第18話 フラワー

文字数 3,005文字

「あと、史緒里も来るのね」

 輝羅(きら)は腕を組んだまま、自分の部屋に集合したミイナと一子(かずこ)(れい)の3人を見回す。部屋は狭くもないが、史緒里も合流すると5人になるわけで、少し窮屈になりそうだ。

「やっぱりファミレスとかに行こうか」

 視線から輝羅の心情を察したミイナが提案した。それでも輝羅は首を横に振る。

「夕方に浴衣を着て出るんだから、とりあえずここでお勉強会しましょう」
「あの……わたし、一回帰りましょうか? なんで自分が今ここにいるのかもよく分かってないですし」
「麗ちゃんは今回のゲームのプロデューサーなんだから、居てくれた(ほう)がいいな」

 全員の視線が一子に集まると、彼女は目を丸くして焦り出す。

「えっ、私、邪魔なの? 帰れってこと?」

 ミイナは軽く吹き出して、一子の肩をポンポン叩く。

「大丈夫、邪魔じゃないよ。さ、文芸部のお勉強会、始めよう」

 ミイナは輝羅からパーティクルのプログラミングについて講義を受ける。難しいアルゴリズムの部分でつっかえながらも、徐々にパーティクルの要素一つ一つが思い通りに動き始めた。
 麗と一子は通しでデバッグしながら、アイテムやエネミーの能力値を調整していく。

 作業中の麗が、ふと何かを思い付いたように顔を上げた。

「どうしたの、麗ちゃん」
「い、いえ。なんでもないです……」
「麗、アイデアがあるなら(みんな)に共有しなきゃダメよ。それが劇的にゲーム性を変えることだってあるんだからね」
「そんなおおげさなことじゃないし、もう忘れちゃった。アハ」
「ちょっとぉ、私より若いんだからしっかりして」
「1コしか違わないじゃない。思い出したら話すよ。あっ、お姉ちゃんそこ飛ばしてる」
「……麗が変な動きをするからだ」
「それ前のステージ分だよ。人のせいにしないで」

 輝羅は微笑んで、ミイナに「ホント仲の()い姉妹ね」と耳打ちする。そう言われてもミイナは答えに困る。輝羅のお姉さんは……もう亡くなってるから。

 2時間ほど経った頃、一子の腹からウシガエルの鳴き声のような音が出た。一子は恥ずかしそうに(うつむ)き、麗はやれやれといった表情で肩をすくめて溜息を()く。
 輝羅が笑って立ち上がる。

「お母さんが何か作ってくれてるはずだから取りに行くわね。ミイナも……」
「あ、イッチー。あたしこの(ぎょう)まで打ち込みたいから、輝羅と一緒に行ってくれない?」

 はいはい分かったわ、と一子は立ち上がる。でもその顔はまだ照れくさそうだ。
 輝羅と一子が部屋を出て行くと、ミイナは麗に話しかける。

「ねえ、さっき何か思い付いたんでしょ?」
「バレてましたか。でも、もう少し自分の中で整理してからお伝えしたいんです」
「そっか。でも、もし重い内容なら早めに教えて欲しいな。9月はテストとかあって仕様の変更、時間的に厳しいからね」
「はい。迷惑はかけないように……したいと思います」

 麗がちらりとミイナの目を見やると、まっすぐに、真剣にこちらを見据えていた。……あぁ、この人は本気で()いゲームを作ろうとしてるんだ。ならそれに(こた)えなきゃ。

「やっぱり今……」

 麗が言いかけるのと同時に、部屋のドアが(ひら)かれた。

「あれ、輝羅とイッチーは?」

 史緒里の登場するタイミングが悪いせいで、麗は思い付いたアイデアをミイナへ伝えそびれた。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 少し遅めの昼食を終えて、ワイワイガヤガヤと浴衣を選んだり髪を結っていると、もう17時。
 5人は乗客でごった返す電車に乗り、お祭りの会場へ。

 屋台が公園の大きな池を取り囲むようにズラッと並んでいる。会場にはどんどん人が押し寄せ、ぶつからないように歩くのも大変なほどの状況だ。

「麗はりんご飴でしょ。いっつも食べてるものね」
「へーん、残念。もう高校生なんだから、わたしは大人っぽく綿菓子(わたがし)にしまーす」
「どこが大人っぽいのよ……」

