第7話 ダイアローグ

文字数 2,860文字

 一子(かずこ)佐久羅(さくら)高校の授業を終え、自身が所属するゲーム研究部に軽く顔を出してから、小走りで江九里(えくり)高校へ向かった。

「今日はー、何をー、しようかなー」

 ウキウキの気分で入校許可証を着け、正門から入り、何だコイツといわんばかりの生徒たちの視線をものともせず、文芸部の部室を目指す。

 勢い良く階段を上がったところで女子生徒とぶつかってしまった。体勢を崩した一子は、階段を落ちそうになる。

「やばっ……」

 その瞬間グイッと腕を引っ張られ、ぶつかった女子生徒に抱き寄せられた。

「大丈夫?! ごめんなさいね。……あれ、佐久羅(さくら)高?」

 その金髪の生徒は、一子の顔をまじまじと見つめる。(ほの)かに甘い匂いがして、一子は頬を紅潮させた。顔が近い。

「あの……もう大丈夫です。こちらこそすいませんでした……」

 ぎゅっと抱きしめられた体勢から放たれ、一子は大きく息を()いた。

「私、文芸部の招待部員です。ほら、これ」

 入校許可証を見せると、輝羅(きら)はにんまりと微笑んだ。

「そう。じゃあ、ひとつ貸しが出来たってわけね」
「え?」

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 ふたりで文芸部の部室へ。
 すでにミイナがひとり部室の中にいて、換気のために窓を()けているところだった。

「もう暑いんだから、エアコンつければ()いのに」

 一子がハンカチで汗を拭きながら言うと、ミイナはアニメキャラの(えが)かれた団扇(うちわ)を渡した。

「去年の文化祭の時に、美術部が配ってたの。結構、涼しくなるよ」

 輝羅(きら)は窓に近付いて、風を受ける。長い金髪が六月の生暖かい風で揺れた。一子はその姿をぼんやりと眺め、ついつい(つぶや)く。

「綺麗……」

 その言葉に、ミイナは怪訝(けげん)な顔つきで一子の(ひたい)に手を当てる。

「熱はないみたい。ああ、でも外見は確かに、そうかもね」
「ミイナ、今日はその子とお話しをしに来たの」
「分かってるよ。こちら、イッチーこと紫乃木(しのき)一子(かずこ)さん。イッチー、あちらは北川(きたがわ)輝羅(きら)さん。3年生の幽霊部員」

 輝羅は窓際のパイプ椅子に座り、足を組んだ。

「何でカズコなのにイッチー? まあ、いっか。イッチーさん、どうぞ、そこに座って」

 うながされるがままに一子は椅子に腰掛けた。いつもの威勢の良さがないことに気付いて、ミイナは奇怪(きっかい)なものを見るような目つきで一子を(にら)んだ。

「イッチー、大丈夫? 保健室行く?」
「行かないわよ。別になんともないから。……えっと、北川さん、私に何か?」
「去年、文芸部はゲームコンテストに応募して、2次選考止まりだった。あなたのプロデュースしたゲームは入賞したそうじゃない。今回は文芸部を手伝ってくれるって聞いたけど、ちゃんと本気でやるつもりあるのかしら」

 一子はミイナと目を見合わせ、もう一度輝羅の方を向く。

「本気じゃないとダメなんですか? 今回は下村……さんとウチの妹を育てつつ、星川さんが賞を獲れるようにって方針のはずです」
「だからって、手を抜いたモノを作るっていうのは、クリエーター志望の私としては見過ごせないの。去年は、あの時点で出来得(できう)る最高のゲームを作ったつもりよ。その中で色々と()めたり、深夜まで追い込みしたりもしたわ。必死に作り上げたからこそ、3年生はその(あと)、自分たちの夢に向かうことが出来た。ミイナたちにも、納得して作品を提出してもらいたいと思ってる」

