第6話 プロデュース

文字数 3,074文字

「まだ6月だからって、ダラダラやってると間に合わなくなる。去年の反省を生かさないと」

 ディスプレイに向かいキーボードでカタカタとプログラムを打ち込みながら、ミイナは(つぶや)いた。
 何やらスケッチブックに描いていた史緒里(しおり)が、顔を上げてホワイトボードに目を移す。

「そうは言っても、今出てるアイデアはやたらめったらあそこに書き込んであるだけで、ちゃんと議論も出来てないからね。イッチーが言ってるように、まずは仕様書を作らないといけないと思うよ」
「そうだねぇ。前回のは輝羅(きら)に任せっきりだったから……。イッチー、仕様書作ってくれないかな」

 パイプ椅子に深々と座ってウトウトしていた一子(かずこ)が、半目を(ひら)いてハンカチで(よだれ)を拭いた。

「……私にこっちのプロデューサーまでやらせるつもり? 下村(しもむら)はプログラマ、星川はグラフィッカーで、(れい)は何にも仕事を持ってないんでしょ。あの子には、私が仕様書の作り方を教えるわ」
「いきなり仕様書なんて作れるのかな。今日も麗ちゃんは図書委員会に出てるし、もうすぐテスト期間になるし。荷が重いんじゃない?」

 少し考えるような、もう一度眠りに落ちるような、どっちつかずの仕草で目を(つむ)った一子は、しばらくして小さく息を()いた。

「今回のゲーム作りでこの部が何を得たいのか、はっきりさせないと。星川は賞が欲しいんでしょ。下村と麗は何が欲しいのかしらね」

 ミイナは考え事をする時の癖で天井を見上げた。

「あたしは……プログラミングの上達が目的だね。そりゃ面白いゲームを作ることが出来たら最高だけど。麗ちゃんは今、アイデアを出すのがとっても楽しそう。それを止めたくはないかな」
「だったら、このゲームは叩き台にしても()いと思う。まだあの子には何度もチャンスがあるだろうから」

 一子は立ちあがり、ぐんと体をひと伸びさせて続ける。

「9月にゲームを提出したら部活が終わるわけじゃないでしょ。他のコンテストもあるだろうし、フリーゲームを公開できるサイトにアップしたり、スマホ用に作り直してアプリストアに登録することだって出来る。そういう時代なのよ」

 史緒里が一子を眺めながら、スケッチブックに鉛筆を走らせる。

「……星川は何を描いてるの?」

 スケッチブックをふたりの(ほう)に向け、史緒里は笑った。

「もっさんとイッチーがゾンビになった時のイメージ図。リアルだろう」

 そこには、腐敗したグロテスクな顔で、腕を前に伸ばし歩くふたりが(えが)かれていた。

「キモっ! まさかそれ、ゲームに使う気?」

 表情を(ゆが)めて冷たい声で()いた一子に、史緒里は悪戯(いたずら)な笑みを浮かべたまま(うなず)く。

「あたしもついにキャラクター化されたかぁ。それ、早く実装したいな」
「今からこっちのパソコンでモデリングするよ。明日には渡せると思う」
「ちょっと、私の許諾はまだなんですけど!」

 相変わらず話がまとまらない、前途多難な文芸部の一幕。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 土曜日、ミイナはファストフード店で輝羅と待ち合わせていた。店内にはまだ、彼女の姿が見当たらなかった。
 少し早く来すぎたと思い、スマホの画面で時刻を確認すると、すでに待ち合わせの時間を10分過ぎていた。

 どっちもマイペースだなと思いながら、ひとまずコーラを頼んで席に着き、3Dゲームプログラミングの本を読みながら待つことにした。

 しばらく待っていると、ド金髪で目立つ輝羅(きら)が入店してきた。服は地味めの青いワンピースなのに、その長髪の色のせいで非常に派手に見える。

「ごめん、図書館で勉強に集中し過ぎてた。約束を忘れてたわけじゃないの」
「いいよ。あたしもさっき来たとこだから」

 輝羅はホッとしたように息を整えた。ミイナは席を立ち、ふたりでハンバーガーセットの注文をする。頼んだ2分後には全ての品が出てきた。
 セットが乗ったトレイを持ち、窓際のカウンター席に座った。目の前のガラスには目隠しの大きな柄が入っているので、外の通りの様子は少ししか見えない。

