第2話
文字数 2,372文字
静花さん宅は、ご主人の伸亮さんと、中学1年生の長女、莉帆ちゃんの3人家族。
共働きだったため、莉帆ちゃんが幼い頃は学童保育を利用していましたが、私がご近所ということもあり、この街へ転入してからは一人でお留守番するようになっていました。
ところが彼女、結構なうっかりさんで、しばしば鍵を忘れることがあり、そんな時は決まって我が家へ避難。
一応、スペアキーを預かってはいましたが、塾や習い事がない日は一人でお家にいても楽しくないらしく、私にとっても、生まれる前から知っている子ですから、莉帆ちゃんの訪問は歓迎でした。
動物が大好きで、前からペットを飼いたいと希望していましたが、きちんとお世話が出来る年齢になったら飼っても良いという約束をしていて、我が家へ来るたびに、2匹の猫たちを可愛がりながら、
「どっちにしようかな~? やっぱり猫かな~? 犬もいいよな~」
そんな彼女の姿を、私も微笑ましく見ておりました。
それは、今年の一月半ば頃のこと。その日も、鍵を忘れて自宅に入れなかった莉帆ちゃんが、我が家へ避難しに来ました。
「こうめさん、また鍵がどっか行っちゃった~。中で待ってていい?」
「勿論。ママに連絡は?」
「ケータイの留守電にいれておいた」
「OK! おやつにするから、手を洗っておいで」
「は~い! お邪魔しま~す!」
玄関にランドセルを置き、慣れた様子で洗面所で手を洗うと、リビングにいる猫たちに駆け寄り、遊び始める小6女子。
「クッキーか、アイスクリームか、肉まんがあるけど?」
「肉まん! …で、お願いします。すみませんが…」
間もなく中学生という年齢になると、多少の遠慮が出てくるのか、あるいはママから教育的指導が入ったのかは分かりませんが、子供のいない私にはこうしたシチュエーションは新鮮で、もし我が家にも娘がいたらと想像が膨らむというもの。
同時に、そろそろ難しいお年頃に差し掛かる時期でもあり、静花さんに限らず、同年代のお子さんをお持ちの親御さんのご苦労が偲ばれます。
時刻は午後7時過ぎ。普段は6時半には帰宅し、遅くなる際には必ず連絡を入れる静花さんですが、莉帆ちゃんの携帯を確認すると、着信履歴はあるものの、伝言はなし。
さすがに今日はお迎えが遅いと感じ始めていた時、インターホンが鳴り、静花さんの姿がモニターに映りました。
玄関に入るや、鍵を開けに出た私を押し退けるように転がり込み、
「莉帆!? いるの!? 莉帆、返事してっ!!」
大声で娘の名を呼びながら、靴も脱がずに上がり込もうとする狼狽ぶりです。
「ママ? どうし…」
「よか…良かっ…た!」
そう言うとペタリと座り込み、激しく嗚咽し始めた静花さん。
莉帆ちゃんも手伝い、二人で両脇から静花さんを抱えるようにして、リビングのソファーに座らせ、落ち着くのを待ってから何があったのかを聞くことに。
ですが、いつまで経っても彼女の動揺が治まる気配はなく、尋常ではない母親の様子に、莉帆ちゃんも不安そうな表情で寄り添って座っていました。
いつも冷静沈着な静花さんがここまで動揺するのには、それ相応の理由があるのでしょうし、まだ6年生の莉帆ちゃんとふたりきりで帰せば、心配が増大するだけですから、とりあえずここにいるように言い、その旨をご主人の伸亮さんに連絡しました。
小一時間ほどしてお迎えに来た伸亮さん。ちょうど、私の夫と帰宅が重なり、静花さんもこんな状態でしたので、夕食をお誘いすると、伸亮さんは少し考えて、
「それじゃ、莉帆だけお世話になっても良いかな? 静花は、とても食べられる状態じゃなさそうだし、側にいたほうがいいだろうから」
「分かった。落ち着いたら、迎えに来て上げてね。静花さん、お大事にね」
「ごめん…ね…」
「ご迷惑をお掛けするけど、宜しくお願いします」