 ヘタクソな漫才みたいな会話をしながら麗と一子が最前列を歩き、その後ろに輝羅とミイナ、そして最後尾に史緒里が続く。

 麗は宣言通り綿菓子、一子はホルモン入りの焼きそば。輝羅はトルネードポテト、ミイナは生フランクを選んだ。そう、文芸部に一貫性というものは存在しないのだ。

 ベビーカステラの屋台の前で立ち止まった史緒里へ、ミイナが心配そうに声をかける。

「お金ある? 貸そうか?」
「まるで大富豪みたいなセリフだね。熱海の時の土産代は返してもらえたから、ちゃんと自分で買えるよ」

 史緒里がベビーカステラを買うまで待っていたら、麗と一子と輝羅の姿を見失った。ミイナは高い所へ移動しようとするが、家族連れやカップルに阻まれてなかなか進めない。

「もっさん。こっち、こっち」

 ミイナの手を取って、史緒里が先導する。一方通行規制された階段を上がり、少し(ひら)けた場所に出てホッとひと息。

「あー、怖かった。全然周りが見えないんだもん」
「ボクの背の(ほう)が少し高いからね。でも、(みんな)どこに行ったのかな」

 向かい合って並んだ屋台の間の道を、たくさんの人の頭が群れとなって移動していく。まるで川流れのようだ。

「輝羅にメッセージ送ってみるね。……あ、電波が通じてない。人が多すぎるんだ」

 そう言ってミイナは史緒里に困り顔で微笑む。その表情に、史緒里の胸が高鳴った。

「ミ、ミイナ」
「とりあえずメッセージだけ送って……」

 ミイナの言葉を(さえぎ)るように、史緒里は彼女の手を握る。

「言っておきたいことがあるんだ」

 その真剣な眼差しに、ミイナは黙って次の言葉を待つ。

「……ボクは、ミイナのことが好きだ。ライクじゃなくて、……初恋なんだ」
「史緒里ちゃん……」

 花火の打ち上げが始まるとのアナウンスに、会場の群衆が(ざわ)めく。

 ふたりの世界はその喧騒から切り離され、永遠とも思える静寂に包まれていた。
 そして、史緒里の目を見たまま、ミイナは瞳を(うる)ませながら口を開く。

「あたし……。あたしは……」

 頭では用意出来ているのに、その次の言葉が喉から出てこない。傷付けたくない。大事な……大事な友達だから。

 史緒里はふっと力が抜けたように微笑む。

「いいんだ。ミイナは答えなくて。もう分かってるから」
「……うん」

 (うつむ)きながら、ミイナは史緒里の手を握り返す。
 そして、笑みを浮かべて顔を上げた。

「思い出、いっぱい作ろ。色んな所に遊びに行って、もっと色んなことお話しして、もっと……」

 ミイナの声が詰まる。

 花火が上がって、色とりどりにはじける。
 赤、青、黄、様々な色が混ざりあい、ミイナと史緒里の濡れた頬を柔らかく照らしていた。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 ようやくメッセージが届いて、待ち合わせ場所に現れた輝羅たち。

「はらホろヒれぇー」

 白目をむいて千鳥足の一子を必死に支える麗と輝羅の姿に、ミイナと史緒里は驚く。

「お姉ちゃん、甘酒でこんなんになっちゃったんです。初めて飲んだみたいで」
「イッチーさんのキャラがよく分からないわ。もしかしてオチ担当?」

 急いで土手にビニールシートを敷いて、(みんな)で一子を寝かせた。
 輝羅はハンカチで汗を拭きながらミイナの顔を見て、首を(かし)げる。

「あら、花柄のヘアピンなんて持ってたっけ」
「可愛いでしょ。さっき史緒里ちゃんが買ってくれたんだー」
「ふーん、へぇ。ふーん……」

 ジト目で(にら)んでくる輝羅の視線を、史緒里はそっぽ向いて()けた。

 また花火が上がる。

 決して忘れないように、ずっと覚えていられるように。史緒里は花火の色を、形を、その目にしっかりと焼き付けていた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み