「プロフェッサーに聞いたんだけど、他校の生徒を入部させたらしいじゃない。新入生の子のお姉さんだっけ」

 プロフェッサーとは、文芸部顧問の高島のこと。輝羅だけがそう呼んでいて、その理由は不明だ。

「そうそう、佐久羅(さくら)高校の2年生の子。あたしたちが落選したコンテストで入賞したゲームのプロデューサーだよ。面白いし、頭も()いの」
「ふーん。私の、未来のライバルになるかも知れないってことか」
「ううん、そうはならないと思う。イッチー……その子はゲームの仕事に就きたいわけじゃなさそうだから」
「ちょっと待って。じゃあ、私たちは趣味で1年生の時からプロデューサーをやってる子のゲームに負けた?」

 曇った輝羅の表情に、少し気遣(きづか)ってミイナは答える。

「あっちは最初から賞を獲るためのゲームを作ってたんだってさ。あたしたちは、自分たちが作りたいものを作って提出したから、そういう結果でも仕方ないんじゃないかな」

 言いながら、ミイナはノートパソコンをトートバッグから取り出す。

「まあ、今回もやりたいようにやってるんだけどね。ちょっと遊んでみて」

 輝羅は軽く(うなず)くと、手渡された無線のコントローラーを持ち、ノートパソコンのタッチパッドに指を滑らして、ゲームを再生する。3Dのプレイヤーキャラが真ん中に表示される。しばらくすると、画面外からエネミーが()()りに近づいて来る。

「あれ? グラフィックが綺麗になってるわね。史緒里がようやく本気になったってことかしら」
「うん。今回のコンテストのメインは、史緒里ちゃんがグラフィック部門で受賞すること」
「……でも、肝心のゲームが一次審査で落ちちゃったら無理でしょ」
「だから輝羅にもアイデアを貰おうと思って。……もうすぐだよ」

 ステージ開始から1分経過した時、突然エネミーキャラがその場で踊り出した。それを見た輝羅は吹き出す。

「えっ、このゲーム、ギャグ?」
「いいえ、いたって真面目なゲームです。1分毎にランダムイベントが発生する仕様。今、10個実装してて、一番害の無いイベントを引いたね」

 輝羅は笑いながら、ミイナの(ほう)を向く。

「いいんじゃない。史緒里のグラフィックがちょっとリアルになった分、敵が間抜けなアクションすると面白いわ」
「あと、このゾンビ、私がモデルなんだ。分かりにくいけど」
「確かにちょっと面影ある! ……随分と楽しくやってるみたいね」

 その後もしばらくプレイした輝羅は、ステージをクリアしてコントローラーをカウンターに置いた。

「荒削りだけど、ランダムイベントを増やせば印象が変わりそう。あとは……武器の種類を増やしたり、アイテムも出すようにしないとね。これじゃイベント次第のゲームになっちゃう」
「ああー、アイテムねぇ。来週、実装してみるよ」

 ミイナは、デスクトップ上の付箋に武器の種類、アイテムと入力した。

「そのプロデューサーの子は、どこまで手助けしてくれそうなの?」
「妹さんに仕様書の書き方教えてくれるって。ただ、こっちも進められるところは進めておかないと9月に間に合わなくなるから、こうしてどんどん実装していってるわけ」

 輝羅は、腕を組んでじっと前を見つめる。以前はこの(あと)、突飛なことを言い出していたのだが、最近はかなり落ち着いてきた様子だ。

「よし。1回、私も部室に行くわ!」

 何のために? と言おうとしたミイナだったが、この女は一度宣言したら絶対に引かないと知っている。だが、あえて聞こう。

「何のために?」

 輝羅はにやりと口端を上げ、店内に響くくらい大きな声を出す。

「そのプロデューサーと対決するためよ!」
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