第4話 ホワイトボード

文字数 2,282文字

 ミイナは、クラスの終礼で集めた文化祭のアンケートを職員室に届けた。
 担任の先生にアンケート用紙の束を渡して、そそくさと退室しようとした時、文芸部の顧問である高島に声をかけられた。

「下村、文芸部が生徒会室からホワイトボードを持ち出したって聞いたぞ」
「えっ? それは去年の話ですよね」
「いや、俺はついさっき……」

 ミイナの顔からサーッと血の気が引いていく。一礼して、すぐに職員室を出る。
 部室へ早足で向かいながら考える。今のメンツでそんな狼藉(ろうぜき)を働くとしたら、アイツしかいない。

 生徒指導室の入り口の戸を(ひら)くと、一子(かずこ)がホワイトボードを狭い部室の中へ入れようと悪戦苦闘していた。

「イッチー! それ、生徒会の備品だよ。ちゃんと誰かに承諾もらったの?」
「一応、部屋にいた男子に文芸部で使うって一言(ひとこと)かけたわよ。返事がなかったから承諾したってことでしょ」
「絶対違うよー。いきなり他校の生徒がホワイトボードを盗もうとしたら、ビックリして声も出ないって!」

 やり取りしている間も、一子は角度を変えたりしてホワイトボードをなんとか部室に収めようと奮闘する。

 廊下をパタパタと駆けて来る数人の足音。どうやら大事(おおごと)になりそうだ。
 ミイナがギクシャクしながら振り返ると、3人の男子が困惑の表情でミイナと一子を見ている。

「2年連続でホワイトボードを持ってかれるとは思わなかった。でも、今年はすぐに返してもらうよ。北川さんも奥山さんもいない文芸部なんて怖くないんだ」

 3年生の紅林(くればやし)が、ちょっと情けないセリフで宣戦布告してきた。彼は昨年の秋にお姉さんから生徒会長の座を引き継いだ、ちょっと頼りない現生徒会長だ。

 ミイナの後ろから、一子が言葉を返す。

「ちょっと借りるくらい()いじゃない。用事が終わったら返すんだから。それとも、どうしても今すぐホワイトボードが必要なワケ?」
「うっ。……まあ、今週は使う予定ないけど。そ、そもそもなんで、佐久羅(さくら)高校の生徒がウチの備品を文芸部に持ち込むんだ。意味が分からないよ」

 他の男子2人とミイナが同時に(うなず)く。紅林の言う通り、意味が分からない。

「ねぇ、イッチー。それ、何に使うつもりなの?」
(れい)にキツく言われたの。お姉ちゃんは文芸部の手伝いを条件に入校許可証を貰ったんだから、ちゃんと役に立てって。アイデア出しの議論をするならホワイトボードが()るでしょ」

 去年もほぼ同じ理由で部室にホワイトボードを持ち込んだ奴がいた。ただでさえ狭い部室がより狭くなって、しばらくの(あいだ)、入退室が面倒なことになった。体を横向きにして出たり入ったりしていたのだ。

「紅林先輩。とりあえず今週は貸してもらって()いですか? 次に生徒会で必要になったら取りに来てください」
「う、うーん。まあ、そういうことなら……。油性ペンは使わないでくれよ」

 紅林は(きびす)を返し、廊下を歩いて去って行った。他の2人もその後ろにピッタリとくっついて、パタパタと大袈裟な足音を立てて廊下を曲がり姿を消した。

「ああ、面倒くさかった。下村、コレどうやったら(はい)るの?」
「ちょっと待ってて。壁の前に物があるからつっかえちゃうんだよ」

 ミイナは部室の中へ入り、入り口の反対側の壁際に置かれている段ボール箱をどかす。
 ホワイトボードを引き入れると、部室の横幅いっぱいに広がってすごく邪魔である。

「元々、本棚のせいで引き戸が片側しか通れないからね。コレがあると、いっつも体を(ひね)らないといけなくて大変なの。イッチー、入って来てみなよ」
「……確かに邪魔ね。でもアイデア出しを円滑に進めるためなら仕方ないわ」

 生徒指導室から史緒里(しおり)と麗の驚く声がした。

「うわっ、部室に入りにくくなってる」
「なんですかコレ。あ、もしかしてお姉ちゃんが?!」

 こうして今週だけと言いながら、実際は夏休みが始まるまでの間、このホワイトボードは部室への出入りの邪魔をすることになった。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

「お姉ちゃんが問題を起こして、すいませんでした」

 深々と頭を下げる麗に、ミイナは苦笑いして答える。

「去年も似たようなことがあったけど、最後は返しちゃえばなんとかなるから大丈夫。とりあえず、あるからには活用しないとね」
「そうよ。恥を忍んで持ってきたんだから、使い倒すわよ!」
「恥を……お姉ちゃんは黙ってて。まったく、役に立つの意味も理解してないんだから、ビックリしちゃった」

 溜息を()いた麗の肩を軽くポンと叩き、史緒里がにこりとして言う。

「でも実際、(みんな)で意見を出し合うならホワイトボードが必要だろう。イッチーも自分なりに考えての行動だったんだよ」

 一子は、史緒里の言葉に何度も大きく(うなず)く。

「でしょ、でしょ! 私の本気を見せてあげました。さあ、アイデアを書いていこう!」
「もぉ。おふたりとも、お姉ちゃんに甘すぎです……」

 諦めてパイプ椅子に座った麗は、じっとホワイトボードを見つめる。確かに、ここにひとつひとつアイデアを書いていくのは楽しそうだ。
 
「そっか。ゲームを作るって、この白い何にもないところにアイデアを詰め込んでいく作業なんですね。わたしはボヤけたイメージしか持ってなかったけど、ちゃんと具体的な言葉にして面白さを説明できないとダメなのかも」
「おっ、麗もひとつ階段を(のぼ)ったみたいね。そのうち仕様書の書き方も教えてあげるわ」

 得意気(とくいげ)な一子を放っておいて、ミイナは麗の(ほう)を向いた。

「1分に1回のランダムイベントのアイデア、あそこにたくさん書いていってね。出来そうなものは実装してみるから」

 麗は満面の笑みを浮かべ、元気に答える。

「はい。どんどん書いていきます!」
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