そう言って深々と頭を下げると、伸亮さんは静花さんを支えながら、ご自宅へ戻って行きました。
いくら我が家に慣れているとはいえ、この状況で一人残された莉帆ちゃん。不安そうな表情は隠せません。
今夜の夕食のメニューは、パスタとピザ。そこで、少しでも莉帆ちゃんの気が紛れればと、一緒に両親へのお土産のピザも作ることにしました。
「こうめさん、ママ、どうしたのかな? どこか病気なのかな?」
「分からないけど、パパも側にいてくれるから」
「莉帆は、どうすればいい?」
「そうだね、ママがして欲しいことをしてあげたり、そっとしてあげるのも大事かもね」
「ママ、元気になるよね?」
「きっとね。でも、もし何かあったら、すぐにおばちゃんところに言っておいでよね?」
「うん。…あ、はい。宜しくお願いします」
「敬語なんていいから。さあ、沢山作って、莉帆ちゃんはたくさん食べてね」
それから、伸亮さんが莉帆ちゃんを迎えに来たのは、午後10時を回っていました。
静花さんはお薬を飲んで横になっているそうで、色々と話したいことはありましたが、莉帆ちゃんの前なのでお互い何も言わず。
伸亮さんは私たちに何度も御礼を言い、莉帆ちゃんと一緒に作ったピザを持って、その日は帰宅したのです。
翌日、再び静花さんご夫妻が訪ねて来たのは、午前9時を回った時刻。平日のため、ふたりともお仕事はお休みされたとのこと。
「朝からごめん。それに、昨日はご迷惑を掛けちゃって…」
「ううん、それより、大丈夫?」
「夕べ、莉帆を預かって貰ってた間に、二人で話すことが出来たから。それでね、事情を知ってるこうめちゃんにも、聞いておいて欲しくて」
「やっぱり、あのこと絡み?」
その問いかけに無言で頷き、深い溜め息をついた静花さんと伸亮さん。
昨夜の動揺ぶりから、何となくそんな予感はしていましたが、二人から聞かされたあまりにも身勝手なその内容に、当時の事情を知る私も強い憤りを覚えました。
共働きだったため、莉帆ちゃんが幼い頃は学童保育を利用していましたが、私がご近所ということもあり、この街へ転入してからは一人でお留守番するようになっていました。
ところが彼女、結構なうっかりさんで、しばしば鍵を忘れることがあり、そんな時は決まって我が家へ避難。
一応、スペアキーを預かってはいましたが、塾や習い事がない日は一人でお家にいても楽しくないらしく、私にとっても、生まれる前から知っている子ですから、莉帆ちゃんの訪問は歓迎でした。
動物が大好きで、前からペットを飼いたいと希望していましたが、きちんとお世話が出来る年齢になったら飼っても良いという約束をしていて、我が家へ来るたびに、2匹の猫たちを可愛がりながら、
「どっちにしようかな~? やっぱり猫かな~? 犬もいいよな~」
そんな彼女の姿を、私も微笑ましく見ておりました。
それは、今年の一月半ば頃のこと。その日も、鍵を忘れて自宅に入れなかった莉帆ちゃんが、我が家へ避難しに来ました。
「こうめさん、また鍵がどっか行っちゃった~。中で待ってていい?」
「勿論。ママに連絡は?」
「ケータイの留守電にいれておいた」
「OK! おやつにするから、手を洗っておいで」
「は~い! お邪魔しま~す!」
玄関にランドセルを置き、慣れた様子で洗面所で手を洗うと、リビングにいる猫たちに駆け寄り、遊び始める小6女子。
「クッキーか、アイスクリームか、肉まんがあるけど?」
「肉まん! …で、お願いします。すみませんが…」
間もなく中学生という年齢になると、多少の遠慮が出てくるのか、あるいはママから教育的指導が入ったのかは分かりませんが、子供のいない私にはこうしたシチュエーションは新鮮で、もし我が家にも娘がいたらと想像が膨らむというもの。
