、いつだって無限大だよ」
「すっごいポジティブ。いいなぁ天才は」
「天才なんかじゃ……。あ、そうだ。ボクが卒業後に入ろうと思ってる会社、プログラマーの募集もしてるんだけど、一緒にどう?」
「高卒かー。お母さんが許すかなぁ。今度、ちらっと話してみるね」
青空を飛行機が滑って行く。あの一直線に引かれた飛行機雲みたいに、まっすぐ夢へ向かっていける人はどのくらいいるんだろうか。
「無料配布したハクスラもイマイチな評価だったし、こんなんじゃ新入生にアピール出来ないよねぇ」
「今年は新歓、頑張ろうか。簡単プログラミング講座とか、3Dグラフィック制作体験とかやってみる?」
「それ、
空を見上げながら喋っていると、2階の渡り廊下から輝羅の声がした。
「そんな所にいたのね。麗さんが次のゲームのアイデア大発表会をするから、部室に戻って来て」
「うん! すぐ行くよ」
ミイナと史緒里は立ち上がる。ひと伸びして、史緒里が微笑んで言う。
「ついに世界をあっと言わせるゲームの誕生かな?」
「どうだろう。案外、普通のRPGかも知れないよ」
ふたりは笑う。
まっすぐ進めなくても、壁にぶつかっても、あたしたちなら大丈夫。
あの場所にはいつだって、愉快な仲間たちがいるんだから!
〈了〉