第15話 デベロップメント

文字数 2,829文字

 一子(かずこ)がグッと親指を立てて、ミイナへ誇らし()な笑みを向けた。

「ほら、登録者20人。こうしてだんだん増えてくのよ」
「すごーい。本当に観てる人いたんだね」
「まあゲーム制作の映像より、この間の熱海旅行の動画を出した方が閲覧数は増えそうだけど。女子高生4人組が熱海行ってみた、って」
「あれは顔が映ってるじゃない、やめてよね。それで登録者が増えても意味ないし」

 はいはい、と言いながら一子の視線は部室内を泳ぐ。そしてある場所で止まると、彼女はちょっとした悲鳴をあげるのだ。

「えっ、高島先生いらっしゃったんですか」

 高島はディスプレイから目を離し、黒縁眼鏡をクイッと上げて無表情で答える。

「いたよ、最初から。紫乃木(しのき)さんが部室に入ってきた時に挨拶したら、完全に無視されたんだけどな」
「あれ? そうでしたっけオホホ……」
「今日は(れい)ちゃんが補講で、史緒里(しおり)ちゃんも家族の用事で来ないから、先生にデバッグのお手伝いをしてもらってるんだよ。時間は有限だからね」

 高島は印刷されたデバッグのチェック表をミイナへ返す。

「ほら、この範囲は終わったぞ。進行不能は無かったけど、表示バグと気になった挙動があったから書いておいた。さあ次の分をくれ」
「ありがとうございます。じゃあ、これお願いします」

 ミイナから渡された紙を無言で確認してすぐ操作を始める高島に、一子は首を(かし)げて笑う。

「なんだか、先生が下村の部下みたい」
「先生はこういう作業が好きらしいよ。去年はここに入りにくかったみたいだから、今年は存分に力を発揮してもらうつもり。時間は……」
「有限、でしょ。私も今日の動画をアップしたらデバッグ参戦するわね」

 時は8月初旬。
 麗と一子の作った仕様書通りに、ある程度までプログラミングは進み、ハクスラのゲームとして開始から最後のステージまで実装出来た。ミイナの苦手なパーティクルや、一部の難しい処理は後回し。

 さて、ゲームとして動作することと、ユーザーの体験として面白いかどうかは完全に別の話なわけで、文芸部一同の感想としては「あんまり面白くない」だった。ワラワラと現れるエネミーを倒して進んでいく。敵の討伐数や時間によって有利なもの不利なもの様々なランダムイベントが発生する。3ステージ(ごと)にあるボス戦では、キャラクターが巨大化して戦う。これが今のところの主な仕様だ。

 武器も消費アイテムも実装したし、敵の攻撃方法だって近接だけじゃなく遠距離や毒吐きなんかの特殊攻撃を加えた。それでも肝心のハクスラ部分がマンネリになりやすく、いくらランダムイベントをたくさん用意しても飽きを少し遅らせるくらいだ。

「ってわけで面白くないのはもう仕方ないから、今回はきちんと完成させることを目標にしようと思うんだよ」
「ふーん……、この作品は踏み台にするのね。麗は仕様書の作り方を覚えたし、下村もプログラミングが上達した。星川は元々グラフィックのレベルが高いからいいとして、私はこれで何を得たのかしら?」

 ミイナは一子の手を握って微笑む。

「イッチーは(みんな)と仲良くなった。次に作るゲームではもっと活躍してもらうよ。だってイッチーはウチの部員なんだから」
「そ……、そうね。じゃあ次は私も企画の段階から口を出そうかなー。結構アイデアのストックはあるからね」
「よろしくゥ!!」

 握っている手に力を込めて、ミイナはブンブンと腕を振った。

 高島がチェック表をミイナに押し付けるような勢いで突きつける。

「進行不能バグがあったぞ。鍵が消費アイテム扱いになってるから、間違った所で使うとこのステージはクリア出来なくなる」
「ありゃ、よく気付きましたね。鍵はイベントアイテム前提だから使用チェックなんて入れてなかったのに」
「フッ。これがプロってやつだぜ。サァどんどんチェック表を寄越(よこ)しなァ!」

 調子に乗るとこんな感じなんだ……、と眉間(みけん)(しわ)を寄せて高島を見る一子とミイナ。文芸部員と高島の距離がまた少し離れた瞬間であった。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 帰宅後、自室でベッドに寝転がりスマホをいじるミイナ。
 輝羅にお祭りに行きませんかとメッセージを送りたいのだが、勉強で忙しくて断られるかなと躊躇(ちゅうちょ)していた。

「無理かなぁ。この前、熱海に行ったばっかりだし……。ウザイって思われるかな」

 足をバタバタさせたり、寝返りを打ったりしながら悶々としていると、どんどんメッセージが打ちづらくなる。
 もういいや、と諦めてスマホをベッドの上に放り出したところで、着信音が再生された。

「……はい」
『あ、ミイナ。プロフェッサーから聞いたんだけど、パーティクルのこと教えて欲しいんだって?』
「あの人、あたしたちの雑談ちゃんと聞いてたんだ。そうそう、本とかネットで調べてるけどなかなか手こずっててさ。……忙しいだろうけど、ちょっと教えてくれないかな」
『もちろん。私だってまだ一応は文芸部員なんだから、どんどん頼っていいのよ』

 ミイナは目頭がじんわり熱くなるのを感じた。最近、涙腺が弱いみたいだ。

「あ、あのさ、来週のお祭りの日はどう? お昼はどこかでパーティクルのこと教えてもらって、夜はお祭り……なんて」
『私の家に()たらいいわ。今年は浴衣着てお祭りに行こうよ』
「輝羅のお(うち)か……。お昼はイッチーも一緒に行くと思うけど、大丈夫かな」
『全然問題ない。イッチーさん、()い子だもの』
「よかった。じゃあ来週ね」

 輝羅からの返答がない。ミイナは何度もスマホの画面を確かめる。通話が切れたわけではなさそうだ。

『ミイナ、無理してない? 本当に自分のやりたいこと、やってる?』
「うん、多分。……なんでそんなこと言うの」
『去年のミイナはもっと他人任せで、それでも自分を(つらぬ)いてたよね。後輩を大切にしてイッチーさんにも気を(つか)って、今は自分を押し殺して周りのことばっかり考えてるんじゃない?』

 ミイナはベッドから起き上がり、輝羅に聞こえないよう息を()いた。

「そうだねぇ……。あたしが色んなこと決めなきゃならないから、ちょっとストレスが溜まって疲れてるかも。この(あいだ)、史緒里ちゃんの前で泣いちゃった」
『私も部活に参加してあげたいけど、時間は……』
「有限。分かってるよ。あたしは大丈夫。ゴメンね心配かけちゃって」
『メッセージなら返信出来るから、いつでも送って。ミイナは独りじゃないから。最強の私がついてるんだからね』

 そんな風に言われたら、また涙腺が崩壊してしまう。ミイナはグッと(こら)えて、元気そうな声を絞り出す。

「それは心強い。よろしくお願いします。じゃあ、勉強頑張って」
『もちろん。ミイナとの約束、守らなきゃ。じゃあね』

 もう一度じゃあねと返して、ミイナは終話ボタンをタップした。その瞬間、ダムが決壊するように涙が(あふ)れる。

 ……独りじゃない。もっと(みんな)を頼ればいい。分かってる、分かってるよ、でも……。

 ミイナは両手で頬を何度か叩き、ノートパソコンに向かう。

「自分の足で進まなきゃ。あたしは部長なんだから!」
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