同時に、そろそろ難しいお年頃に差し掛かる時期でもあり、静花さんに限らず、同年代のお子さんをお持ちの親御さんのご苦労が偲ばれます。
時刻は午後7時過ぎ。普段は6時半には帰宅し、遅くなる際には必ず連絡を入れる静花さんですが、莉帆ちゃんの携帯を確認すると、着信履歴はあるものの、伝言はなし。
さすがに今日はお迎えが遅いと感じ始めていた時、インターホンが鳴り、静花さんの姿がモニターに映りました。
玄関に入るや、鍵を開けに出た私を押し退けるように転がり込み、
「莉帆!? いるの!? 莉帆、返事してっ!!」
大声で娘の名を呼びながら、靴も脱がずに上がり込もうとする狼狽ぶりです。
「ママ? どうし…」
「よか…良かっ…た!」
そう言うとペタリと座り込み、激しく嗚咽し始めた静花さん。
莉帆ちゃんも手伝い、二人で両脇から静花さんを抱えるようにして、リビングのソファーに座らせ、落ち着くのを待ってから何があったのかを聞くことに。
ですが、いつまで経っても彼女の動揺が治まる気配はなく、尋常ではない母親の様子に、莉帆ちゃんも不安そうな表情で寄り添って座っていました。
いつも冷静沈着な静花さんがここまで動揺するのには、それ相応の理由があるのでしょうし、まだ6年生の莉帆ちゃんとふたりきりで帰せば、心配が増大するだけですから、とりあえずここにいるように言い、その旨をご主人の伸亮さんに連絡しました。
小一時間ほどしてお迎えに来た伸亮さん。ちょうど、私の夫と帰宅が重なり、静花さんもこんな状態でしたので、夕食をお誘いすると、伸亮さんは少し考えて、
「それじゃ、莉帆だけお世話になっても良いかな? 静花は、とても食べられる状態じゃなさそうだし、側にいたほうがいいだろうから」
「分かった。落ち着いたら、迎えに来て上げてね。静花さん、お大事にね」
「ごめん…ね…」
「ご迷惑をお掛けするけど、宜しくお願いします」
そう言って深々と頭を下げると、伸亮さんは静花さんを支えながら、ご自宅へ戻って行きました。
いくら我が家に慣れているとはいえ、この状況で一人残された莉帆ちゃん。不安そうな表情は隠せません。
今夜の夕食のメニューは、パスタとピザ。そこで、少しでも莉帆ちゃんの気が紛れればと、一緒に両親へのお土産のピザも作ることにしました。
「こうめさん、ママ、どうしたのかな? どこか病気なのかな?」
「分からないけど、パパも側にいてくれるから」
「莉帆は、どうすればいい?」
「そうだね、ママがして欲しいことをしてあげたり、そっとしてあげるのも大事かもね」
「ママ、元気になるよね?」
「きっとね。でも、もし何かあったら、すぐにおばちゃんところに言っておいでよね?」
「うん。…あ、はい。宜しくお願いします」
「敬語なんていいから。さあ、沢山作って、莉帆ちゃんはたくさん食べてね」
それから、伸亮さんが莉帆ちゃんを迎えに来たのは、午後10時を回っていました。
静花さんはお薬を飲んで横になっているそうで、色々と話したいことはありましたが、莉帆ちゃんの前なのでお互い何も言わず。
伸亮さんは私たちに何度も御礼を言い、莉帆ちゃんと一緒に作ったピザを持って、その日は帰宅したのです。
翌日、再び静花さんご夫妻が訪ねて来たのは、午前9時を回った時刻。平日のため、ふたりともお仕事はお休みされたとのこと。
「朝からごめん。それに、昨日はご迷惑を掛けちゃって…」
「ううん、それより、大丈夫?」
「夕べ、莉帆を預かって貰ってた間に、二人で話すことが出来たから。それでね、事情を知ってるこうめちゃんにも、聞いておいて欲しくて」
「やっぱり、あのこと絡み?」
その問いかけに無言で頷き、深い溜め息をついた静花さんと伸亮さん。
昨夜の動揺ぶりから、何となくそんな予感はしていましたが、二人から聞かされたあまりにも身勝手なその内容に、当時の事情を知る私も強い憤りを覚えました。