 珍しくまともなことを言った輝羅を、ミイナは怪訝(けげん)な……もう、ミイナの眉間(みけん)には物凄い(しわ)が刻まれている。まるで新人の刑事(デカ)が現場で初めて死体を見た時のような顔だ。
 一子は左の眉をピクっと動かして、少し考えた(あと)に答える。

「文芸部はこれで終わるわけじゃありません。他にもゲームのコンテストはあるし、コンテストじゃなくたって、自分たちの活動を発表する場はあるんです。例えば……」

 そこで、一子は一時停止した。ミイナが一子の目の前で手を振り、呼びかける。

「どうしたの? イッチー」
「……閃いた! 下村、ゲーム制作の過程を動画サイトに上げましょ!」
「ええー、面倒くさいよ。動画って作るの時間かかるんでしょ?」

 露骨に嫌そうな顔をするミイナだが、輝羅はその提案に目を輝かせる。

「いいじゃない。動画で人を呼んでおけば、どこかで公開した時にたくさんダウンロードしてもらえるかも。それなら、コンテストで落ちたってゲーム作りが無駄にならない」
「ですよね! 私、動画作れます。なんならウチの美術部の子に立ち絵を描いてもらって、私か(れい)が声を当てて、高校生がゲーム作ってみた、みたいな。どう、下村?」
「まあ、勝手にやってくれるなら、いいけど。史緒里(しおり)ちゃんと麗ちゃんの承諾も取らないとね」

 一子は席を立ち、ホワイトボードに近付くと、ビッシリと書かれた文字を消し始めた。麗が頑張って書いたランダムイベントのアイデアもどんどん消去されていく。
 そして、ホワイトボードは真っ白になった。

「今から動画のアイデアを出していきましょう! 目指すは登録者1000人!」

 輝羅も立ち上がり、ホワイトボードの前で一子とキャッキャし始めた。
 その光景を絶望の眼差しで見るミイナ。そうか、このふたりは似ているのだ。出会わせてはいけないふたりだったのだ。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

「それでわたしが書いたイベントのアイデア、全部消されたわけですか」

 次の日、部室に入ってすぐに悲しそうな表情を浮かべた麗は、ミイナから事の次第を伝えられ、がっくりと肩を落とした。
 遅れて入ってきた史緒里も、ミイナの話を聞いて苦笑いを浮かべた。

「さすが輝羅とイッチーだ。あれらがタッグを組んだら、悲惨なことになるに決まってる。ふたりとも言うことと行動が支離滅裂だからね」
「まあ、動画はイッチーが勝手にやってくれそうだし、邪魔になるようならやめてもらおうよ。輝羅と一緒にアイデア考えてる時のイッチーは楽しそう、っていうか幸せそうだったからさ」

 麗と史緒里は、ほぼ同時に溜息を()いて(うなず)く。麗は輝羅のことを知らないが、きっと姉と似た種族なんだろうと思った。

「そんなわけで珍獣を招き入れた結果、ホワイトボードは占領されちゃったから、麗ちゃんはこのノートにアイデアを書いてね」
「もうコレ、生徒会に返品しましょう。もはや出入りの邪魔でしかないですよ」

 史緒里は麗の肩に手を乗せ、わりと大袈裟に、頭を横に振った。

「同じクラスの生徒会の男子に言われたよ。しばらくホワイトボードは使わないから、ここに置いておいていいんだって」
「ハァ……。なんだかお姉ちゃんに振り回されてばっかり。本当に申し訳ありません」

 麗は深々と頭を下げた。

「麗ちゃん、大丈夫だよ。去年よりはマシだから。あたしたちは、とにかくゲームを作ろう。でも7月になったら仕様書を書き始めてくれると助かるな」
「分かりました。仕様書の作り方は、変人の姉に教わろうと思います」

 麗が文芸部に入部したことで、紫乃木(しのき)姉妹の関係にヒビが入ろうとしている。ミイナは多少の罪悪感を抱いたが、雨降って地固まるという言葉を思い出し、今は気にしないことにした。

 ……大丈夫、大丈夫。去年のドタバタよりは比較的マシだもの。
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