第7話

文字数 2,217文字

 その日の夕方、我が家を訪れた莉帆ちゃん。

 事情は分かっていましたので、すぐに自宅へ招き入れ、一応、本人の了解を取って、静花さんに預かっている旨の連絡を入れておきました。

 もっとショックを受けているかと思ったのですが、予想に反して淡々とした表情で、さっきあったことを私に話してきました。

 莉帆ちゃんによれば、両親から伝えられた内容は、


・伸亮さんは本当の父親ではなく、柴田直樹さんという人が、本当の父親であること。

・静花さんは直樹さんとは結婚出来ず、伸亮さんと結婚したことで、彼が莉帆ちゃんの戸籍上の父親となったこと。

・昨年、直樹さんが事故で他界し、莉帆ちゃんにとって祖母に当たる貴代さんが、莉帆ちゃんを引き取りたいと言ってきたこと。


 と、概ね事実のみを伝えていました。

 莉帆ちゃんいわく、それほどショックはなかったものの、ただ、あまりにも唐突なカミングアウトにどう反応して良いか分からず、自宅に居づらくて飛び出してきたのだそう。


「っていうか、パパが本当の父親じゃないことは、前から知ってたし」

「え? どうして?」

「なんかいろんな書類とか見たの。『柴田直樹』っていう名前も、そこに書いてあった。『松武こうめ』って、こうめさんの本名だよね? ねえ、教えて? 私はどうして生まれてきたのか、こうめさんは知ってるんでしょ?」


 じっと見つめる莉帆ちゃんの瞳に、こっくり頷いて、私も彼女の瞳を見つめながら、話せる範囲で当時のことを話しました。

 時々頷きながら、無言で私の話に聞き入る莉帆ちゃん。一通り聞き終えた彼女は、オフレコという条件で、これまで一人心に抱えていた両親に対する自分の思いを吐き出し、最後に核心部分に迫ってきました。


「私…、本当は望まれない子供だった?」

「それは違うよ」


 即座に、彼女の疑問を否定した私。その事は、当時を知る私たちが、何より莉帆ちゃんに伝えたかった事実でした。


「ママはね、何があっても、たった一人でも、莉帆ちゃんを産む覚悟を決めてた。パパがプロポーズしたとき、私はその場に居たの。お腹の莉帆ちゃんも一緒に家族になることをパパ自身が強く希望して、ふたりは結婚したんだよ」

「でもさ、わざわざ妊娠してる女の人と結婚するかな、普通?」

「ふたりが出逢ったのはね、莉帆ちゃんがお腹にいたことがきっかけだったの。それからずっと三人で一緒に時間を積み重ねてきたから、今の家族があるんだよ」

「でも、私がいなきゃ、ふたりとも別の人生だったよね?」

「だったとしても、ふたりが今の人生を後悔してると思う?」


 少し黙って、唇に笑みを浮かべると、莉帆ちゃんはゆっくり首を横に振りました。彼女がどれほど両親に愛されているのか、本当は彼女自身が一番よく分かっているのです。

 本人も自覚している通り、微妙なお年頃ですから、親に素直になれないだけのこと。

 莉帆ちゃんが落ち着いたのを見計らって、自宅まで送って行くと、先ほど貴代さんから連絡があり、後日改めて莉帆ちゃんと伸亮さんも同席した上で、話をしたいと言ってきたそうです。

 不安そうな静花さんに、さっき莉帆ちゃんと話したオフレコ以外の部分を伝え、ふたりが力を合わせて大切に育てた娘は、私たちが思うよりずっと大人で、信じるに値するから、心配しなくても大丈夫だと、超特大の太鼓判を押しておきました。




 数日後、約束通り貴代さん宅を訪れた静花さん一家。

 かつて、静花さんに直樹さんと別れるように言い放った応接間は、調度品の一つまで当時と同じ位置に鎮座し、相変わらず威圧的な雰囲気にあふれています。

 通されてすぐ、貴代さんはこの家がいかに由緒あるかを切々と語り、莉帆ちゃんをこの家の跡継ぎとして自分の養子にする旨を宣言し、すでに必要な書類まで揃えていました。

 莉帆ちゃんの意思確認すらせずに、自分のことばかり主張する彼女の言動には、静花さんも伸亮さんも呆れるばかり。

 すると、もう一人の当事者であり、それまで気怠そうに携帯をいじっていた莉帆ちゃんが、血縁上の祖母である貴代さんに話しかけました。


「あの~、一つ聞いてもいいですか?」

「何かしら? 何でも聞いて頂戴」

「あなたは昔、私を『堕ろせ』って言ったんですよね? 何で今になって、跡継ぎとか考えれるんですか?」


 あまりにもストレートな、しかも本人には知らせていない内容に、静花さんも伸亮さんもギョッとしましたが、貴代さんは待ってましたとばかり、意地悪そうな笑みを浮かべて答えました。


「可哀そうに、そうやって親から、あることないこと吹き込まれたのね。これだから、育ちの悪い人間は嫌なのよ」

「ママが、私の実の父親と結婚しなかった理由や、その時の詳しいことは、誰も、何も話してくれませんでした」

「そう。なら、教えてあげるわ。あなたのお母さんはね、あなたを妊娠していたのに、その男と浮気した挙句、勝手に婚約を破棄して、その男に乗り換えたの。私たちは、大切なあなたまで奪われて本当に辛かったけれど、あなたのお母さんの幸せを思って、我慢したのよ」

「へえ~、じゃあ、何で今頃になって?」

「直樹、つまり、あなたのお父さんが亡くなった今、由緒あるこの家の血を継ぐ人間は、あなたしかいなくなってしまったの。だから…」

「やっぱり、それが理由ですか。ママが浮気したとか、嘘ですよね?」


 そう言うと、莉帆ちゃんはポシェットから数枚の写真を取り出し、それを貴代さんの前に叩き付けました。




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